第3話 もう一人

「あ、こちらこそ、よろしく」


 向かい合わせになっている葵君を見る。そこで冷静になった私は、母親の言った言葉を思い出す。葵君がモテるって言葉。確かにこの顔はモテるね。キリッとした目元に鼻筋が通っている。顎はシャープで……と葵君に見惚れてる場合じゃない。


「じゃあ、勝手に部屋を決めて、そこに荷物運んどいたんだけど。気に入らないなら別の部屋もあるから」


 と、葵君は言いながら立ち上がる。ああ、そっか私の部屋に行くんだよね。




 居間から出てすぐのドアを開ける。その部屋は庭に面していて眺めもいい。きっといい部屋を割り当ててくれたんだろうな。


「どう? 」

「うん。いい部屋だよ。ありがとう」


 中はダンボールで埋まっているのでわからないけれど、居間から近いし、窓から庭も見れる。いい部屋だと思う。


「じゃあ、片付けするんだよね? 」

「うん。あーでも、もうお昼だよね」


 朝、早めに出てきたのに、男だ女だって騒動で、もうすっかりお昼になっている。


「お昼は作ろうと思ってたから作るよ。一人前も二人前も変わらないから」

「え、でも」


 初対面の男の子にご飯を作ってもらうのは気が引ける。


「最初から、そのつもりで材料も買ってあったんだ。だから、君……遥ちゃんは荷物の片付けしてて」


 最初からか……遥という男の子が来ると思ってたからか。


「うん。わかった」


 ここは素直に聞いておこう。これから同居するんだから。それに荷物もあるし。



 一時間ぐらいだろうか、荷物と戦う私。葵君を見て、二泊三日を一泊二日に変更しようかと考えてたんだけど、無理だね。荷物を出すだけだ! なんて軽い考えは一箱目で消える。出した物をどこに置くか、しまうかで悩む。自分の部屋とは違ってる。生活も変わる。置き場所やしまう場所も変わる。こんなに苦戦するなんて、考えてなかった。家具は今とは違う生活スタイルになるからと買い足したり、この部屋に元々あるものを使う予定だった。

 一度置いた物をやっぱりと置き直すなんてことを繰り返していたら、いい匂いがしてきた。もちろんドアは閉めているけど、開けていた窓から匂いが部屋の中にまで入ってきたんだろうな。窓からは気持ちのいい風が入ってくる。日当たりもいいので、肌寒い今の季節でも快適だな。そして、部屋には夏用にエアコンも完備されている。近代のいいとこだけを取り入れたようないい家だな。


 コンコン


「ご飯出来たよ」

「あ、うん。すぐに行くよ」


 さてこの和風なダシのいい匂いのご飯は何かな?




 荷物はほとんど放置状態。今日眠れる空間だけは確保しないと。着替えなんかは今日の手荷物で持ってきてるので大丈夫なんだけど。という思いを残して、部屋を出る。すぐに居間に入ってキッチンへ。そこには四人がけの椅子とテーブルがあり、テーブルの上には美味しそうなどんぶりが用意してあった。葵君って結構料理ができるね。匂いもいい匂いだっただけに期待が高まる。


「美味しそう!」


 と言って席に着く。テンション上げていかないと、やっぱり初対面の男の子の手料理をいただくのには気合がいる。


「あんまり期待しないで。とりあえず腹の足しにはなるから」


 と、葵君も実は……だよね。気を使ってくれているよね。

 それぞれに席についた。向かい合わせで座る。


「じゃあ、あのいいただきます」

「あ、うん。どうぞ」


 親子丼を一口食べる。


「美味しいよ! 」

「あ、うん。ありがと」


 お世辞ではなくて本当に美味しい。うう、負けるかも。母親に家に帰ってから、しごいてもらった方が良さそうだな。同居することが決まって、母がしきりに家事を仕込もうとしていた。だけど、私は同居するのが同い年の女子だと思ってたから、気にもしなかった。料理上手な男子が一緒だと気持ち落ち込むよ。

 それはそうと葵君……あんなに憤っていたのに、あっさりと私のことを受け入れた。なんでだろう?


「最初……その、葵君、怒ってたよね? なんで急に? 」

「ああ、あれは母親に怒ってたのと……その、もう一人同居人が増えるって聞いて」


 ええ? 何、その情報……。


「もう一人って? え? もう一人増えるって事よね? それって……男? 女?」


 新しい情報にパニックになりつつ、一番気になるそこを聞く。


「ああ、男。確認したよ。今度は」


 葵君まぶしい笑顔でどんぶり持って言われても……私、男の子二人と同居なの!?


「そ、それって……」


 なんと表現すればいいのかわからない。やっと葵君との同居を、そこそこ受け入れてたところに、もう一人同居人が増えるなんて。しかもまた男……。


「二人きりよりはいいかなって。この家の部屋、三部屋あるんだけどね。遥ちゃんを断ってもきっと母親が別の誰かに声をかけると思うんだ。そうとはっきり言ってはなかったけど。君を断っても、また別の知らない誰かになるよりはいいかと思って」


 私、追い出されるところだったんだ。危なかったな。この時期に家を新たに探すなんて、さっきの荷物との格闘を思うと、大学生活に間に合ってたかどうか、学生生活を送れないところだったかも。居候の身だ。わがまま言ったらいけないよね。葵君の言うとおり二人きりよりはいいよね。


「……そうよね」

「あ、君が嫌ってことじゃないよ」

「ああ、うん。わかってる」


 そう、そこがポイントではない。男か女かという問題だったんだから。葵君の母親もうちの母もそこのポイント大間違いだけど。

 その新たなる同居人はどんな人だろう? 同じ大学とかかな?


「その人どんな人かは聞いた? 」

「ああ、うん。俺たちと同じで今年大学入学だって。大学も同じで次に君がこっちに来る時と同じ日に来るみたいだよ」


 良かった。すっごい年上とかだったらどうしようかと思っていた。男というだけでかなり抵抗がある。まだ、同じ年……とは言ってない!?


「その人、年も一緒? 」

「え? 」

「ほら一浪とか……」


 一浪ぐらいならそんなに変わらないけど、あまり年上だと気を使う。ただでさえ男なんだから。


「ああ、一緒だよ。卒業式の後でこっちに来るって言ってたから」

「そう!」


 良かったー。一瞬焦った。少しでもこの快適空間を守りたい。四年は住むんだから……あ、少なくとも一年は。なぜだかこの家をすごく気に入ってる私。


「この家いいね。すごい落ち着く」

「うん。俺も気に入ってて、売るって聞いた時に俺が住むって言ったんだ。高校からも通えるから、大学の合格通知来てからすぐに、こっちに住みはじめたんだ。家って痛むだろう? 誰も住まないで放っておくと」

「へえー。それで料理上手なんだね」


 一人暮らし歴が少し長いなら頷ける。


「上手かな? 何でも作れる訳じゃないよ」

「ふーん」

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