第20話「ロキシーちゃんと何かあったの? 」

 土曜はロキシーの家に三人で泊まりに行く日だった。


 俺たちは駅に集合すると、貰った地図を頼りに彼女の家へと向かった。


 ロキシーの家は街の中心から少し外れたお屋敷町にあり、西洋風の家屋いわゆる洋館だった。

「ロキシーちゃんのイメージにぴったり! 」

 マヤがとても喜んでいたのが印象的だった。


「実はね、ここ支援者に提供してもらった家なの」

とロキシーは俺に耳打ちしてきた。

 だから本当にここに住んでいるわけではないらしい。


 荷物を解いたらすぐに夕飯の支度にとりかかることとなった。


「追加の買い出し行くけど、誰か荷物持ちになって」

 ロキシーは俺の方を見ていった。


「俺はパス」

「なんでよ。男でしょ」

「俺はマヤの方を手伝うよ」

「じゃあ俺が行くよ。女の子には重いもん持たせらんないからな」

 拓実が腕まくりしながら言った。


「そうこなくっちゃ」

 ロキシーは拓実を連れて買い出しへと出た。


「で、マヤは何やってんの? 」

「下ごしらえ。お鍋にしますから」

 夏に鍋って。しかもこんな洋風の家で……。


「俺は何をやったらいい? 」

「じゃあお野菜切って」


 鍋料理って手料理のうちに入るんだろうか? 

 まあ拓実は何を食べたかではなく、誰と食べたかの方が重要なんだろうけど。


 ◇ ◇ ◇


「ねえ春樹。ロキシーちゃんと何かあったの? 」

「何が? 」

「なんだかちょっとよそよそしくない? 」

「そうか? 別に普段通り振舞っているつもりだけど」

「そうは見えないから訊いてるんだよ」

「気のせいだろ」

「さっきだってロキシーちゃんの頼みを断ったじゃない」

「頼みを断ったんじゃなくてお前の方を手伝いたかったんだよ。ダメか? 」

 マヤは慌てて下を向いた。


「ダメじゃないけど、なんか変だよ……」

 俺は何も答えなかった。


 しばらくは黙々と包丁を動かした。


「山中で何人目だ? 」

「何が? 」

「告白された人数だよ」

「やっぱり見てたんじゃない」

「まあな。で、通算何人目だ。いたいけな男子を生きるしかばねに変えたのは? 」


「そんなの覚えてないよ」

「お前、その言葉はどこぞの吸血鬼かテレビの中のアイドルくらいにしか許されないセリフだぞ」

「そんなんじゃないからね」

「恐ろしいねえ、自信がある若者ってのは。本当恐れを知らないよ」

「もう、今日はいつにも増して意地悪ね」


「その上正宗にまで言い寄られてたろ。なんだっけ、崇拝してるだっけ? やばいよお前。学校中の女を敵に回してるぞ」

 俺はマヤを突いた。

「俺のマヤが遠くに行っちまったみたいで寂しいよ」

「バカ」

 マヤは嬉しそうに俺を叩いた。


「じゃれ合ってるところ悪いけど」

 いつの間にか後ろには拓実が立っていた。


「飲み物これで良かったか? ダメだって言われても買いになんて行かねえからな。自分らで行ってくれ」


 マヤは慌てて手を動かし始めたが、俺は気にすることなく買い物袋を覗いた。

「いいんじゃね。飲めればなんでもいいだろ」


 ロキシーが冷蔵庫に買ってきたものを詰めながら、チラリとこちらの方を見た。

 なんだか怒っているようであった。


 ◇ ◇ ◇


 鍋を囲んでワイワイやるのは楽しかった。


「こうやって女の子によそってもらうのが夢だったんだよ」

 拓実が素晴らしくも小さな夢を語ってくれた。


「紙谷くんは? 」

とロキシーが器を要求した。


「自分でとるよ」

 俺は菜箸を突っ込むと肉を選んで取った。


「野菜も食べなさい。子供じゃないんだから。大きくなれないわよ」

「子供じゃないからこれ以上成長する必要もないだろ」

「この言い方どう思うマヤ。ちょっと酷くない? 」

「うん。ちゃんとお野菜も食べてね春樹」

「嫌いだから食べない」

「嫌いでも食べてね」

「食べないと決めたから食べない」


「出た、紙谷くんのイジけ虫が。そういう人には——」

と言ってロキシーは勝手に俺の器に野菜を入れた。


「食べないのによそっても無駄になるだけだろ」

「ちょっとじゃない。そんなに嫌いなら飲み物で飲み込めばいいでしょ」

「俺がこいつの分も食べるよ」

と拓実。

「そんでもってどんどん大きくなるよ」

 拓実はそう言うとバクバク野菜を平らげ始めた。


 その様は見ていて気持ち良くすらあった。

 奴の食べるスピードは全く落ちず、終いには鍋に手を突っ込んで肉や野菜を食い散らかした。


「バカ、何やってんのよ! 」

「あーこぼした。布巾取って! 」

 女の子たちがキャーキャー叫んであっちこっちを拭いて回った。


 本当に何やってんだよこいつは……。

 流石の俺もこれには笑わずにはいられなかった。


 それから飲んで食べて騒いで、夜はあっという間に更けていった。


 もしかしたらあれは拓実なりに気を使ってくれたのかもしれない。

 俺は心の中でこの親友に感謝した。 


 ◇  ◇  ◇


 寝室は一人に一つ割り当てられた。


 真っ先に拓実が一番上等な部屋を取ったが、結局それを使わずリビングのソファーで寝てしまった。

 マヤとロキシーはマヤの部屋でもう少し話いたいとのこと。


 残った俺は一人自分の寝室に入ると、ベッドにひっくり返って寝た。


 深夜、時刻は二時を回ったくらいだろうか。唐突にドアをノックする音が聞こえた。


 俺はすぐに目を覚ましたが、色々なことが頭を過ってその呼びかけには応じなかった。


 ただ身を起こしベッドの端に腰掛けると、用心の為二三度マリーを呼び出してみた。そういう可能性もあるからだ。


「入っていい? 」

と声がした。


「明日にしてくれ。疲れてるんだ」


「大事な話があるの」


 俺はギプスをしまうとドアを開けた。

 そこにはロキシーが立っていた。


「何だ? 」

「取り敢えず入れてくれない? ここだとマヤたちに見られるかもしれないから」

 俺は仕方なく彼女を中へと通した。


「今、キャラバンから連絡があって、この時間にこの館の方へと歩いてくる者たちがいるの。四人ほどの男女で、このまま道を曲がらない限りここに来る可能性が高いわ」


「検証は? 」

「今やっているところだけど深夜でクルーが少なくてね。ちょっと時間がかかるってさ。ごめんね、寝てたのに」


「結局こういう時だけは使うんだな」

「ごめん。悪いと思ってる」

「嘘つけ」

「ねえ、怒ってる? 」

「何を? 」

「映画館のことよ。私、紙谷くんにああ言ってもらえて本当に嬉しかった。でも——」

「奴らがストレンジャーとして、何故ここを狙うんだ? 」


 ロキシーが話しかけていたことは、俺にとってはどうでもいいことだった。少々ピント外れと言ってもいい。

 だから話題を変えた。


「俺たちを狙っているのかこの館に何かあるのか、それともたまたま散歩しているだけなのか? 」

 俺はジッとロキシーを見た。


 彼女は目を逸らした。


「さあ、それは分からな——」

「マヤか。やっぱり彼女が目当てなんだな」


「どうして……どうしてそれを? 」

 明らかに動揺していた。

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