17° 暗夜の予言。謎の暗示




「晃月夜闇です。よろしく」


今回の触りとなる人物。

この2年B組の教室に、転校生がやってきた。

ついつい、「よるやみ」と読んでしまいそうな、「夜闇」という二文字は「やみ」と読む。

彼は親の仕事の都合で、海外に数年間住んでいたという述べた。

海外といえば、名乗り上げてもキリがないくらいの名物。なにより、ロマンス――つまり、恋愛に関しては、とても情熱的で、女好きはもちろん、ロマンチックな男性が多いというイメージがある。

その性を証明するように、とあるテレビ番組で出演した外人が、「明日、世界が滅ぶとしたら、何をしますか」というインタビューに対し、満面の笑顔で「女の子と遊ぶ」という答えを出したのだ。また、記者が電車で移動していたときには、すぐ傍のカップルが、公衆面前なのにも関わらず熱いキッスを交わしていたらしい。

恋愛に溺れる国。この国とは大違いだ。

そんな外の国からやってきた少年。さらさらの黒髪が、ふわふわと揺れ動き、キラキラと照り輝く黒目。背も高く、肌白い。その上、彼の周りには目に見えない輝きが放たれている。

彼の登場によって、女子たちが一斉に黄色い声を上げた。対し、新入生は極上の笑みに白い歯を見せる。


「うげ~……女って、あんなのがタイプなのかぁ……」


苦い表情を浮かべたのは、ラグの隣、左側の席に座っている田代祐二だった。

ちなみに山梨は、黒摩から右側に4つ離れた、入り口から近い席にいる。


「ラグちゃんも、ああいうのが好み?」

「えっ……? ど、どうでしょう……優しそうな人だとは思いますが……」


出会った当初、ラグとすれ違っては、理不尽なセクハラ発言を放つ迷惑な男だったが、今となっては、このように普通のクラスメイトとして口を利くことが多くなった(それでも田代のセクハラ発言が控えられたわけではない)。

夜闇の登場によって、女子たちに花が咲く。つまり彼は、世間で言う「イケメン」という人種なのだろう。

しかしラグにとっては、あくまで「きれいな顔立ちをしている男子」であって、胸をときめかせるような存在ではない。周りの女子の会話でよく聞く、俳優やミュージシャンなどの話題を聞いても、ラグにはさっぱりだ。


「中学2年生になると、男子は性欲が高まるんだってさ」

「そ、そうなんですか……」

「うちの親父が言ってた。女子もそんな感じかな?」

「す、少し、違うのでは……?」

「そう?」


女子のときめきと、男子の性欲はあまり関係ないと思うのだが、田代がそう言ったのには、どうやら意図があったようで。

にっこり笑いながら、「だから、ラグちゃんのホルモンが活発に働きだしたら、いつでも俺を頼ってね」と、語尾に気色悪くハートを添えながら、ラグにとんでもない下劣な宣言をかました。

