4-3.魔女と無能者

 ユリアンの部屋を訪ねると、そこには彼の姿と妹のノア・クラレッドが居た。兄の方は椅子に座って、妹の方は落ち着き無く部屋中をぐるぐる回っていた。

「シーヴィス様! お兄様は人殺しなんて絶対にしませんわ!」

 部屋に入るとノアは俺の方へと近寄ってきた。その気迫に俺は押されながら、ユリアンに訊いた。

「昨日の晩にはいなかった様だが、どうしてノアがここに?」

「リカルドがバリア殺しの疑いを掛けられたことは当然、家の方に連絡が行ったわけだ。それで――」

「居ても立ってもいられなくなって、ボリスに馬を引いてもらいましたの」

 そう胸を張る赤毛の少女は胸を張った。


 ユリアンは表情を暗くして言う。

「家の方も大変らしい。ダットネル家の子息を殺した名家――朝から記者たちが詰め掛けているとか……」

「もう嗅ぎつけたのか……」記者連中の嗅覚の鋭さに眉を顰めた。

「ダットネル家の動向はどうなんだ?」

 ユリアンは不安そうに俺に窺う。

「殺人犯は絞首台に引きずり出せとダットネル家の当主は仰せだ。その血が流れるものたちも容赦はしないと……」


 俺の言葉を聞いてユリアンは頭を抱えて溜息を吐いた。

「どうすりゃあいいんだ、畜生……」とユリアンは零した。

「もお! ユリアンお兄様ったら。あなたの弟は絶対に無実です!」

「それをお前は証明できるのか?」ユリアンは苛立たしげに声を荒げた。

 そこでゴホンと一つ咳払いを、マルゴット・マリーがした。


「私を忘れてないかい、シーヴィス君」

 ノアは銀髪の少女を見つけて、興味深そうに眺めた。

 その舐めるような視線を鬱陶しがった彼女は手早く名乗りを挙げた。

「私はマルゴット・マリー。リカルド・クラレッドの無実を証明するために捜査をしているものだ」


 その言葉を聞いてノアの瞳は輝き、ユリアンの目は彼女を怪しがった。

「シーヴィス。気でも狂ったか? 子供に捜査を任せるなんて……」

 絶望の表情を隠さないユリアンの態度に俺は眉を上げる。

「俺は至って正常だ。それに、俺が人選を間違ったことなんて一度もないだろ?」

「それが今日になるんじゃないか?」

 目の前の男は意外にも繊細な精神を持っていた。一度躓けば、立ち直るのに時間が掛かる。

 それが後ろ向きな発言をしてしまう理由だった。

「兎に角、事情聴取を行う。警部に話してくれたことをそのまま話してもらっても構わない」

 そう言うとユリアンは黙って頷いた。気乗りしない様子であるが、話したとしてもこれ以上、悪くなることは無いという心境なのかもしれない。

 ユリアンは今、最悪の只中にいる。


 ■ ユリアン・クラレッドの証言

 

 俺は事件のあった時間はカートと女を口説いて回っていた。カートに聞いて貰えれば分かるだろう。

 ジョンという男がバリアは何処にいるのかと給仕に聞いて、少し騒いでいた。俺は困り顔の給仕を見かねて、バリアを探そうと周りに居た連中に声を掛けた。


 俺は数人と宿舎の方を見て回っていた。一室一室、ノックをしてね。それでもバリアは見つからないから本館に戻ろうとしたとき、渡り廊下の方から、噴水の裏手に走る奴らを見た。


