第27話 郭公2

郭公の感情は、目まぐるしく変化した。

事件直後、拘束され気を失っていた郭公は、警察によって保護された事を、丸一日経った病院のベットの上で知った。それからは、そこで刑事の質問攻めを受けたが、気を失っていた郭公には、ほとんど答えられる訳がなかった。しかし刑事は、執拗に問い詰めた。

「どんな事でも良いのです。何か教えて下さい。」

郭公は内心、慇懃無礼とは、この人の事だな、と思った。それが顔に出ていたのか、刑事の態度が、郭公にとって悪い方へ改まった。

「郭公君。本当はキミ、強盗犯に協力したんじゃないのかね?」

この質問に郭公は、動揺してしまった。刑事の態度の急変からの核心を突く質問。郭公の不意を突くには、充分だった。郭公は、自分の動揺に釣られ話しそうになった時、いつの間にかいた見知らぬ男が、刑事の頭を叩いていた。

「申し訳ない。部下が至らぬ態度をとってしまって…」

男は雁と名乗り、今尋問していた刑事の上司だと、郭公に告げた。その後、「暫くお待ち下さい。」と言って、部下を連れて病室を出た。そして少ししてから、怒鳴り声が病室へ飛び込んできた。

「何、容疑者扱いしているんだ!!」

それから度々、雁が部下を叱責する怒号が聞こえ、その都度郭公は、心身共に縮ませた。そして10分程経ち、雁が再び病室に入ってきた時には、郭公は、すっかり雁刑事に敵意を持って脅えていた。

「重ねてすいません。彼は、何度も同じ事をしているので、つい指導に力が…」

雁刑事は、何度も頭を下げて謝罪し続いた。郭公は警戒心を解くつもりは無かったが、強面の大の男が、何度も頭をペコペコ下げて、それが10分以上続いたから、流石に郭公の警戒心も少しは解れてしまった。郭公は、手で止めるように促した。しかし雁刑事はその手が見えなかったのか、謝罪をし続けた。郭公はまた慇懃無礼だと思い、今度は声を出して、雁刑事の謝罪を止めた。

「止めてください!、もう分かりましたから!!」

雁刑事は、その声を聴いて、謝罪を止めた。そして郭公を観ると、郭公は、自分の声に驚いていた。

「僕、こんな大声出せたんだ。」

「やっと、キミの声が聞けたね。」

驚きと戸惑いであたふたする郭公に対し、雁刑事は、笑顔になった。

「あの強盗事件の欠けているピースを埋めるために、どうしてもキミの本当の声を聴く必要があった。だから…」

「お芝居、だった?」

郭公の顔が、唖然の表情を造った時、先程の刑事が、そそくさと部屋に入ってきた。そして、先程の雁刑事みたいに、何度も頭をペコペコ下げて謝罪しようとした。しかしその前に郭公が、今度は声を出して制した。

「止めてください!、揃いも揃って…」

そう叱りながらも、郭公の表情は、自然と笑顔になっていた。その表情を見た雁刑事は、人が変わる瞬間に立ち会えたと思い、自然と笑顔になった。だが雁刑事は、その笑顔を仕舞い込み、自分達が何故芝居をした事情を話した。

「君のコミュニケーション障害の事を、逮捕した雛形から聞いたんだよ。そして、先にそれを何とかしないといけないと思ったんだ。」

「?、どうして?」

「昔ある傷害事件で、一人の青年が重要参考人として浮上し、事情聴取をしたんだが、その青年、かなり精神的にプレッシャーを感じて、自殺したんだ。」

「そいつと、僕が似ていたと?」

郭公は、拗ねた口調で、雁刑事に言った。雁刑事は、バツが悪そうに頷き、再度謝罪した。

「だから、そういうのは、もう良いって!」

そう言いながらも、郭公の顔は、笑顔だった。そんなやり取りに、雁刑事の部下の刑事が、「そろそろ、本題に…」、と申し訳なさそうに言ってきた。2人は、それぞれ返事をして、向き合った。

それから3人は、強盗事件の話を真剣にした。雁刑事が質問し、郭公が出来る限り正確に答え、部下の刑事がそれを記録する。その甲斐あって、強盗事件のより詳細な経緯が判った。特に郭公が事件を撮影していた話は、雁刑事達警察にとって、値千金の話だった。