頼ってね、という言葉の意味が一体どういう意味なのか、ラグは深く考えなかった。

日ごろの田代の発言に慣れを感じつつも、こういう時のリアクションは非常に困る。

ともあれ。

新入生の席は、ラグの隣。

空いていた、右側の机。


「お隣、よろしく」

「あ……よろしくお願いします」


ただ席につくだけの行為ですら、優美に見えてしまう。

黒摩にもその不思議な現象が見えているようで、頬杖をつきながら、微妙な角度から夜闇を凝視する。

隣が女子だからなのか、あるいはただ単純に仲良くしようとしているのか、積極的に声をかける夜闇。


「お名前は?」

「ラグ=バケットです……」

「珍しい毛並みと名前だね。どこの国の方かな?」

「えっと……私はこっちで生まれましたけど、お父さんは《ピーッ》出身です」

「……!?」


二人の話を聞いていた黒摩と田代は、その国名を聞き取ることができなかった。

黒摩は去年、ラグに一度だけ聞いたことはあるが、当時は覚えてないということで聞きそびれていた。

まるでモザイクが入ったかのような、そんな効果音しか聞こえなかった。

なのに、この男は。


「そうなんだ。噂には聞くけどね《ピーッ》というところは」

「……!?」


あいつは聞き取ることができたのか。

何故、自分たちは聞くことができなかったのか、理解に狂っていた。

それからは夜闇も授業に真面目に取り組み、今日はじめての休み時間がやってきた。

鐘が鳴ると同時に、リマが席を立ち、ラグの机の手間に歩み寄ってきた。リマの気配に気づき、夜闇はきょとんと首をかしげるようにしてリマを見上げる。


「おや、ラグさんと似てる……」

「双子の弟のリマです……」

「よろしくねん」

「そうなんだ。よろしく、リマくん」


双子と聞いて、ラグをいったん振り向いてから、再びリマを見上げる。


「可愛いね、二人とも」

「まあねー」

「そ、そんなこと……」


正反対の反応に、夜闇がくすくすと笑う。


「夜闇も、なんていうか、王子様みたいだね。美しいって言葉が似合ってる。男の俺でも惚れ惚れするような……」

「ふふ、ありがとう、嬉しいよ」


男に言い寄られてもエンジェルスマイルを崩さない夜闇を見て、黒摩と田代の背筋に、少し悪寒が。


「あいつなんか気色悪いっすね……」

「泥水に放り投げてやりてぇな」


その神々しいオーラゆえに、男子はおろか、女子ですら近寄りがたい。

夜闇のほうをちらちらと見ながら、ざわざわと声を潜める女子たち。本当ならば、ラグを突き倒してでも近づきたいのだが、それを困難にさせたのは、彼女の手前にいる弟が原因だ。

普段は明るい性格だが、姉のためならば、とことん優しく、そしてとことん冷たくなることができる二重人格。彼がいる場所で姉に手を出せば、彼の“裏”の顔が黙ってはいない。


「二人はこっちで生まれたみたいだけど、国籍は《ピーッ》なんでしょ?」


先ほどの話を掘り返すと、またしても、あの国名を口にしたことによってモザイクが。

何故だ。何故、彼にはその効果音に隠れている言葉が聞き取れるのだ。


「はい……ここの法律だと、出身国関係なく、両親の国籍と同じになるので……」

「向こうに行ったことはないの?」

「ないなぁ。俺たちが生まれてからは、父さんも帰ったことないみたい」

「そうなんだ。とてもキレイなところだから、いつか行けるといいね」

「でもなー。父さん、あまり故郷の話してくれないんだよね」

「なにか事情があるのかな?」


特に味気もない話題について駄弁っていると、“例”のモンスターが教室から顔を出した。


「あっれー? 新顔だねー。どこの国の王子様かなー?」


2年の教室にやってきたのは、夕季カナメだった。


「夜闇っていって、今日転校してきたんだ」


カナメはじーっと、転入生を頭のてっぺんから足のつま先まで吟味し、ぽっと頬を赤く染めた。腐女子のスイッチが入ったのだ。


「キタコレ! こんな人材がこの学園に来るとか、超得なんだけどー!」


あわや、新入生に飛び掛って押し倒してしまうのではないかと思ったが、本人もさすがに、学園内というフォーマル極まりない場で大胆な行動に出るのはいけないという正規は持ち合わせているようだ。


「やっべぇな! 王子様ネタ来たなコレ! まるでトイレになんて行ったことがないと感じさせる、この清潔感! 王国を担う高嶺の花は側近とまさかの禁断の恋を実らせ、一番の権力を持つ王様が、年下の側近に夜な夜な……!! 子供の頃からずっと一緒で、離れるなんて考えられない! 姫との結婚なんてただの形式! 王女に嫉妬狂う側近が夜な夜な……! くうっ……描きてぇ!!」

