第3話 虐待

 女は、泥酔していたが、そこには本心があった。女は泥酔すると、何々でしょ何々でしょという言い回しを多用する。

「男は、働き蜂。それが男に残された最後の値打ちでしょ。生活は、働き蜂に依存している。あんたは、それすら打ち砕いたのよ。あんたの値打ちは、どこにある? どこにあるの!? 出て行け!!」


 女は、男を拳骨でアッパー、キック、顔を踏んだ。泥酔した時のお決まりのシーン。女の言い分に誤りはなかった。反論できない男。ただうずくまるしかない。耐え忍ぶ。女が酔いつぶれて鼾の音を発するまでのこと。包丁を持ち出すこともあった。そういう時は警察を呼ぶ。

 昔から、戦争と貧困は、人間の悪い部分を増幅させると言う。リーマンショック以来、生活は困窮を極めた。ガス代を払えずガスを止められたことがあった。それから彼女は変わった。彼女は、特別養護老人ホームへ働きに出ていたが、ガスを止められたことで入浴できない、仕事に行けないとパニックに陥った。以後、ヒステリーそのものになった。まともな話が通じる相手でなくなった。

 僕は妻に暴行を受けると泣く。「何で許してくれへんねん・・・」。子どもの頃からよく泣いた。近所の子にいじめられては泣いた。親父の兄貴は幼い僕に言った。「男は負けたらあかんで! 男が万歳する時は、神輿を担ぐ時だけ!」。生まれつき遺伝子のハンディを持っていたにもかかわらず、僕は耐えるしかなかった。親父は「男らしくしろ!」と言っては毎日、思いっきり下駄で殴った。たん瘤ができるまで殴った。母は配偶者の不倫問題に加えて生活費が少ないことに悩み、僕をかばう余裕はなかった。やがて母自身も不倫するようになる。相手は、僕の同級生の親。母は不倫相手に裏切られる。母は裏切りや自分の親の死などが重なり鬱病となり、家事育児を放棄するようになる。文字通り僕の子ども時代は、地獄だった。

 女も虐待されて育った。彼女の父は遊び人で毎日スナックに行っては、あまり帰って来なかった。彼女の母は、家計を支えるため朝から晩まで働いていた。父親は、たまに帰って来ては、台所が不潔だと言っては母を殴った。母は、そんな旦那に未練があるようで、旦那にへいこらして機嫌を取り性的な相手もしていた。母は、そのストレスからか、狭い安アパートでの生活が気詰まりなのか、娘を虐待するようになる。母には、息子が一人いて、息子を恋人のように可愛がり仕えていた。そういった生活に後ろめたさを感じることがあったのかもしれないが、母は娘に《どうして女は男に従わなければならないのか、いかに女が卑しい生き物か》ということを植え付けようとした。毎日、娘を拳骨で殴り、家政婦としてこき使い調教しようとした。そして近隣に住む女性たちに対しても信じがたいような嫌味を言っては精神的に虐待して楽しむようになる。彼女は、倒錯した快楽を求めるサディストだった。

 僕の妻は小学生の時に近所で性的虐待を受ける。母親が慰めてくれることはなかった。逆に壁に投げ飛ばし拳骨で責めた。僕の妻は、おとなしいお利口さんだ。学校を出るまでは、おとなしくしていようと母に従った。この家でしか食べていける場所はないのだ。それが幼い彼女の精神を蝕んだ。彼女の心は、どこかが壊れている。成人した彼女は家から逃げるように経済力のある男と結婚したが、そんな結婚がうまくいくはずはなかった。二度目の結婚は、もっとひどいのだろうか。

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