第2話 『少年少女』

 これはついさっきの話……の筈だ……

 

―――――――――――――――――――――――――――

 



 


 十月一日朝七時、まだ余裕があるので何時も通りゆっくりと学校へ向かう俺、森海霊彦は聞き慣れた足音を聞いて、早足になった。

 


 「たまー!」

 

 足音の正体が分かった俺は更に速度をあげる。


 「なんで早足になるん!? 待ってや!」


 正直待ちたくも速度を落としたくもなかったがあからさまに避けて機嫌を損ねられても困るので止まることにした。

  

 振り返るとそこには大きな紙袋を持った幼馴染ふしんしゃが立っていた。

 

 「なんだよ神生かな

 

 こいつの名前は山川 神生かな、同級生で幼馴染、見ての通り女だ。

 

 「何だよってなによ! あ、今日はちゃんと用事があったからね! ふふん」


 『今日は』という単語からも分かる様にこいつは毎日のようにこんな調子で場所を考えず……いやまぁ流石に学校ではこんな感じではないが。



 容姿ははっきり言って可愛いが毎日会ってるせいか恋愛感情は全く抱いていない、つまりこいつは付き合ってもない男にこんな調子で会いに来るのだ。歳的にも困ったものである。


 「で、用事ってなんだよ」

 「はいこれ!」

 「……なんだこれ」

 「え、見ての通りお菓子だけど?」


 紙袋の中には、というかあの紙袋俺にわたすものだったのか…って今はそんな事はどうでもいい。その袋の中には『山川堂』と書かれた和菓子が詰まっていた。

  

 ちなみに名前で察せられた方もいると思うので説明するがコイツの家は和菓子屋で、創業数百年とそれなりに長い歴史を誇っている。なのでこのお菓子は実はちょっと高級品だったりする。


 「……なんで和菓子?」

 「帰ったらおじさんとおばさんに渡して来てって頼まれてたんだけど朝タマに会

  うからその時渡したほうが楽じゃない? って閃いたの、流石私」

 「……神生」

 「ん? なに?」


 まるで勝ち誇ったかのように威張った態度で勝手に輝いている幼馴染コイツを見て確信した、こいつは正真正銘の馬鹿だ、と。そしてその能天気な顔に終止符をうたせてやると


 「これ……学校持っていけないんだけど」

 「……」

 「……」


 数秒の沈黙、その間にコイツの顔はみるみる光を失っていき、最終的には地面を見つめ始めた、こういう時沈黙が一番つらいよね。


 「はぁ……どうせまだ時間あるし家も近いけぇ一回帰ってくるわ」

 「!! 私も行く!」

 「は? なんで?」

 「元々私が持っていく予定だったし」


 いつの間にかいつもの調子に戻ってやがるこの女、まぁはっきり言って来ても来んでもええし好きにさせるか。


 「はいはい、遅れんなよ」

 「私そんなに足遅くないし!」

 「俺よりは遅えよ」

 「うるさい」


 そんな話をしながら、学校に遅れてはまずいので一応早足で家に帰ると何時も通り親はいなかったので台所に和菓子を置いて学校に行こうとすると神生が、


 「まだ時間あるし神社行こーよ」


 なんて言い始めた、なんでこのタイミングで? と思ってるとその心の問いにご丁寧に答えてくれた。


 「今日までの課題に地元の歴史を調べるってあるじゃん? それで私ここの神社 

  の担当になったんだけどなんもやってなくて……お願いします」


 いやなんで課題済まさずに堂々と学校行ってんだよ…と言いたかったが、原因が『気まぐれ』でなかったことに驚いて結構真面目にお願いしてきたので結構真面目に返答する。


 「いいかどうかは行ってみないとわからんけど一緒に行くだけだったらいいよ」

 「まじ!? ありがとう!」


 ……もう少し女らしい言葉にならないものだろうかと思いつつ二人で神社へ向かう、まぁ向かうと言っても家の前なんだが。


 神社に着くと親父が境内の掃除をしていた。


 「おーい親父ー…」


 俺の声に気づいたのであろう親父がこっちを向いて返答する。



 「……どうした霊彦、まだ学校行ってなかったのか」


 今の間はなんだ、まぁどうでもいいか、そう考えながら俺は返答する。


 「ちげぇよ、コイツが親父に頼みたいことがあるって」

 

 そう言って俺は神生を指差す。


 「ん? あ、神生ちゃんもいたんだ、どうしたの?」

 「あ、えっと……この神社の歴史とか祭具について教えていただけませんか?」

 「課題なんだってさ」

 「ちょ! タマそれは言わないで!」

 「お前が悪い」

 「うっ……」

 「霊彦、女の子をいじめちゃダメだぞ~」

 「いじめてねぇよ!」

 「はいはい、まぁそんなことならお安い御用さ、実際に見せてあげるよ」

 「ホントですか!? ありがとうございます!」

 「神生ちゃんの頼みだったら断るわけにはいかないからね、はい、ここに入ってて

  ね」


  そう言われ拝殿に通された二人は雑談をしながら待っていると三分位してから戻ってきた、これだけ時間がかかった理由は親父を見れば一目瞭然だった。


 「……親父……その量どしたん?」


 そう、かなりの量の道具を持ってきたのである、中には狩衣(神主が着ている服)や巫女服もあり、その重さを安易に想像できた。


 「いやぁどうせなら実際に来てもらおうと思ってね、そのほうがよくわかるでし

  ょ?」

 「うわぁ……私巫女服着てみたかったんだぁ……ありがとうございます!」


 神生はかなり喜んでいるようだ、親父から巫女服の来方の書かれた本を受け取るとすぐに部屋を出て着替えに行ってしまった。


 一方俺は嫌な予想が頭に横切り憂鬱になっていた、親父が持ってきたのは巫女服と『狩衣』、つまり……


「霊彦、はい、狩衣と着方がのった本」


 予感的中、俺まで着ることになってしまった、断ろうにも今はこちらが頼んでいる状態、断れないのだ。


 「……ありがと」


 おれはそれだけ言うと狩衣と『和服一式の着方一覧! これであなたも和服マスター!』と表紙にでかでかと書かれている本を持って神生とは反対方向のふすまから出て行った……。


 



 

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