第4話 知的生命体との遭遇

 カーボンクリスタル製の椅子に腰掛け、テラスで優雅にコーヒーを傾ける。

 大きく息を吐き、憂いをたたえた瞳で優美な景色を眺める...


「優雅も優美も無いし、憂いじゃなくて悲壮でしょうがー!」


 あまりの出来事に現実逃避していた俺を呼び戻すシルフの声。いや、俺だって現実逃避したくなるよ。


 昨日深夜にモニターのアラートが鳴り響き、シルフに叩き起こされた。

モニターを見てみると、10歳ほどの子供くらいのサイズがある人型生命体が!

 どうも弱って倒れている様子だったので、急ぎ隔離ドームに運びこんで寝かせているのだけど。


 改めて見ると、人とはかなり違う。あくまで人型だ。カマキリの顔を模したようなバイザーに、全身をビッチリ皮膜が覆う。皮膜の形状は、タマムシのような色をしており、光に当たると黒地に虹色がかかり美しい。かなり消耗している様子で昨日からグッタリしたままだ。

 シルフに検査させてみると、薄い皮膜と張り合わせるように、湖にいたエビと同じ白銀の金属が全身を覆っているようだ。この白銀の金属は、科学の常識を覆す金属で、ニッケルと鉄と銀の化合物でありながら、重力が想定の20パーセントほどしかない。

 不思議なことに、エビの生命活動が止まると、想定された重量になる。 何故重量が変わるのかは興味深いことだけど、俺は一介の整備員。原因究明はできそうにもない。


 タマムシ人型は重量を見る限りまだ生命活動を終えてはいない。深い眠りに入っているようだ。


「電気ショックでも与えてみる?」

 

 シルフのホログラムがタマムシをペチペチ叩きながらそう提案してくる。

 人じゃあるまいし、電気ショックでなんとかなるとも思わないけど、ただ休眠してるだけに見えるしなあ。

 といいながら、宇宙服に着替えた俺はタマムシの前に立ち、電気ショッカーを構える。


 タマムシの体が跳ねる、俺は両手に持ったショッカーを再度タマムシに貼り付けボタンを押し込むと、タマムシの体もまた跳ねる。

 1.2.3...戻って来い!


 不意にガラスを金属でこすったような不快感極まる大きな音!

 あまりの音量に頭がクラクラくるが、倒れるわけにはいかない。タマムシは徴候もなく立ち上がり、俺に向けて拳を振るう。電気ショックで目覚めたはいいが、いきなりだな。

 タマムシの拳を体を捻ることで回避し、奴の足を払いにかかる。

起きたばかりのタマムシにはこれに対応できなかったようで、あっさりと地べたに転がる。

 俺はタマムシを転がし、背中の上に乗ると、腕を捻った。


 またもガラスを金属でこすったような不快感極まる音が響く。力は込めてないから痛くないはずなんだが...

 組み伏せられたタマムシは意外なことに抵抗の意思を見せず、弱々しい蜂の羽音のような音を出した。


「どうも知性があるように思えるんだよなあ。シルフどう思う?」


「人間以外の知的生命体は未だ発見されてないからなんともだけど、野生動物なら少なくとも補足されたら死ぬまで暴れるよね」


 どうもさっきから、蜂の羽音のような声?は音色を奏でているようにも思える。これは言葉なんだろうか。言葉だとしても羽音と会話できるとは思えないなあ。

 抵抗する意思がなさそうなので、タマムシを解放すると、予想通りタマムシは暴れることはなく、床に座したまま、カマキリを模したバイザー越しに俺を見つめている。なんとか意思疎通を図れないものか。


[聞こえますか?]


ん、


[聞こえますか?私の声が]


 目を見開き、タマムシを見る俺にタマムシは立ち上がり、俺を見つめてくる。


「ひょっとして、タマムシ。これはお前の声か?」


[聞こえるのですね。そちらの小さな方にはどうしても繋げませんでした]


 小さな方てのはホログラムのシルフのことだろう。しかし驚きのご都合展開に作為的なものを感じるな。こう都合よく会話できるもんだろうか。

 異星の知的生命体とファーストコンタクトでいきなり意思疎通している。あまりに現実離れした光景に開いた口が塞がらない。

 まあ、深く考えても今は仕方ないので気持ちを切り替えよう。

 よく考えてみろ。ひょっとしたら、「祝、島田健二、ぼっち卒業」になるかもしれはいじゃないか。人間じゃないって?いいんだよもうこの際。


「島田!どうしたの?」

シルフからの声。シルフにはタマムシの声が聞こえないらしい。


「いや、シルフ。このタマムシが繋がっただの言ってるんだけど」


「ついに、一人きりに耐えられなくなったのね。可哀想に...」

しなだれて泣き真似するシルフ。地味にイラっと来る。


[シルフさん?の声は聞こえませんが、あなたの声は聞こえますよ]


「シルフのことは無視していい。まさか会話できるとは驚きだよ」


[私も驚きました。まさか地上にあなたのような人たちがいるなんて]


「あー、最近引っ越しして来たんだ」


 まるで近くから引っ越しして来たかのように言ってみたものの。ワープ事故だとは口が裂けても言えない。


[あなたの言葉は不思議な感じですね。どこから音を出しているのですか?]


「あー、今はヘルメットを被っているから見えないだろうけど、頭に口がついてる。ここは呼吸できない空気だからね」


[地上は毒に汚染されていて、動くものがいないと私たちは思っていたのですが、あなたにとっても地上は毒なのですね]


「地上はってことは、あんたたちは地下にでも住んでるのか?」


[ええ、そうです。白銀を取りに地上まで来たのですよ。ただ、長くはいれません]

 と言ってタマムシはカマキリバイザーを指し示す。どうもバイザーのおかげで地上に出れるようだ。


「白銀?このエビの殻みたいなのか」

 と俺は保管してあったエビの死骸を見せる。それに肯定するタマムシ。


「なるほど、そのカマキリバイザーは有毒ガスを浄化するのか、俺たちみたいな呼吸できるボンベと繋がってるのか、てところか」


[はい。この兜があれば地上、水中ともに呼吸することができます]


「とりあえず、兜の持続時間?があるうちは大丈夫ってことか。湖で倒れていたときはどうなることと思ったけど、まあよかった、よかった」


[突然の突き上げるような水流に巻き込まれて打ち上げられたのです、保護してくださりありがとうございました]


「白銀だっけ?集めれそうなら集めておくよ。長くは居られないなら一度戻るといいよ。次はお出迎えできるよう準備ひとくさ」


[私も改めて、こちらに伺いたいと思います]


 慌しかったが、俺とタマムシのファーストコンタクトはこれにて終幕した。名前も聞く暇がなかったけど、今後の楽しみが増えたのは良いことだ。ぼっち脱出も見えてきた気がする。


「島田ー!何があったか説明しなさい」


シルフの声が遠くから聞こえた。

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