「わー、デンジャラスな恋愛物語だねー」

「忘れる前に全部メモってくる! シーユー!」

「後で俺にも見せてねー」


はぁはぁと荒息を鼻でしながら、己の欲情を抑え込むことなく、残り5分の休み時間を最大限に利用した腐女子。

そんな情熱的なガールフレンドの背後に向かって、ハンカチをひらひらとさせて見送ったボーイフレンド。

僅かな残り時間、ラグとリマ、そして夜闇が他愛ない話で盛り上がっていた。夜闇が、声のトーンを変えるまでは。「この学園の人たちは――」


「まだ、蕾のままだね」


夜闇の呟きは、ラグの耳にすんっと入り込んできたが、リマはちんぷんかんぷんだ。

2人は目を見合わせる。「……?」

夜闇は目線を合わせることなく、目を閉じて何かを感じ取るように、付け加えた。


「水が足りないのかな?」


その意味か理解できずに、ラグは首をかしげる。


「……あの?」


「なんのことでしょうか」と問う前に、夜闇はパッと、笑顔で顔を上げた。


「僕の両親はまだ向こうにいるんだ。兄さんと一緒に来たんだよ」

「あ……そうなんですね……」


急に話を変えられ、先のことを聞きそびれてしまった。


「ラグさんとリマくんのご両親も海外なんだよね?」

「うん。叔母さんが時々遊びに来てくれるけど、基本的にはラグと二人暮らしだよ」

「僕も兄さんと二人暮らしだから、一緒だね」


両親が海外で、自分たちは兄弟と二人暮らし。思わぬ共通点が見つかった。


「2人とも、僕と友達になってくれるかな?」

「全然いいよ」

「え……わ、私ですか……?」

「うん。ダメ?」

「ダ、ダメといいますか……」


頬を紅潮させ、パクパクと口を振るわせた後。


「爪の垢のごとく微塵の価値しかないこんな私……爪の垢を煎じて飲むという諺がありますが、私なんかが煎じられてしまえば飲む人を食中毒にさせてしまうか最悪の場合毒死させてしまうでしょう……いえ、きっと後者になるでしょう。そうなれば私は禁固25年……いえ、終身刑となって寂しさに耐えられずに数日で確実に息絶えるでしょう……」

「ラグが爪の垢? 花ようにきれいで可愛いのに」

「私が花だなんて……そんなこと、地球がひし形になっても有り得ない……ああでも、花の一部に例えるなら、胚珠(はいしゅ)がちょうどいいくらいの小ささでしょうか……」

「胚珠は種になるから、まさにラグさんにぴったりだね。生命はそれだけで美しいんだよ」

「…………」

「おお、ラグが黙った!」


あのラグの、自虐的物言いに勝利した。


「僕たち、同級生だから、敬語は無しね」

「……うん……夜闇くんも、私に“さん”は付けなくていいよ……」

「じゃあ、お言葉に甘えて、ラグちゃんと呼ばせてもらうよ」


ひそひそと話し合っているその内容は聞き取れないが、人見知りであるはずのラグですら、幾度か言葉を交わしただけで手なずけた。女子への扱いが慣れているせいなのか。

黒摩は二人の様子を、というよりも、夜闇のことを訝しんで見ていた。

授業を終え、昼休みに入っても夜闇はラグにべったりだ。リマに誘われ、3人でランチスペースへ向かい(カナメはいまだに例の妄想に浸っているらしい)、会話が弾む。


「僕、前の学校のあだ名はクピードだったよ」

「あの恋のキューピッドと呼ばれる愛の神様の!?」


思っていたのは、「やっくん」や、「みっくん」などの、可愛らしい感じの呼び名だったのだが、語尾に「くん」や「ちゃん」などをつけられるのはこの国だけで、海外ではそんな言い方はしない。だからといって、まさかギリシャ神話に登場する神の名称が付けられていたとは、予想だにしなかった。

背中に羽をつけて恋の矢を撃つきまぐれな幼児として描かれることが多い愛の神。恋人たちの恋愛成就の助けになることを、俗に「恋のキューピッド」という。その正式名称「クピード」と呼ばれる晃月夜闇。

奇異な名称だった。


「うん。変かな? 僕の、向こうでの親友のあだ名は、エロスだったよ」

「2人でセットだったんだ!」


エロスは、クピードと同一視される、恋心と性愛を司る神。

ラグとリマの突っ込みが交互に炸裂する。


「友達の恋を、よく助けたもんだよ」

「あだ名の由来が納得いく!」


だがしかし、何故そんな神々しい名前が、よりにもよって男に付けられたのだろうか。


「遊園地の観覧車で、天辺に辿り着いてキスをしたら永遠に結ばれるっていう伝説があるから、その伝説を実現させたいって言う友達がいてね。大変だったよ。その友人と、友人の好きな女の子を同じゴンドラに乗せるの」

