第2話 電話

 畳敷きの居間に通された。その奥にはすぐキッチンがある。そこのへんには手が加えてあって、キレイな近代的なキッチンがある。彼、葵君はキッチンに消えた。冷蔵庫の開け閉めする音がして、すぐにお茶を入れて戻ってきた。それをテーブルに置いて


「それ飲んで、ここでちょっと待ってて」


 と、言ってどこかに去って行った。廊下の奥の方へと。ちょうどよかった。確かめたい事がある。テーブルに置かれたグラスの前に座った。もちろんお茶を飲む為ではない。

 荷物も置いて、カバンの中から携帯を出して母に電話する。いったい母はこのこと、葵ちゃんが男の子だということを知ってたの?


『もしもし? 遥? 着いた? 』


 電話の向こうから呑気な母の声が聞こえてきた。


「着いた? じゃないよ! 葵ちゃんって、男の子じゃない! お母さん知ってたの? 」




 のんびりした母だが、さすがにこの事態にはさぞ慌てるんだろうと思っていた。


『えー? あら? 男の子って言わなかった? 』


 全く変わらぬ調子どころかこの答え。そんな大事な話を


「聞いてない! どうするのよ? 」

『どうするって、今さら、ねえ! 』


 ああ、ラチがあかないよ。この人は……大学生になる娘に、男の子の同居人をつけて平気とは驚くよ。


「ねえ! じゃない! 今さら新しく住む場所どうやって探すの? どうしてくれるのよ! 荷物ももうここにあるのに! 」

『いいじゃない! 男の子と住んでたら安全じゃない』

「……安全って」


 確かに女の子の一人暮らしは危ないけど……いや、なにも葵ちゃ……君が危険だとは言わないけど……初対面の男子相手に安全だと言い切れない……言えないよお。


『遥、自意識過剰ねえ。葵君はモテるらしいから、あんたなんか相手にされないわよ』

「自意識……って。そういう問題? 」


 確かに葵君が安全ならこれ以上ない環境だけど。安全だし。でも!! そこは女として一応気にするよ!!


『遥、今さらでしょ? もう時間もないんだし。いいお話なんだから。母さんも安心して任せられるし』

「会ったことあるの? 葵君に? 」


 そういう事? お母さんは、葵君本人をよく知っているから? そこからくるの、この自信。


『えー? ないけど。志乃に話を聞いたぐらいだけど』


 おいおい。お母さん、好い加減にしてよ。それで決めたの? 志乃さんとは母の知り合いで、大学時代の友人である。つまり葵君のお母さんだ。


「お母さん! 好い加減にしてよ。こんな初対面の男の子と同居って、普通認めないでしょ? 親のくせに」

『いい条件なんだから。いいじゃない。志乃はいい子だったから、葵ちゃんもきっとそうよ』


 きっとって。普段からこんな感じの母だったのに、迂闊だったよ。気づくべきだった。母親の友達の子供なら男でも“”ではなく“”づけするかもしれないってことを。そこはきちんと確かめるべきだった……けど、葵って……卑怯だよ。


「とにかく――あ、じゃあ。また電話するから」


 慌てて電話を途中で切ったのは葵君が来たから。やけに荒れた足音なので電話しててもすぐに気づいた。多分、実家に電話して私と同じような話になったんだろう。足音が荒れているということは、納得できないまま電話を切ったってことだよね。


 葵君は勢いよく居間の中に入って来た。そして、私の目の前に座った。いたたまれず声が出た。


「あ、あの……ごめんなさい」


 私は何にも悪くはないけれど……もうむしろ被害者なんだけど、とりあえずここは謝っておこう。葵君、顔が完全にこわばってる。この同居はこっちにはメリットだらけだけど、あ、母からすればだけど、葵君にはメリットどころか、デメリットしかない。怒るのも無理はない。


「なんで? なんで君が謝るの? 」


 私の言葉は、葵君をさらに怒らせたみたいだった。


「あ、あの母が……」

「そう俺も母親にしてやられた。さも男みたいに話をしてきて……変だと思えば良かったよ。男なら、一人暮らし別に平気だよな」


 私に言うというよりも自分に言ってるね。言い聞かせて悔やんでる。なんで気付かなかったんだと。さっきの私のように。


「だから、私……その家を……これから部屋探し……」

「いいよ。ここにいて。母親達がワザとやったんだよ。お互いの名前がどっちにもとれるのを利用して。君がなんかしたんじゃないんだし。それに、ここの一人暮らしは結構さみしいんだ。部屋も空いてるし。どうせ君が出てっても誰かと暮らすことになるかもしれない。全く知らない人よりいいから」


 まあ、ってことだよね。次に誰を送り込まれるかわからないならって感じだろうか。


「ああ。うん。じゃあ、その、ここでお世話になります」


 テーブルの向こう側に座っている葵君に私は、自然とテーブルに頭をつけるように頭を下げた。あれ? あっさり私ここに住むこと認めちゃった。

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