エピローグ 幻想世界の怪力男

「条約締結の証書、たしかに受け取りました。今後とも、よろしくお願いするがです」


 封蝋が押された書簡を手に、スーサが恭しく頭を下げる。

 玉座から見下ろす女帝マンコは、彼女に「うむ」と一言頷いた。


「此度の条約――アオイタツの輸送網を活用できれば、操甲者アーマシングの生産運用は一気に現実味を帯びる。着実な一手目である」

「一手目。魔者マーラの残党を一掃するための一手目ながですか?」


「いや、そうではない。異界からの魔者マーラ流入は途絶え、あとは自己繁殖する種のみがこのクァズーレに残っている。これらはもはや、生態系の一部を為している。この惑星ほしに住まう者の一員を、わざわざ滅ぼすような愚行はせぬ」


――もっと、先だ。ずっとずっと、先のことだ。


 殖種帰化船団サクセッサー転生者エクスポーテッドは、時の果てを見るかのような遠い目をして呟いた。


魔者マーラたちが一足先に為したこと――この惑星に、“我々”が是非を問うこと。それが理不尽でない形で行われるために、積み上げてゆかねばならぬのだ。この世界の歴史ちからをな」



 北の大陸ゲ・ムーは相変わらずの曇天。

 連なる山脈に、金属音が幾度も木霊する。


「シュッ!」

「ハァ!」


 大地に義手を突くと同時に放たれたキハヤの蹴りを、ランダが蛇矛だぼうの柄で受け止める。

 返す刀で波打つ刃を振るえば、鬼人は鋼鉄のスネ当てで受け流す。


 二人の攻防は息を呑むほど激しく、息を呑むほど美しい。


 その演舞を見守るのは、腰に色違いの紐を巻きつけた竜人衆リザードマンである。


「お、お、巫女さまも、キハヤさんも、つよい!」

「つよいな!」

「つよい! 巫女さま!」

「つよい! キハヤさん!」


「「「ウォーーーッ!」」」


 興奮した竜人たちは、居ても立ってもいられず、手近な者同士で二人一組になり。

 “師匠”の動きに倣い、蹴りの演舞を始めた。



 モア王都オストリッチ郊外、ドド山の頂に数匹の飛竜ワイバーンがトンビのように旋回している。


 ワイバーンがギャアギャアとけたたましく吠えるのは、下方から発火矢を射掛けられているからだ。

 雨を逆さまにしたかのような火矢の攻撃に、竜は空中に釘付けである。


「そうだ、できるだけ広く散らせ! 弾幕を張るんだ!」


 弓を番えるオークの冒険者達に、ひときわ存在感を放つオークがダミ声で指示を飛ばす。


 縞模様迷彩ダズルパターンの刺青に、王女より賜った羽の首飾りを提げた亜人勇者オークヒーローは、腕利きオーク衆を束ねて飛竜の『足止め任務』についていた。


「粘るだけ粘るぞ! でもって“騎士団長殿じょうちゃん”が飛んできたら、一気に撤退だ!」



「あ――タエル!?」


 ミンゴ村のトハギは、驚いて運んでいた薬草束を取り落としそうになった。

 ゆっくり地面に荷を置こうとする彼の後ろでは、幼馴染みがバサァと薬草を放り捨てて駆け出していた。


「うわーっ、タエルだ! すげぇ! また来てくれたんだ!」


「ナモミ、トハギも、少し見ない間に背が伸びましたね」


 目を輝かせるナモミ少年に一歩遅れて、トハギ少年も筋肉僧侶に駆け寄る。


「あの移動神殿は? どこかに置いてあるの?」


「ああ、それはですね――」

「――ペラギクス工廠で大規模整備オーバーホールを受けています」


 タエルの背後からひょっこり顔を出した美少女に、少年二人はドキリとして、その後、再びの驚きに声を合わせ。


「もしかして“女神ルア”!?」

「すげぇ、ホンモノだーっ! ルア様の像、今は村の祠に祀ってあるんだよ!」


「ふふ、ありがとうございます。後で村長さんにもご挨拶しますね」


 自然に微笑むルアに、少年二人は頬を赤らめた。

 胸の高鳴りを誤魔化すように、トハギが言葉を次ぐ。


「あ、そういえばタメエモンはどうしてるの? また見たいよ、スモウ」

「うん、見たいよね。村でもスモウやってるけど、やっぱりタメエモンが一番すごいもんね。ねぇタエル、タメエモンは?」


 少年たちの問いを受け、僧侶タエルは空を見上げた。

 彼の眼差しは、珍しく浮かんでいた白昼の月に注がれる。


「ああ、たぶん今頃は――――」



「大相撲月面場所の初日よ。体調は万全かしら、タメエモン君?」

「うむ。殖種帰化船団サクセッサーのちゃんこも中々だったしな」


 控え室の発光する柱でテッポウを続けながら、タメエモンは背中越しに答えた。


 ミネル=カパックは手にした万能端末タブレットの画面に『月前線基地』の見取り図を表示させ、アイコンの一つに触れる。

 ポップアップ表示されたのは、これからタメエモンが立ち合う転生者エクスポーテッドの力士である。


「せっかく、ここまでの場を設けてもらったのだ。良い相撲をとらねば」

「いつも通りやれば良いわ。主催者むこうに気を遣う必要もないわよ。だって、これは“功労者”に対する正当な報酬だもの」


 報酬。


 ゲ・ムーでの戦いの後、殖種帰化船団サクセッサーの一部が大日天鎧ソルアルマにコンタクトをとってきたのだ。


 黒瑠魔羅王くるまらおうの脅威を排除した転生者エクスポーテッドのタメエモンは、彼らに一つだけ望んだ。


 彼が望むことはたった一つだった。


「おうとも。クァズーレの横綱として、恥じぬ相撲をとってくるぞ!」


「タメエモン君、クァズーレ本星と違って、月では重力が6分の1なのを忘れないでね」

「おう。踏ん張りがききにくいということだな。いつぞやのヌルヌル相撲が良い稽古になったわい」

「あら、それは良かった。じゃあ、今後の稽古メニューにローション相撲も取り入れておこうかしら?」


 眼鏡のブリッジに指をあてて微笑むミネルに、タメエモンも笑い返す。


「お前さん、やはり良い“おかみさん”になるぞ!」

「当然じゃない。あなたこそ、良い親方にならなきゃ姉さんが許してくれないわ。私をった男なんだから。生半可な相撲じゃ、認めて貰えないわよ?」


「ガハハ! いつも通りで良いのか、気を張るのかわからなくなったのお! よぅし、時間だ。ひとつ行ってくる!」


 妻に見送られ、力士はいよいよ花道へ。


 月の砂を固めて作った特設の土俵は、殖種帰化船団サクセッサーのデータを基にして、あるべき姿に再現されている。


 土俵に上がったタメエモンは、足元の塩を掴んで撒いた。

 白い粒は、ゆっくりと宙に漂いながら土俵に落ちてゆく。


「さあ、ゆくぞ!」


 四股を踏んでタメエモン、月の力士と仕切りに入る。


 向かい合った力士と力士、二人の気迫が呼応して。


 軍配構えた行司の声が、満を持して吊り屋根に響いた。



「はっけよい、のこった!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『ルマイナ・シング』~雄・雄・雄・ときどきロボット~ 拾捨 ふぐり金玉太郎 @jusha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