 俺は胸騒ぎがして、渡り廊下から噴水の方まで走っていったよ。

 そこで見たのは噴水に凭れかかる血塗れの弟に、頭から血を流したバリアだった。

 昔の記憶が蘇ってきたのを覚えている。まさか、弟がバリアを――って。


 俺はそのままリカルドを揺すり起こした。目覚めたあいつは俺に言った。俺はやっていないって。

 それでも俺は信じてやれなかった。両手は血に塗れて、礼服にも血は跳ねていたから……。


 ■


 そこでユリアンの証言は終わった。

 唇を噛んで俯く彼の様子は痛々しい。

 それに間を置かずに、マルゴットはユリアンに尋ねた。

「君に幾つか質問があるのだけれど、いいかな?」

「構わない」ユリアンはそれに静かに答えた。

「渡り廊下から噴水に行くまでに、不審な足跡は無かったかい?」

 ユリアンは必死に思い出そうと、歯を食いしばる。

「……どうだろう。気にしなかったからな……」彼は頭を振るだけだった。

 続いてマルゴットは口を開いた。


「リカルド・クラレッドは本当に気絶していたかい?」

 それにユリアンは力強く頷いた。

「ああ、確かに気を失っていたよ」

「リカルド・クラレッドが怒ると、いつも気を失ったのかい?」

 ユリアンは首を横に振った。

「いいや、初めてだ。いつもは茫然としたあとに、正気に戻る」

 リカルドとは長い付き合いになるが、俺も奴が切れて気絶したなんて聞いたことなかった。


「彼が怒るとき、トリガーになるものはあるのかな?」マルゴットは更に訊いた。

 ユリアンは首を捻りながら言う。「沸点に到達すれば、怒るだろう――」

「違いますわ。お兄様」彼の妹が兄の言葉に割って入ってきた。

 彼女は確りとマルゴットの目を見て言う。

「リカルドお兄様が怒って凶暴になるのは、身内やご友人を貶されたときだけです。自分が悪く言われても、決して正気を失って人を殴ったりはしません」

 そう断言する彼女の言葉をマルゴットは信用するのだろうか。

 彼女は満足げな表情でノアを見ていた。

「意見をありがとう。ノア君」


 そしてユリアンにもう一度向き直り、質問を続けた。

「最後に、君が昨夜着ていた礼服のスラックスを見せてくれないかい?」

 ユリアンは一瞬、疑問符を頭に浮かばせた。けれども、それが必要なことであるなら、断る理由も無かった。

 彼は掛けてあったスラックスを持ってきた。

「これがそうだ。ほら――」


 そう言って広げて見せたスラックスの前後ろを眺めていた。

 ふぅむと唸り、膝の辺りについている砂埃を見ていた。

「私からは以上だ。協力、感謝するよ」そう言ってマルゴットは礼をした。

 意味深なことをする割には逐一説明をしてくれないので、何がなんだか分からない。

 捜査は進んでいるのか、他人任せの俺は少しだけ不安になった。


「では、俺たちはこれで」マルゴットが以上というので、用を済ませたことになる。

 俺とマルゴットは部屋を出ようと扉に近づくと、ノアが細る声でこう言った。

「お二人とも、頼みました」

 ノアの言葉にマルゴットは笑顔を向ける。任せてたまえよと、その表情は語っているように見えた。


 ●


 給仕のバトロは宿舎にある給湯室に居た。そこには他の給仕たちもいて、自分たちの雇い主に対してヒソヒソと噂話に興じていた。

「バトロさん、お話をよろしいでしょうか?」

 俺がそう言うと、彼は快く引き受けてくれた。

 俺とマルゴットはバトロを連れて、廊下に出た。

「何を話せばよろしいでしょう?」

 バトロの質問に俺はこう言った。

「昨日、警部に話してくれたことと同じ内容をお願いします」

 それではと、バトロは事件当日のことを話し始めた。


 ■ 給仕バトロの証言


 事件当日はずっと会場の方で仕事をしておりました。

 ええ、確かにバリア様はリカルド様を連れて会場の外へと出て行かれました。そのときバリア様は私に、用がある方には御手洗いに言っているように伝えろと言っていました。


 その後、お客様の方からバリア様の所在を尋ねられた際に、今言ったことをそのままお伝えしたのですが聞き入れてもらえませんでした。

 その折に、ユリアン様がバリア様を探そうと皆様に提案されたのです。会場に居た何人かは外に出てバリア様を探しに行きました。


 我々給仕はもちろん会場に残り、残られた方々のために勤めました。

 会場で可笑しなこと、ですか……? 特に何も――、ただ、バリア様の不在を騒がれたお客様が蝋燭台を持ってバルコニーに向かわれたのには、些か疑問符が……。

 まあ、上から探すにはいいのかもしれませんが……。それぐらいですかね。会場内で不審な動きをしたものはいませんでした。それは給仕たちも同じです。


 はい、警察の方々に通報をしましたのは私です。顔面蒼白で戻られた方々が警察を呼んでくれと仰られましたので、事情をお聞きして、直ぐに――。


 ■


「ありがとうございました」マルゴットはそう言って礼をした。

 このまま話を切り上げてしまいそうな彼女に俺は言う。「何も訊ねないのか?」

 彼女は暫く考え込んだ後に、彼にこう質問した。

「バリア・ダットネルが会場から外へと出た後に、誰か他にも外へ出たものはいませんでしたか?」

「……私たちも全て把握しているわけではありませんので。屋敷の出入りなら、記録簿があるのですが……、会場の出入りとなると、申し訳ありません」

 バトロは本当に申し訳なさそうに眉を下げた。

「これで終わりか?」と俺が訊ねると、マルゴットは頷く。

「これ以上、訊くことは何も無いよ」

 そして銀髪を垂れ下げる少女は自信満々にこう言った。


「今までの情報を鑑みて、論理的に思考してみると、バリア・ダットネルを殺した犯人が分かったよ。リカルド・クラレッドに罪を着せようとした人もね」


 得意げに語る翡翠色の瞳は綺麗に輝いていた。

 その言葉に俺も、バトロも驚きを隠せなかった。

「リカルドは犯人じゃないんだな!」俺は彼女の肩を持ってがくがくと揺する。

「ああ、彼じゃない。それも全て、皆の前で語るとしよう――、ちょっと離してくれないか? それとバトロさん。今から言う人間を中庭に集めてもらえるかな?」

 マルゴットの言葉にバトロは頷く。「それが、真実を知る手助けになるのなら、是非」

 そう言ってマルゴットは、バトロに数人の名前を伝えた。

 バトロは直ぐに駆け出して、その名前の人々を中庭に集めてくれた。

 

 真実は今、白昼の下に晒されるのだ――なぜか俺が得意げに成っていると、マルゴットはジト目で俺を見つめた。

「君、何もして無いじゃないか」

 呆れ交じりの言葉に俺は、何も言い返せずにしょんぼりと中庭の方へと歩いた。

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書架塔の魔女の事件譚 小木 寸 @face0

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