「けど、鶏冠井にデータを全て消されてしまって…」

「いや、その撮っていたスマホが、破壊や大きな衝撃を受けてなければ、警察の科学捜査班が、完全とまではいかないが、復活出来るよ。」

「!、本当ですか!?」

郭公の顔が、更に明るくなった。そして直ぐにそのスマホを取り出し、雁刑事に渡した。

「これが、そのスマホです。出来るだけ沢山の動画を、復活させて下さい。」

「…繰り返し言うけど、本当に完全じゃないよ。それにもし、事件の一部始終が映っていたら、貴重な証拠になる訳だから、当分の間、返ってこないよ。」

期待に満ちた顔の郭公に対して、雁刑事は、申し訳なさそうに説明した。雁刑事は、この説明で、郭公は落ち込むと思った。しかし郭公の反応は、雁刑事の予想とは逆に、前向きだった。

「構いません。それに必要なのは動画データで、僕のスマホじゃないでしょう。仮にスマホ本体が必要だったとしても、家に代替機が有りますから、SIMカードだけ返して貰えれば、問題ありません。」

部下の刑事は、驚いた。ほんの少し前まで、臆病風に震えていた人間が、こうも建設的な意見を述べるなんて、もの凄い変貌ぶりだと、心底思っていた。

「それじゃあ、確認をとってみるよ。そうじゃなかった場合でも、なるべく君の要望に添うように、努めるよ。」

雁刑事の返事に、郭公は満足気だった。そして再び、強盗事件の話を続けた。話も終盤に差し掛かった時、雁刑事は、今一番知りたい情報について、質問した。

「お金を隠した口座ですか?……わかりません。さっきも話した通り、途中で気を失いましたから…」

「やっぱり、知らないか…」

「どうしてそんな事聞くのですか?お金は全て、あの銀行の中でしょう?」

事情を知らない郭公の質問は、もっともだった。結局、奪われたと思ったお金は、最初からあの銀行から動いていなかったはずだった。

たが、奪われたお金の一部が、引き出されるという事が、現実に起きてしまった。鶏冠井達強盗グループは、取り調べで違う事が判っている。残る可能性は、人質のどちらかが、更に掠め取った。正直雁刑事は、この可能性を信じたくなかった。しかし0%でない以上、捜査しなければならない。判事ならば、『疑わしきは、罰せず』の精神で、棚上げも出来るが、刑事である以上、0%でないモノを、放置するわけにもいかない。雁刑事は、刑事の性を恨んだ。

「どうして、そんな事聞くのですか?今一番情報を持っているのは、あなた達警察でしょう?」

雁刑事の葛藤を知らない郭公が、もう一度、質問をしてきた。雁刑事が煩わしくなっているのに気づいた部下の刑事が、替わりに返答した。

「すまない。いくら君が事件の当事者の一人とは言え、これ以上は、話せないんだ。」

その台詞を聞いた二人は、話の終わりを悟った。郭公は、残念な気持ちが表情に出ていた。そして、あるお願いをしてみた。

「また来てください。今度は、仕事抜きで!正直、入院生活、とても辛くて…」

「事件が解決したら。それまでは、いくら我々でも、無闇に会えない決まりになってますから。」

また部下の刑事が、雁刑事の替わりに答えた。その答えを聞いて、郭公は、また残念そうな表情をした。ただこの時、郭公が残念がっていたのは、答えではなく答えた人間にだった。郭公は、雁刑事から答えを聞きたかった。こうして変われた自分にしてくれた恩人と、最後に会話をしたかったのが、郭公の本当の気持ちだった。しかしそれは無理な事を、郭公は、雁刑事の表情から読み取れていた。

雁刑事は、とても難しい顔をしていた。まるで、あの強盗事件をやるかやらないか迷っている自分達を思い出させる、そんな表情だった。

雁刑事は、

「ご協力、有難うございました。では、失礼します。」

と言って、部下の刑事と一緒に頭を下げ、病室を出た。その背中に、郭公は、一言だけ伝えた。

「これからの貴方の行動の正しさは、僕が保証します!僕を変えてくれた、貴方の行動を!!」

雁刑事は、その台詞を背中で聞いて、ウズウズした。

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