第11話 フールーダ・パラダイン
しばらくして、イチゴウの耳の中にシャリアの眷属たちが戻り、シャリアがイチゴウに告げた。
「学園の場所がわかりましたわ。ご案内いたしますわね」
「そ、そうか……ありがとう。だが……少し待ってはもらえないだろうか。わ、私の目の前に……もうちょっとで、塔が私を出迎えてくれるのだ」
「待つのは構いませんが、塔があなたを出迎えてくれるの? あなたに支配されたくて?」
「もちろんだとも。私という支配者を待ち望んでいるのだ」
「なら、どうしてあの人間は、武器を構えていますの?」
「人間には、塔の意思というものを理解する能力がないのだ」
「まあ、気の毒ですわね」
「本当に気の毒なのは、そんな人間には支配される塔だよ。ああ。塔よ。なぜこれほどまでに気高く立ち上がるのか。なんと悩ましい、地面からはえている姿よ」
「おい、ねーさん、大丈夫か? さっきからひとりでぶつぶつ言って、病気か?」
目の前の人間が問いかけてきた。ずっと塔の前に立っていた人間だ。いわば、塔のシモベである。
「ふむ。人間ごときが私に話しかけるのも、塔に免じて許すとしよう。この美しい塔を、一緒に讃えようではないか」
イチゴウは酔っていた。塔の美しさに酔っていた。塔の偉大さに酔っていた。塔に魂を引き寄せられ、もはや塔なしではいられないほどに酔っていた。
その時、塔の中から黒ずくめの一団が現れた。しわがれた老人を中心に、その人物がいかに重要な人物であるかを示すかのように、同心円を描いて若者が囲んでいる。
「おお……塔よ。そなたはなぜこれほどに気高く美しいのか……」
「邪魔だ。退け」
塔に酔ったイチゴウがさらに歌い上げることを許さず、その塔から出てきた一団の中にいた若者が、イチゴウを突き飛ばそうとした。
イチゴウは、専門が魔法職とはいえ、レベル30相当に強化された魔法職である。人間であれば英雄の領域にすでに踏み込んだ存在に匹敵し、通常の人間相手であれば、騎士や剣士といった戦士職であっても引けをとることはない。
イチゴウを突き飛ばそうとした、同様にマジックキャスターらしい若者に突き飛ばされることもなく、むしろ一振りで退けた。
「貴様! こちらにいるのが、伝説のマジックキャスター、フールーダ・パラダイン様だと知っているのか!」
「……この美しい塔の前に、古ぼけた伝説など意味があるのかね?」
イチゴウは両腕をゆったりと広げて、塔を仰ぎ見た。自分がその最上階で街を眺めているところを、うっとりと想像した。
「私がこの塔の主人だ。私の塔が気に入ったかね」
若者に守られているように見えた老人が言った。守られている、という表現は適切ではなかった。老人を囲むどの人間より、生気に満ち、力にあふれていた。
イチゴウは、塔の頂上に向けていた視線をゆっくりと下ろす。
「……では、お前を倒せば、私がこの塔の主人ということだな?」
「はっはっは。面白いことを言う。私は皇帝から塔で魔法の研究をするよう預かっている。塔の主人ではあるが、その主人を決めるのは皇帝だ。私を倒したところで、お前さんのものになるわけではない。だが……そうだな……それほど、この塔が気に入ったかね?」
「素晴らしい塔だ。これほどの塔には、二度とはお目にかかれまい。この塔を作り出したというだけで、人間という種を根絶やしにしなかった価値があるというものだ」
「少しばかり極端だが……お前さえよければ、この塔で働く許可をやってもよい」
「フールーダ様……この塔は、フールーダ様の弟子たちしか、入ることも許されないはずですが……」
取り巻く若者の1人が、中央の老人に耳打ちする。
「わかっておるわ。この女、私の高弟たちとすでに同格の力を宿しておる」
「まさか……第四位階の……弟子にするおつもりでしょうか?」
「うむ……そのつもりだよ。お前、名を何という?」
「我が名はイチゴウ。いずれ、この塔の主人となる者だ」
「やってみるがいい。だが……まずは条件がある。闘技場に行くがいい。そこで力を示すのだ。私の弟子を希望する者は多い。闘技場で力を示すことで、お前を受け入れるかどうか、迷う者たちに認めさせるのだ。お前という存在を示すがよい」
「……いいだろう。私に塔の支配者の座を追われて、悔しがるあなたの泣きっ面が目に浮かぶようだ」
『そこは、言うことに従うのね』
頭の中でシャリアが尋ねる。イチゴウは思わず返事をしていた。
「当然だ。私の師匠であり、この塔をいずれ私に譲ってくれる、奇特な方なのだからな」
「……誰かと話しているのか?」
「うむ……私が塔の主となるその少し前に、ほんの一時であっても私の師匠となるのであろうあなたには紹介しておこう。シャリア、ご挨拶を」
「はい」
イチゴウは口を開けた。その中からシャリアが顔をだして、実に優雅に礼をしたものと思われる。イチゴウは自分の口の中は見られないが、フールーダたちの反応を見る限り、シャリアの礼儀正しさと佇まいに感動したに違いない。
イチゴウは口を閉ざした。
「フールーダ様……この、イチゴウとやら……人ではないのでは?」
「ふむ……そうかもしれぬな。だが……いまのも、私が知らない魔法かもしれぬ。この塔を気に入ったのは本当だろう。闘技場で力を見せることにも同意しておる。魔物かもしれぬが……私に従うと言うのなら、無下にすることもあるまい。優秀なマジックキャスターであることは、間違いないのだからな」
フールーダは白くなった顎髭を撫でた。イチゴウは口を閉ざし、シャリアが頭蓋骨の中を駆け上がるのを確認していた。
魔法学園に入学することについては、既に忘れていた。魔法を習得することができれば、結局は同じことだ。
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