「そうなんだ……」


なんだ。とても良い人ではないか。

と、彼に関心を抱いていた時――「そのジンクスを創ったのは僕なんだ」


「何故そんな嘘を易々と!?」


かなり昔から有る言い伝えなのに、現代の人間がそのジンクスを生んだなんて、不可能だ。

この男、話を盛り上げようとしているのか、あるいは、ただ単にボケたかっただけなのか。


「あとは、いちいち決めセリフを脚本にして、シチュエーションを組み立てて、一週間以上もリハーサルやって失敗に終わった恋愛もあったよ」

「努力が実らず!」


戯曲を執筆したのにも関わらず、恋愛プランが失敗に終わる。

なんて切ない。


「思うんだけど、この世界の恋愛って、凄く偏ったよね」


急に話題を切り替えたと思いきや、恋愛以外に語ることはないのか、とも突っ込んでやりたかったが、熱く語っているので、余計なことを言うのはやめた。


「1940年代では、男性が女性に、『この美しい地球が滅亡するまで』っていう口説き文句が一般だったんだ」


1950年代では、『僕達の命が尽きるまで』。

1960年代では、『僕達の愛が尽きるまで』。

1970年代では、『僕達の恋が続くところまで』。

1980年代では、『どうなるか分からないけど』。

それ以降、欧米では少なくともディスコなどで一晩中、踊り明かし、一夜限りの出会いを、愛でも恋でも何でもない、ただれた性欲に身を任せる若者が多くなった。それを恋だと錯覚する者もいた。

なんて、醍醐味のない恋愛なのだろうと、夜闇は大きな溜め息を吐いた。まるで、世界中の男女がロミオとジュリエットのような、深い愛情で結び付けられる運命であるべき、とでも考えているかのよう。

スタンダールという小説家の著作によれば、恋愛は、情熱的恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛と、4種類あるらしい。また、恋は心のなかで、感嘆、自問、希望、恋の発生、第一の結晶作用、疑惑、第二の結晶作用という7つの階段を辿るらしい。スタンダールという小説家は、名はあまり知られていないが、彼のの書物には、恋愛は幅広く、そして深刻なものだということが、きっちりと記述されている。

こうして、駄弁るだけ駄弁って、昼休み時間がとうに過ぎ去ってしまった。午後の授業を終えたら、下校時間になる。

教室に向かっている最中、ラグたちは黒摩と出くわした。その姿を見て、夜闇が第一声をこぼす。


「……おや、こちらのお不良くんらしき方は?」


不良という単語に、丁寧語の「お」を付けて目上の者であると言い表している割には、語尾に「くん」と付けることで、どこか砕けた感じの言い分になったその表現が曖昧すぎて、リアクションに困難を極めた。


「その、お不良くんってのやめろ」

「失敬。では、お名前を――」

「名乗るほどのもんでもねぇよ」

「では、やはり、お不良くんで」

「喧嘩売ってんのか」

「どのクラスの方ですか?」

「お前のクラスメイトだよ」

「え、ごめん。クラスメイトの顔、覚えたはずなんだけど」

「2間目からサボったからな」

「ああ、そうか。お不良くんだもんね」

「てめぇとの会話は疲れるな」


険呑な目をした筋金入りの下等を目の前にして、よくも無防備に、安易に話しかけれたものだと、ラグとリマが感服していた中、黒摩が業を煮やさないことを不思議に思っていた。

