第13話 帝都でのアルバイト
鉄級の冒険者プレートを持つイチゴウは、冒険者ギルドに赴き、受けられる依頼がないことを確認した。
路銀が尽きていたが、闘技会まで2日ある。食事をする必要もなければ眠る必要もないイチゴウなので、街角でただじっとしていてもいいだろう。怪しまれるようなら、出場選手であれば、闘技場の空き部屋で寝泊まりもできるようだ。
だが、情報を集めるのがイチゴウの使命である。イチゴウは、依頼がないことを確認してから、冒険者ギルドで尋ねてみた。
「この街で、どんなことがわかるのだ?」
尋ねられた受付の女は、驚いた顔でイチゴウを見返した。
「なにを知りたいんです?」
イチゴウは考えた。尋ね方がまずかっただろうか。情報収集も久しぶりな気がする。うまく意図が伝わらなかったようだ。
「至高の御方に対し、この街にご報告するに足るものがあるかどうかを尋ねているのだ」
「……至高なる御方……ジルクニフ帝ですか?」
「誰だ? それは?」
「えっ? 帝国の皇帝の名前をご存じないのですか?」
「……ほう。皇帝の名は、ジルクニフというのか。いいことを聞いた。シャリア、覚えていてくれ」
『私が覚えるのですの?』
「ああ。最近、なんだか物覚えが悪くなった気がするのだ。報告書を書く時まで、覚えていられる自信がないのだ」
「あの……誰と話しているのでしょうか?」
目の前の受付嬢が、心配そうにイチゴウを見ている。
「なに……私の頭の中だよ」
「……脳みそ……ですか?」
「そのような器用な真似はできないな。シャリア、ご挨拶を」
『いいですけど……だいたい、反応はわかっていましてよ』
「……そうか?」
『はい』
シャリアは、イチゴウの干からびた頭蓋骨の内側を通って、鼻の穴から顔を出した。
受付嬢の目が大きく見開かれる。
「先ほど言っていた、シャリアだ。ご挨拶を」
「キャーーーーーー!」
受付嬢は、ひきつけを起こしたかのように、座っていた椅子ごとひっくり返った。
「どうした?」
どやどやと、冒険者ギルドの奥から人間たちが出てくる。
イチゴウは、人間たちとひっくり帰った女を見比べた。
ここで人間たちを火だるまにしてしまうのは簡単だが、イチゴウの任務は情報の収集である。暴れることではない。
「私の何かをみて、悲鳴をあげた。私の顔に、何かついているかな?」
イチゴウは自分の顔を撫でる。当然、シャリアは定位置に戻っている。
「……いや。なかなか。美人だな。冒険者……鉄級か……仕事を探しにきたのか?」
「もちろん」
「そうか……帝国には、冒険者の仕事は少ないぞ。楽な仕事の代表として……冒険者の受付嬢が上げられるぐらいだ」
「ふむ……冒険者ギルドの受付なら、コールタールの街で経験があるな」
「なら、ちょうどよかった。冒険者に頼むことじゃないが、今日の受付はこの子しかいないんだ。気がつくまでの間、手伝ってくれないか?」
冒険者ギルドの関係者と思われる平服の男が、気絶した受付嬢を指さした。
「……ふむ。情報と引き換えに考慮しよう」
イチゴウは応じた。やったことのある仕事なら、比較的簡単だろうと思ったのだ。
「情報か。なにを探している?」
「至高の御方に……と言いたいが、やめておこう。さっき、騒がれたばかりだ。この街に知り合いがいるかもしれない。探しているのだが……名前は確か……フォーサイト、グリンガム……グリーンリーフ……」
イチゴウがかろうじて覚えていた名前をあげると、イチゴウを囲んでいた冒険者たちは、困ったような顔をした。
「おい、おい、そりゃ……名だたるワーカーたちの名前じゃないか。冒険者ギルドじゃ、禁句だぜ」
「……ほう。そうなのか。了解した。覚えておこう」
「ああ。頼むぞ」
イチゴウは受付の内側に回ると、気絶している本来の受付嬢をどかし、自分の居場所を確保した。
イチゴウは、その日は一日、冒険者ギルドの受付嬢として過ごした。
本来の受付嬢が途中で目覚めたが、イチゴウの指示でシャリアが眷属を操り、動きを拘束した。
