第22話 ジョウタロウって誰?

 シャワーを浴びて自分の体が変わったんだと改めて実感する。尚也のバカ! 酔わせてこんな記憶ないなんて……バカ。



 服を着てすぐに帰った。母はなにも気にしていなかった。もう一度シャワーを浴びてカラオケで徹夜したってフリをする。痛みの為に横になる。寝てないって言って。はあー。尚也のせいで嘘が膨らんでるじゃない!! いろんなことで疲れていたのか眠りが足りていなかったのか昼過ぎまで本当に眠った。



 携帯に葵からメールが入る。『久しぶりの実家はどう? 俺は毎日母親のお守りだよ』って。ああ、どう? って聞かれても……最悪だよ。ん? 最悪なの? 嫌だった? 尚也の胸の中。お互い何も身につけないで抱き合っていたあの時、嫌だった? あの時私は心地いいとさえ思ってたよね? 怒ってたのは策略で酔った隙にされた……というか、してしまったから? 高二の時の彼女のことも気にしてたよね? 尚也が好きだからじゃないの? でも、葵と親しげに話をする小早川さんにも嫉妬してたんじゃないのかな……。ええ? ただ欲張りなの?


 悩んでいてメールの返信が遅くなった。葵には母親のお守りは一緒だよ。と返してみた。それ以上に語る言葉が思いつかないから。

 尚也のバカ!!



 尚也はちょこちょこ電話してくる。お向かいさんだが家にも母が勝手に入れちゃうから入ってこれるけれど私の様子を伺っているようだった。私は終始怒りモードを貫こうと決めていた。もう一度するって尚也に言われたから。


 でも、自分の想いにこれではずっと気づけないんじゃないかって思えてきた。向き合ってみる? 尚也ともう一度……記憶の中では妄想と入り混じっているんだろう痛みとはかけ離れたものだった。尚也の指、手、唇……全てが甘い記憶だった。


 あれ? 甘い記憶……やっぱりそうなの?


 夏はどんどん過ぎて行く。夏休みの宿題とともに。尚也と遊びには行っている。だけど、決心がつかない。怒ったふりでそこは避けていた。避ける……尚也は私が避けるから酔わせたの? 返事を私がしてしまう前に。尚也が無理にやったとは思っていない。私の薄っすらした記憶でも尚也を受け入れていた。本当に私が嫌がれば無理にしたりはしないだろう。わかっている。だけど、また自分の心に自信が持てない結果を招いた事に対しては怒っている。でも、酔っていなければ……返事を返していただろうこともわかっている。

 私ってバカ。



「遥ー。次会うのは冬休みなんだからさあ。そんなに怒んなくても」

「いや。怒ってる!!」

「遥。あのさあ」


 怒ってないけど怒ってるフリを続けている私をなだめる為に尚也はいろいろと話題を変えてくる。今日もそんな感じだと軽く思っていた。


「なに?」


 まだ怒ってるフリを続けている。


「ジョウタロウって誰?」

「え?」


 城太郎の話題は出たこと時はもちろんあるけれど多分今まで名前を出したことは一度もないはず。なんで急にここで城太郎の名前が出て来るの?


「同居してるもう一人の奴?」

「う、うん。そうだけど。なんで?」

「いや。そいつ俺に似てるのか?」

「へ?」


 もちろん似てるなんて一言も言ったことはない。なんで似てるって……あ、酔った時?


「いや。いいんだ。うん」

「間違えて呼んだの? 尚也を城太郎って」

「え、あ、うん。その遥、寝ちゃった後にシャワーを浴びたんだけど、出てきたら遥起きたと思ったら『ジョウタロウ、ケーキ美味しかったね』って俺に抱きついてきたんだよな。誰? って思ったけど、そのまま遥寝ちゃうし、酔ってたし寝起きというか寝惚けたのかと思ったんだけど……やっぱり似てるんだ」

「あ、いや、うーん。そ、そうなんだよね。似てるよ。うん。その……まあぱっと見だけど」


 あれ? なんで必死に言ってるんだろう。それに城太郎と思ってなんで抱きついたの?


「そうか……」


 あ、あ、沈んじゃった尚也が。


「そのそれ寝惚けてたんだよ。前にほらスイーツ一緒に食べてるって言ったでしょ? ケーキ食べたんで城太郎のこと思い出したんだよ。それだけ」


 それだけなのかな? ケーキ美味しかったねで終わる話だよね?


「遥。そいつと何かあるのか?」

「ない!! ないよ。城太郎基本的にバイトいっぱいしてるから忙しいし。家にもあんまりいないんだよ」


 なんかすっごい必死で言ってる。なんで? 尚也に疑われるのを恐れているの? それとも城太郎のことが?


「ふーん。いつも三人でいるわけじゃないんだ」

「え?」


 あ、墓穴を掘った。尚也は葵を警戒してた。三人で暮らしているんだからって話をしてた。あーもー。


「二人でよくいるんだ」

「尚也。あの、その……」


 言葉が出てこない。そして必死に弁解してる自分も理解できない。なんで?


「まあ、いいけど。遥、必死だねえ」

「なっ」


 尚也にはめられた。……でも、はまった自分がいる。尚也にはまったんだよね。私……


 尚也はそれで満足したみたいだった。



 夏休みも終わりに近づき私は実家を離れる日がやってきた。相変わらず尚也に見送られてこの道を歩いている。前と違うのは尚也との関係。だけど、私がうやむやにしてしまった。尚也と付き合ったわけでも、自分の気持ちに気付いたわけでもない。ただの幼馴染ではなく関係をもった者同士のなんだか変な関係になってしまった。あーもー尚也の言うとおりもう一度確かめてみれば良かった。

 わからない関係のまま別れることになってしまった。改札で電車を待つ私達。軽口を言いあっていたのに尚也が無口になる。


「尚也?」

「遥。あのさ。付き合ったってわけじゃないけど俺は遥を想ってるから。今まで通りに付き合おう。な! もう酔わせてなんてしないから冬休みに心決まったら返事をしてくれ。やっぱ遥の顔見て返事は聞きたいから。だから、な」

「うん。わかったよ。いいの? 冬休みまでって」

「あーうん。急いで聞いてもな」


 その時ホームに電車が入ってきた。

 電車の扉が開いて私は尚也から荷物を受け取り電車に乗り込んだ。


「じゃあ、また冬休みにね」

「ああ。また。今度は嘘のメールするなよ」

「あ、うん。ごめん。もうしないから」


 電車の扉が閉まった。尚也は手を振っている。あの日のように。あの日の心に戻れたらどれだけいいだろう。尚也に手を振りかえしながらそう思っていた。そうだったら私は幸せいっぱいの夏休みだったんだろう。なのに今の私の心にはなんだかよくわからない気持ちが渦巻いている。揺れているんだろうか尚也に、葵に、城太郎に。

 城太郎のことは考えてなかった。尚也に似てるせいだとばかり思っていたのに。抱きついたって……。まさか城太郎のこと?

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