第9話「北条高校文化祭『動物部』の者です」

 街のはずれにその家はあった。

 雑木林の中にポツンと建ち、今にも潰れそうなあばら家だった。


「周りには人家もないし対象もあまり行動的ではないから、処分は保留にしてたの。ちょうど紙谷くんのテストに最適だと思って、既に検証も済ませてあるわ」


 検証とは体をスキャンすることでストレンジャーであると確定する行為のこと。驚いたことに彼らは専用の衛星まで持っていて、遥か天空からそれを行っているらしい。


 こいつらの科学力はオーパーツ過ぎやしないか?


 ちなみに彼らがどうやってストレンジャーを発見しているのかというと、それは勘であった。こっちはえらくアナログだな。


「いい、処分の基本は暗殺よ。後ろから対象の頭か心臓をズトン。これで終わり」

「簡単そうに言うな」


「実際思った以上に簡単よ。ストレンジャーは人間社会に溶け込もうとしているからね。これがどういうことか分かる? 」

 いまいち……。


「彼らは目立ちたくないのよ。だからギリギリまで人間のフリをしようとするわ。こちらが多少怪しい行動をとってもすぐには変身してこない。普通の人間だってそうよね。少しくらい侮辱しても相手を殺そうとはしない。もちろん怒って追い返されることはあるわよ。でも死なないってことが重要なの」


「じゃあこれをしたらアウトってのは? 」


「それは紙谷くんも経験済みよ。第一に彼らの正体を探ろうとすること。仲間を目撃したなんて発言もまずいわね。もちろん彼らを殺そうとする場面を見られてもダメ。銃とか見られた日には目も当てられないわね」


 まあ当然と言えば当然だ。


「彼らが変身を開始したらその時はまず距離を取ってね。絶対そこで攻撃を続けてはダメ。この時間が一番危険なのよ。さっきまで人間体だったからまだイケるんじゃないか、まだ殺れるんじゃないか。そう思って銃を連射する。でも奴らだっておとなしく待ってはくれないわ。手を振りかぶって爪を立て、シャケでもすくうようにして首を持ってかれる。これで殺られた仲間が何人もいるから忘れないでね」


 つまり「ストレンジャー狩り」という行為は、有利と不利とがコインの表裏のように同居する一種危険なギャンブルだった。


 相手が変身するまでは圧倒的に人間が有利だ。時間と場所を好きに決められ、隙を見せるまで何時間だって待つことができた。


 そして待つだけ待って最善の瞬間に頭をぶち抜けばそれで終了。確かに楽な仕事だった。


 しかしその有利は絶対的に見えて実は非常に不安定なものだった。一度彼らに気付かれてしまうと、途端に人間側が不利になるからだ。


 まず生身の人間じゃ敵わない。警察の装備でも無理だ。軍隊を投入してようやく殺せるかどうか。俺たちに群状金属がなければ渡り合える相手ではないのだ。


「でも安心して。今日の相手はもやしっ子よ」

 ロキシーは家のベルを鳴らしながら言った。

「紙谷くんの為に、この私が精魂込めて選んだもやし中のもやし。もやしっ子のチャンピョンってところね。だから怖がらなくても大丈夫よ」


 問題はもやしっ子の「チャンピョン」が、もやしの中で最強なのかそれとも最弱なのかである。


 そして出てきたのは筋肉質な男。

 俺がどれだけガッカリしたか想像できるだろう。


「北条高校文化祭『動物部』の者です」

 これほど意味不明な言葉を堂々と吐く女の子もいないだろう。


「実は今秋の文化祭でこの街のニクテレウテス・プロキオノイデスの生態について発表するのですが、その為に市民の方々に簡単なアンケートをとっていまして、ご協力願えないでしょうか? 」


 ニクテレウテス・プロキオノイデスが何のことか分かる人はまずいないだろう。


 要はタヌキのことだ。


 何故素直にタヌキと言わないのか。そもそもこのアンケートとは何なのか。全てはこのストレンジャーを騙す為の大げさな嘘、出鱈目、まぎらわしいだった。


「彼らは非常に知能が低いわ。ただ繁殖と天敵である人間を殺すことだけにしか興味がない。だからそれ以外のことは知らないし知ろうとも思わない。でも人間社会からはじかれる行動もまた取らない。つまりこっちが押せば簡単に合わせてくるのよ」


 訪問前にロキシーが説明してくれたことが、嘘偽りでないことがすぐに証明された。男が素直に俺たちを通してくれたのだ。


 怪しんでいる様子はなかった。人間社会を知らない為に、ある日突然女子高生がタヌキのアンケートを取りに来るということが、どれほど不自然なことなのか判断できないのだ。


「散らかってる部屋だが」

 男はほとんど抑揚のない声で言った。


 ロキシーが俺を肘で突いた。

「そんなことはありません。素晴らしいお部屋ですね」

 埃っぽかった。


「そうじゃなくて」

とロキシーが囁いた。

「何で今狙わなかったのよ」

 確かに後頭部がガラ空きだった。


 何というか……忘れてた。いや、あまりにもすぐに機会が来たので、体が反応しなかったと言った方が適切かもしれない。


 椅子に座ったロキシーの目がなんだか怒っているようで怖かった。

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