受付嬢はトイレにも行けず、その場で尿を漏らしたが、イチゴウにとっては問題ではない。
夜になり、イチゴウは言った。
「明日も来る」
イチゴウはその通りに実行した。冒険者ギルドの受付嬢は、二度とギルドに姿を見せなかったらしい。
二日間、イチゴウは冒険者ギルドの受付で働いた。泊まる場所がないことは問題にならない。イチゴウは眠る必要がなく、一晩中外に立っていても疲れない。
だが、冒険者ギルドの人間は優しかった。イチゴウが宿無しだとわかると、ギルド内の空き部屋をあてがわれた。
あてがわれた部屋は、怪我人の治療をするための部屋らしかったが、帝国の冒険者ギルドは、怪我をするほど危険な仕事を斡旋するのは珍しいらしい。
ベッドは三つあったが、相部屋となった者はいなかった。
ベッドで寝る真似をする必要もなく、イチゴウはあてがわれた部屋で、一晩中立ったまま夜を明かした。
3日目になり、受付に座っていたイチゴウの前に、見たことのある男が現れた。
「あ、あんた、何をしているんだ?」
イチゴウは、見たことがある男だと思った。だが、まずは仕事だ。
「ご依頼ですか? それとも、冒険者登録ですか?」
見たところ、冒険者の身分証にあたるプレートを身につけていない。ならば、ギルドに来るのは、依頼をするためか、冒険者として登録をするためか、いずれかだ。
イチゴウの判断は間違っていない。だが、別のところで間違えていた。
「今日、闘技会の日だろう。あんた、天武のエルヤー・ウズルスと、その後で武王と戦う予定だろう」
「ふむ……オルトか?」
イチゴウは、闘技場の興行主の名前を出した。
『間違いありませんわ』
イチゴウの頭の中で、シャリアが請負う。ならば、間違いないだろう。
「ああ。オルトだ。こんなところにいる場合じゃないだろう。試合は午後からだが、午前中に入場していないと、放棄したとみなされるぞ」
「……なるほど。つまり、試合ができなくなるのだな?」
「そうだ」
「そうなれば……フールーダに取り入って、塔の支配者になるという私の夢……失礼……フールーダの情報を収集して、アインズ様にお知らせするという役目が果たせないことなるのだな」
『イチゴウさん、人間に対して、アインズ様のことは言わない方がよろしいのではないでしょうか』
シャリアが囁く。
「そうか……そうだな」
「何を納得した?」
シャリアの声は、当然オルトには聞こえていない。言葉が理解できないわけではなく、シャリアの眷属はとても声が小さいので、額に張り付くか、頭蓋骨の中に入らない限り、聞き取れないのだ。実際に聞けた場合に、その言葉を理解できるかどうかまでは、イチゴウにはわからない。
「私はいま……この受付カウンターの、支配者なのだろうか?」
「何を言っている?」
「もし私が支配者だとすれば、私は自らの支配地を放棄してまで、フールーダのことを知らなければならないのだろうか?」
『でも、イチゴウさんは、受付カウンターの支配者に納まる器ではございませんわ。もっと大きな……そう、高級レストランのゴミ捨て場の支配者ぐらいにはなれるお方よ。受付カウンターの支配者の地位に固執して、より大きな目標を見失ってはならないわ』
シャリアが頭の中で力説する。イチゴウは悩んだ。
「しかし、シャリアよ。どんな小さな支配地であっても、私が支配者であることは間違いないのなら、支配地を投げ出す者に、従う者がいるだろうか」
『イチゴウさんは、何を従えたいの?』
「そうだな……まずは……シャリアの眷属だろうか……」
『ならば、従うわ。高級レストランのゴミ捨て場の支配者になられたら、一生ついていくわ』
「よし、行こう」
口をあけて、間抜けな顔をしていたオルトの肩を、イチゴウは掴んだ。
イチゴウは冒険者ギルドの受付を放棄した。イチゴウが受付から出ると、すぐに代わりの女性が座った。
イチゴウは二日間受付を守ってきたが、支配者ではなかったのである。
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