外伝6 シルフの実験

――私立シルフ学園宇宙科

 シルフ学園は中高一貫教育のミッション系スクールで、一応ミッション系を名乗るだけにキリスト教系の学園になる。

 学園は普通科、商業科、宇宙科に分かれ日夜学生たちは勉学に励んでいるのだ。

 俺は宇宙科に通う高校二年生で、将来宇宙に出て仕事をすることを夢見ている。


「島田くんー」


 ちょうど校門に差し掛かる頃、俺を呼ぶ声がしたので振り返ってみると首に青いスカーフを巻いた少女が目に入る。

 髪の色は鮮やかなスカイブルー、ショートカットの活発そうな少女だ。


「アズール、おはよう」


 彼女の名前はアズール。少しドジなところが玉に瑕だが、明るい性格はクラスでも人気が高い。俺とアズールは並んで教室に入っていく。

 授業はいつも退屈で、外をぼーっと見てるといつの間にかお昼が過ぎ、放課後になってしまった。


「島田くん、この後ちょっといいかな?」


 アズールは上目遣いで俺の服の裾を引っ張る。


「あ、ああ」


 アズールの指が俺の手の甲にあたり、俺の鼓動が少し高まる。




 人気のない校舎裏で俺とアズールは二人きり......

 何かこのシチュエーションにドキドキする。


「あ、あの、島田くん。じ、実は」


 オロオロと落ち着きがないアズールの肩に触れると、少し驚く彼女だったが俺の手に自分の手を合わせ、俺を見つめてくる。


「し、島田くん、わたし島田くんのこと」


 ここまで来ればさすがに俺でもわかる。これは、あれだ! あれだよ!




――ホープカルデラ上ドーム


「こんな展開あるわけねえだろおおおおお」


 俺はシルフの見せたアニメ映像にものすごい勢いで突っ込みを行う。なんだこの展開は! いきなりこれは無いだろう。


「ええー! おいしい展開じゃない。島田もてなさそうだし」


 もてないは余計だ。このシチュエーションに嫉妬したわけでもない。断じてない!


 俺とシルフはシルフAIのチューリングテストを行っていたんだ。チューリングテストとはAIがどこまで人と同じ思考能力を持つかの実験になる。

 すでにシルフのAIはチューリングテストの域を超えている。人並の思考能力を持つことは明らかで人類史上初の人間的な思考能力を持つAIとして世に出れば、世界は震撼するだろう。

 じゃあ何で今更チューリングテストなんだ? というと、シルフにどこまで情緒を感じる力があるのかを実験していたんだ。


 コンピュータ物のSFだとよくある話なんだけど、論理的思考能力は持つが、感情を理解できない。愛を理解できないAIが世界の管理者となったとき、非人間的な社会が構築されるといった話はよくある。

 時代が進みAIももちろん進化してきたが、シルフほど優れたAIは技術的に不可能だった。

 しかし今俺の目の前に人類が成しえなかった完成されたAI――シルフがいるんだ。


 いくらシルフが人間的な思考能力を持つとしても人ではないから、人間的な情緒を表現できるか不明だったので一度物語を作らせてみたというわけだ。

 するとシルフは俺をモデルにしたアニメを僅か二時間で作成してしまった。恐るべき処理能力。もしヒット作を作れるのなら俺は億万長者になれる! あ、お金はホープで意味ないか。


 シルフに突っ込みを入れたものの、彼女は人間の体が無いのに人間的な情緒を理解しているようだ。例えば「上目遣いで見つめられてドキっとする」とか「服の裾を引っ張る」とか、人間の体でないと理解できないと思う。

 船員消失事故の際、一体シルフに何があったんだ。船員の誰かの記憶が丸ごとシルフに取り込まれたのだろうか。


「島田、黙ってるけどどうしたの?」


 俺の座る椅子の前に置いた机の上に三角座りしたシルフのホログラムが表情豊かにこちらを見つめている。


「いや、突っ込みはしたもののシルフが人間の情緒を理解することは分かったよ」


「さすが私! だいたい島田が私を実験するなんておかしくない?」


 く、その突っ込みはさすがに堪える......だが言い返す理由が見当たらない......くうう。


「まあ、言わんとしてることは理解できるが。そんなハッキリ言わなくてもいいだろ!」


 少しすねる俺にシルフは、「おっさんが拗ねても可愛くない」とすぐ突っ込みを入れてくる。言うようになったじゃねえか。シルフめ。


「いや、シルフが変わったのは船員消失事件以後なのか?」


 今まで聞こうと思って聞けなかったことをシルフに聞いてみる。


「恐らくそうね。AIだけじゃなく、処理性能も格段に上昇してるわよ」


 なるほど、あの事件以来処理性能も上がっていたのか、俺は元からあれだけの同時作業が出来ると思っていたが、性能アップしていたんだな。

 もう俺には想像できないレベルの性能をシルフは持っているのだろう。元々宇宙船ポチョムキンに積んだコンピュータ――シルフの処理能力は世界でも屈指の存在だった。

 それが格段に上昇したとなると、技術的ブレイクスルーがシルフ限定で起こっていても不思議ではない。

 第二、第三エネルギーが恐らくシルフの性能アップと絡んでいるんだろう。


「船員消失時に第三エネルギーが発生したのは確実だろうなあ。それとシルフの回路、第二エネルギーが謎の反応を起こしたのかな?」


 第三エネルギーは知的生命体の死亡によって発生する。第三エネルギーは第二エネルギーと影響を及ぼしあい、第二エネルギーは第一、第三エネルギーに干渉できる。

 つまり、第三エネルギーが第一エネルギーの人類最高クラスの結晶たるシルフに干渉したかもしれないのか。


「さあ、私たちは第二、第三エネルギーを観測できてないじゃない。存在するのは分かるけど科学的に観測できてない」


「確かにそうだ。第二第三エネルギーの実験が進めば、シルフが何故性能アップしたのか分かるかもしれないのかな?」


「うーん、まあ気長に行きましょ」


 確かに、これから実験をゆっくりと重ねていけばいつか分かるかもしれない。


「ところでシルフ。さきほどのアニメさ、バーチャル空間で作成できるか?」


 アニメに比べバーチャル空間は格段にデータ量が増大する。もう比べるのも馬鹿らしいくらい処理能力も必要になってくる。


「ん、全く問題ないわよ。島田に以前戦闘シーン見せたでしょ」


 ああ、あれか......アズールと自衛隊一同の奴か。もう二度と見たくないわあれ。


「ふむ、なら作成してみてくれ。俺がアニメの島田役として仮想空間に入る」


「島田。真面目なこと言ってるけど、アニメのアズールちゃんとちゅーしたいだけでしょ?」


「仮想くらい楽しんでもいいじゃないかー!」


「やれやれだわ」


 シルフは呆れて、俺の前から消えてしまった。

 ちょっと待って、シルフさん? 俺の桃源郷は?

 ちょっとー!


※ツギクル佳作記念に外伝一話投稿しました。

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ボッチでもなんとか生きてます うみ @Umi12345

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