日喰(ヒヲクラウ)

@ns_ky_20151225

日喰(ヒヲクラウ)

 昔習った神話を思いだす。狼、竜、大蛇。日食の原因としてはるか昔の人類が考えた架空の存在は、想像力の限界を示しているようだ。自然現象をなんとか説明しようとしたあまりに滑稽にすらなっている。

 しかし、今、観測機の映像を切り替えながら全体を確認していると、太陽を喰らうという想像が妙にはまる。


「おい、なにぼうっとしてるんだ」


 別の観測所からだ。見られていたか。


「なんでもない。ちょっとな。そっちはどうだ、重力場に乱れはないか」

「ないよ。完璧。教えろよ、なに考えてたんだ」


 開始まで時間はある。まだ緊張する必要はない。多少くだけた話をしてもいいだろう。


「神話だよ。日食の原因の神話」

「どんなのだ。俺はそっち方面はあんまりくわしくないんだ」

「たいした話じゃない。太陽が欠けるのは狼や竜が喰っちまうからだとさ」

「それで」

「うん、結局、太陽を喰うのはそういう神話的な存在じゃなくて人類だと思ったら変な気分になってきた」


 むこうは一瞬沈黙し、いつになく沈んだ声で返事をしてきた。


「なるほど、そういう気分にもなるかな。なにもかも消費しつくしたあげく、とうとう太陽に手をつけるんだから」

「新天地が待ってるとはいえ、な」


 太陽を分解して取り込むことで得られる膨大な資源とエネルギーで、種子をはじきとばす植物のように、人類を周辺の恒星系へ送り出す。それが、太陽系の惑星すべてを消費してなお、もっともっとと口を開ける人類の考えた解決策だった。


「行った先でもそこの太陽を分解して消費するんだろ。いつまでそんなことを繰り返すんだろうな」

「すべてが終わるまでさ。試算だと我々がそういうことを続けたところで、宇宙中の恒星を喰らい尽くすには力不足だとさ」


 画面には、すでに予備段階を終え、両極から輝く柱を伸ばしている太陽が映っている。周囲には無数の観測機と収集機が群れていて、合図とともに飲み込みをはじめようと準備を整えていた。


「なあ、神話じゃ、喰われた太陽はどうなるんだ」

「どうともならない。地上で儀式をしたり、大きな音を立てて騒いだりして、狼や竜を追い払ったり、飲み込んだ太陽を吐き出させたりするから」

「なるほどな、そこが違うところか。日食はずっとは続かないしな」


 収集機が処理した太陽の構成物質とエネルギーは、地球軌道だったあたりに位置する船団に送られる。じっとうずくまって食事の時を待つ狼と竜の集団。そして今度は太陽に味方はいない。


「日食の神話って、喰われるのばかりなのか」


 しばらくして、観測データを送ってくるときに思いついたように聞いてきた。


「いや、ほかには太陽を表す女神が隠れるというのがある。でも、圧倒的に多いのは喰われるっていう話だ」

「日食の欠け方を見ればそうなるだろうな」


「そろそろ無駄話は終わりだ。集中してくれ」


 指揮所から割り込みが入った。いよいよ始まる。各観測機を微調整し、最大の効率を発揮するように収集機をならべ替える。

 輝く柱が太くなり、流量の桁が指数的に増大する。

 軌道上で飢えたひな鳥のように磁場の大口を開けている船団に、太陽であったものが流れ込んでいく。

 準備の整った船団から去っていき、その分太陽の質量が減る。そんなことを繰り返すうちに自重で核融合の維持すらできなくなる。その残りかすすら逃さぬよう収集機が群がる。


 喰らうなら残さず喰らい尽くす。


 私たちやすべての生命をはぐくんでくれた太陽に対する、それが最後の礼儀だろう。


 〈了〉

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