王様とお祭

 フレイア祭は、その名の通り女神フレイアを称える祭りである。

 冬は豊穣を約束する季節が過ぎ去り、大地が雪に覆われる季節でもある。

 この国では、冬を女神フレイアの旅立ちの季節とも呼んでいる。

 豊穣を司る女神が、ノルウェージャンフォレストキャットの引く橇に乗ってこの地を離れるのだ。それにより、大地からは実りが失われ冬がやって来る

 だから人々は女神に願う。

 また、この地に戻って来て実りをもたらしてほしいと。

 そして人々は女神を見送る。

 この地から離れ、他の土地を潤すために旅立つ女神を労うために。






 雪原は様々な毛色のノルウェージャンフォレストキャットで埋めつくされていた。にゃあにゃあと愛らしい鳴き声をあげながら、猫たちは雪の上を行ったり来たりしている。

「猫……猫……猫さんがいっぱい……」

 そんな猫たちの中央で、フィナは感嘆と声をあげていた。フィナの横には青い橇が置かれており、その橇には猫たちが繋がれている。

 猫たちが行き交う雪原にはたくさんの橇も置かれていた。その橇に、防寒服に身を包んだ人々が猫たちを繋いでいく。猫たちは嫌がるそぶりも見せず、橇に設置された鎖に繋がれていた。

 女神フレイヤは猫に引かせた橇で世界中を移動するのだ。その伝説にあやかり、フレイヤ祭では猫橇レースが毎年開催されている。

 その会場にカットとフィナはいた。

「にゃあ!」

 フィナに抱かれたアップルが声をあげる。フィナははっと我に返り、腕の中のアップルを見つめていた。

「すみません、アップルさん……。アップルさんが1番可愛いです!!」

「にゃー!!」

 フィナの言葉にアップルは嬉しそうに鳴く。そんなアップルにフィナは思いっきり頬ずりを繰り出していた。初めて会った頃のように、アップルがフィナを嫌がる様子はみられない。

「本当、いつの間に仲良くなったんだ……お前たち」

 1人と1匹の見つめていたカットは、思わず苦笑を漏らしていた。

「陛下……じゃなくて、カットを助けるときに私とアップルさんは心の深い場所で分かり会うことが出来たんです。今では、アップルさんの考えていることが手に取るように分かります……。アップルさんは、私の心の一部なんですっ!」

「にゃー!!」

 フィナの言葉に、アップルが興奮した様子で鳴き声をあげる。橇に繋がれた猫たちも、にぃにぃと鳴き声を発し始めた。

「あぁ、みなさんレースまでもうすぐです! そんなに興奮しないでっ!! 厳しい特訓の成果を、あの老害に見せつけてやりましょうっ!!」

 びしりと、フィナはカットの後ろを勢いよく指さしていた。

 カットの後方には黄色い橇が止まり、その橇にティーゲルが乗っていた。不敵に笑いティーゲルはカットに顔を向けてくる。カットは全速力でティーゲルから顔を逸らしていた。

 ティーゲルは、女物のコートに身を包んでいたのだ。顔には厚化粧が施され、唇には紅が引かれている。いつもだったら後方に流されている霧髪は美しい縦ロールに整えられていた。

 どう見てもティーゲルは女装をしている。それも、目に入れたくないほどかなり強烈なものだ。そんなティーゲルの後方にいるレヴは、今にも泣きそうな眼をカットに向けてくる。

「陛下……」

「レヴ……」

 弱々しいレヴの声がカットの猫耳に響き渡る。カットは思わずレヴへと顔を向けていた。

「絶対に、お前を取り戻すからなっ!」

「すみません、陛下……」

 カットはレヴに力強く声をかける。だが、レヴは泣きそうな声を返してくるばかりだ。

「さて、カットごときがこの儂に勝てるのかのぉ?」

 そんなカットを、ティーゲルは邪悪な笑みを浮かべ見つめていた。そんなティーゲルをフィナが一喝する。

「先王様だろうと許しません! アップルさんは、私のものです!!」

「にゃー!!」

 フィナの宣戦布告とともに、アップルが雄々しく鳴く。そんな1人と1匹を見つめながら、カットは大きくため息をついていた。

 こんなはずじゃなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。自分はレヴのアドバイスを受けて、フィナをデートに誘っただけなのに。

 レヴとアップルを守るため、フィナとともにカットはティーゲルと猫橇レースで戦うことになってしまった。

 帽子に隠した猫耳をへにゃりとたらし、カットは数日前に起こった出来事を思い出していた。


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