普段の彼なら、相手が誰であろうと、ここで取っ組み合っているはずなのだから。

黒摩はそれ以上は何も言わず、3人の横を通りすぎて行った。その模様を、夜闇が振り返る。


「華ヶ咲学園は穏和な校風だって、両親に聞いたんだけど……」

「あいつは異生物。なんで学園から追い出されないのか、まったくわからない」


リマがつっけんどんに、そう言ったところを、ラグがおじおじと付け足す。


「で……でも、最近は、落ち着いてるみたいだし……」

「ええ? ラグってばあいつの肩を持つの? 俺の肩を脱臼させた奴だよ!」

「……そうだけど……」

「ラグは優しすぎ! あんな奴の味方までしなくていいって!」

「…………」


リマに制圧されてしまったラグの表情が曇った瞬間を、夜闇は見逃さなかった。

「大体あいつは――」と、この学園の異色について延々と愚痴るリマと、それを黙って聞いているラグの背中を見て、夜闇はそのキレイな顔にかすかな笑みを刻んだ。

午後の授業を終えた、放課後。

ようやくネタ帳に、例の妄想物語を書き込むことができたカナメも合流した。4人はお喋りをしながら、校内を出る。


「夕季さんとリマくんは、どういう関係?」

「腐れ合う者同士」

「ああ、リマくんも腐男子なんだ」

「話が早いね」


腐女子という女子は、アニメなどの二次元創作に限らず“萌え”を探し求め、空想の世界に浸る生き物である。それはカナメとリマも例外ではない。


「やっくんは、草食なのかなー?」


いつの間に「やっくん」というあだ名を付けたのかは、さておき。


「やっくんの受け姿勢とか、まじハマって萌ユル」


目をキラキラさせながら、鼻息荒く、妄想が口からだだ漏れている。

本人の目の前でダイレクトに言われているのにも関わらず、それでもエンジェルスマイルを崩さない夜闇は強敵だ。


「草食といえば……やっぱり肉食が必要だね!」

「かーにばるキボンヌ!」


びしっと腕を掲げ、主張するカナメ。

そこへタイミングよく(?)、黒摩が再び一同の前に出現。

その姿を捉えたカナメは、脱兎のごとく黒摩に飛びつき、


「黒ちゃん! さっそくだけどやっくんを食い散らしてくんない?」

「さっそくってなんだよ。ゾンビにでもなれってか?」

「ノンノン。やっくんの服をビリッビリに破いて――」

「お前の服をビリッビリに破いて公衆面前で晒すぞ」

「女の服を破いてどうすんのよ!」

「それなりに喜ぶ男子もいると思うぞ」

「それなりに!?」


草食系男子の定義は、論者によって異なる。

恋愛や性欲に積極的ではない。異性をガツガツと求める肉食系ではなく、心優しく、男らしさに縛られておらず、傷付いたり傷付けたりすることが苦手な男子のことを、そう言うらしい。異性と肩を並べて優しく草を食べることを願うことから、「草食系」という言葉が生まれたらしい。

草食系男子は、恋愛にガツガツしていないにしても、相手の女性が肉食系なら、普段、男側が「攻め」であるはずが、草食系という性質を持っているだけで「受け」に転位し、その上、「M」になりがちなパターンもある。

海外育ちゆえに、積極的なイメージだったが、夜闇の場合は草食にあてはまるような気がする。女に攻められて、それを受け入れるというよりも、断固拒否しながらも、実は攻められて嫌気は差さないタイプなのでは。そうとなると、女性に乗られるというよりも、男の人に乗られるほうがむしろ向いているのではないだろうか――何故かカナメの思考回路が傾き出した。


「そういうことだから、あたしの欲望を満たしてちょうだい!」

「ふざけんな!!」


カナメは黒摩の腕に絡み付きながら、ぎゃーぎゃーと口論を続けている。

騒々しい二人の様子を、リマが不思議そうに見ていた。


「……カナメと黒摩って、いつの間にあんな仲良くなったの?」

「仲良くしてる……のかな……あれって」

「ふふ、愛ある嫌がらせだね」


嫌がらせ――ができるほどの仲なのか。

そもそも、カナメだって去年は黒摩に一切近づくことはしなかったはずだ。一度だって言葉を交わしている光景は見たことがない。なのに、まさかこれほどの言い合いができる仲になっているとは。

考えてみれば、ラグも度々黒摩と会話をしている。内容は決して楽しいものではないが。


「……リマくん?」


カナメと黒摩から目を離すことができないリマに、夜闇はくすりと微笑みえながら、その名を呼んだ。


「あ……なに?」


はっとして夜闇のほうを向くと、にっこりと甘美な笑みを向けられた。


「キミは蕾じゃなくて、まだ芽が出たばかりなのかな?」

「え……?」

「そもそも、まだ何も芽生えてないのかも?」

「……なんのこと?」


リマが問い返す前に、夜闇は「今日はありがとう。楽しい初日だったよ」と言い残し、ラグとリマの傍を離れた。そして、黒摩とじゃれあっているカナメにも挨拶をしてから、その隣にいる黒摩の耳にだけ聞こえるように――。


「黒摩くん――」


その低音に、黒摩の聴覚が捉えられた。


「気を付けて。水難の相が出てる。油断してると、足元すくわれるよ」


その言葉に、黒摩は勢いよく夜闇を振り返ったが、そのときはすでに、夜闇は遠くを歩いていた――。



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