第3話 フィレンツェに到着

 フィレンツェの街は、シャルルが旅を始める当初から「何か」をつかむことができるかもしれないと感じていた街である。

フィレンツェは、古代からエトルリア文明の地として栄え、ローマに包含されてからも、確固たる地位を、その帝国内に築いていた。


「あのローマ帝国の土木や建築の技術の根底には、古代エトルリアの技術がある」

既に、朽ち始めているローマ帝国由来の巨大な建造物を前に、シャルルは舌を巻く。

育った修道院では、神学を中心にした学習であったが、ギリシャ語と歴史、法律学もシャルルには、特別に教えられた。

ギリシャ語と歴史、法律学を身につけることにより、将来コンスタンティノープルで修行を行う際の助力となることを、ミラノの修道院長が期待したからである。


「古代ローマが成長し、繁栄を極めるようになった理由は、理解されていますか?」

ジプシー集団の長ハルドゥーンが朽ち果てた古代の神殿の前に立ちつくすシャルルに尋ねる。

「もちろん、今はこのように、崩れてきておりますが・・」


 ハルドゥーンの問いは、シャルルにとって意外なものであった。

ハルドゥーンと旅を同行するようになり、1週間以上である。

ハルドゥーンの話は、とりとめのない世間話や、ハルドゥーンが旅してきた各地の話がほとんどであった。

シャルルからは、彼が学んできた神学の話がほとんどであった。

ハルドゥーンの集団の出発点は、ギリシャのエフェソスと言うことであり、シャルルが修道院時代に身につけたギリシャ語や歴史の知識は、語るほどの自信がなかったからである。


「私に今、理解できているところといえば、圧倒的な技術力と・・」

「全てを開放し、取り込んでいく伝統と魅力でしょうか。」

やや、苦しい答えである。


 ハルドゥーンもこれには苦笑するしかない。

「シャルル様には、もっと深い話をする必要がありますな・・」

ハルドゥーンの瞳が、キラリと輝いた。




 既に夕焼けがフィレンツェの街を包んでいる。

シャルルは、少し迷っていた。

今までの街道沿いの小さな町ならば、夜はハルドゥーンの集団のテントで眠っても、さして不都合はなかった。

修道院や教会が見つからなかったという、「言い訳」が可能であることと、シャルルにとって、ハルドゥーンやメリエムの集団の中にいることが、居心地が良かったためである。

しかし、ここ古代からの大都市、フィレンツェには、ミラノの修道院長と昵懇の仲の聖職者も多いし、またシャルルの実家の取引先も多い。


「ここでは、修道院か教会の扉を叩かねばいけないかな、ミラノの修道院長や実家の両親や兄の心配は深まるだろうし・・」

「それに、既に情報が伝わっているかもしれない。おせっかいなミラノの修道院長や、家族から・・・そうなると。いつ、誰に声をかけられても不思議ではない」

「そうは言ってもなあ・・・」


隣に座っているメリエムの顔が沈んでいることも、迷いの一因である。

また、昼間にハルドゥーンが語った「深い話」も気になっている。


「シャルル・・・」

メリエムは既に涙声である。

「誰か来たよ、シャルルを見ている」


メリエムの言葉の通り、数人の聖職者がシャルルの前に向かってくる。

真ん中の人柄の良さそうな聖職者が、頭を深く下げた。

「ようこそ、シャルル様。ここフィレンツェへ・・司教がお待ちかねであります」

「温かいお食事も、ご用意いたしました」

「また、ご実家のお取引先を含め、フィレンツェの数多くの有力者の方々も、すでにテーブルについております」

淀みのない丁寧な話しぶりである。


 しかし、シャルルが、聖職者たちを見たのは、最初のうちだけであった。

全く反応が無いのである。

「シャルル?」

「シャルル様?」

メリエムと聖職者たちから、声がかかる。

シャルルは、聖職者の話の途中から、すでに暗くなった空と、輝く星を見つめているのである。

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