第6話 スピーチ

 保育園では、お泊り保育があった。お泊りの夜、園庭で保護者会主催のキャンプファイヤーが行われた。彼女は、副会長ということでスピーチを求められる。燃え盛る炎を前に、園児・先生・保護者達の前で話さなければならなかった。

「本日は、お忙しい中、ご足労いただきありがとうございます。会長の吉田ですが、残業が終わりそうにないとのことなので、わたくしが稚拙ながら挨拶を始めさせてもらおうと思います。皆さんもご存じと思いますが、昨今、海外から来られたお子さんが通われるケースが増えています。国際化の時代ですから、帰国子女始め海外から来られた家庭のお子さんが保育園に入園するというのは当たり前になっています。あってはならないことですが、肌の色、風習の違い等で、いじめがあるということを聞いています。子ども間の暴力・・・。あってはならないことです。いじめ、とりわけ暴力は、あってはならないことです。本当に悲しい・・・。人間というのは、みんな違って当たり前、みんな違っているのがいい。暴力では、何一つ解決できません。そのことに関して、これからも先生・保護者間で協議を重ねて行ければと考えております。お忙しいところ恐れ入りますが、引き続きのご対応のほど、よろしくお願いいたします」


 その夜、彼女は、帰宅するとすぐに流しの下に入れている焼酎を一気飲みした。息子がお泊り保育でいないこともあるし、スピーチがあって疲れたのだろう。彼女の目が座っていくのがわかった。泥酔すると毎回のことだが、キッチンをぐるぐる徘徊する。悪態をつきながら。

「馬鹿馬鹿しい! 誰だって暴力なんて振るいたくないんだよ。何の意味もないことぐらい子どもでも分かっているよ。綺麗事は誰でも言える。この世の中に、暴力以上にスッキリできるものってある? 聖人君子でなければ、俗物は、どうやってストレスを解消したらいい? リラックス体操? カラオケ? 電話でおしゃべり? 精神安定剤? 馬鹿馬鹿しい! あたしだって暴力なんて振るいたくない。あたしは専業主婦になるのが夢だった。外で働くのに向いていないタイプね。それなのに、亭主の稼ぎが少ないばっかりに、あたしは月三十万円稼がなきゃなんないのよ。どれほどのストレスか・・・。あたしには、生きたサンドバッグが必要。暴力ほど相手を屈服させられるものってあるかしら。太古の昔から綿々と続いてきた最も原始的な肉体言語。相手の全否定、人間的自尊心を破壊、達成感! 暴力は、セックスより楽しい。あたしの場合、自分がされてきたことをしているだけなのよ。それなのに暴力が悪なんて。法律の世界では悪というだけ。だから、法律の及ばない世界で行われているの。保育園・小学校・家庭・・・」

 彼女は、殴る蹴るの暴行を働いた。やがて疲れてキッチンの床に倒れた。いつものこと。

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