第32話 マチとタック

 星が綺麗に見えるほど、会場付近は建物が少なかった。それでもこうしてイベントが続けていけるってことは、かなりの人気なんだろうな。

 そんなことを考えながら、僕はマチさんが着替えから戻るのを待っていた。すでにほとんどの人が帰っていて、入り口に立っているのは僕と他に数人ほどだ。もう九時過ぎ。長いイベントだったな。

 トタトタと軽い足音が聞こえて振り返ると、水色のワンピースでセミロングの髪を小さく二つに括り、黒縁の眼鏡を掛けたマチさんが小走りで近付いてきた。

 気になるのは、お面の上から眼鏡をしてる事くらいだ。


「.....ごめん」

「いや、そんなに待ってないからね。それより、マチさん目が悪かったの?」

「.....伊達」

「そ、そうなんだ」


 最近の小学生はお洒落なんだな。そっか、小学生なんだから出来るだけ早く返してあげないとお母さんたちが心配するじゃないか。


「あのさ、引き止めたのは僕なんだけどもう帰ろうか。お母さんが心配するだろうし夜は危ないからね」

「.....家、すごく近いから」


 そう言って指さしたのはここからでも見えるマンションだった。どうやら彼女も話したいことがあるらしく、後で送ればいいかと話しを進めることにした。


「わかった。後で送ってあげるね。それよりどこで話そっか。ファミレスとかないかな?」

「.....この裏にある」

「じゃあ行こうか。賞金も出たからいっぱい食べれるね」

「.....お腹すいた」


 ぐ〜っとタイミングよくお腹を鳴らす少女におかしくなって、何だか年の離れた妹が出来た気分になった。

 すぐにファミレスに入ってお互いに料理を頼むと、少しダンスの話しは置いて食事を楽しむことにした。

 ここでやっとお面を外したマチさん。その大人しく可愛らしい顔立ちにびっくりした。精巧な人形みたいにクリっとした綺麗な目や形の良い唇。十分に美少女の仲間入りだろう。

 だから、あのダンススタイルが夢じゃなかったのかと思ってしまう。


「マチさん。すごく食べるんだね」


 マチさんが注文したのは、ダブルハンバーグ定食に単品のステーキ。フライドポテトとナゲットだ。見てるだけでお腹いっぱいになりそうだけど、彼女は次々と平らげていった。


「.....ダンサーだから。筋肉、欲しいの」

「ビックリするほどストイックなんだね.....」

「.....そう?」


 その後、黙々と食べ進めてあっという間に完食した僕たちは、飲み物を頼んで本題に入った。


「一応聞くけど、僕の師匠。タックさんの知り合いってキミだよね?」

「.....他にいなければ、たぶんあってる」

「キミみたいな子が他に何人もいたらたまらないよ」

「.....タック。元気?」


 タックさんを呼び捨てか。たぶんかなり仲のいい関係だったんだろう。あの人も寡黙だから、もしかしたら実の兄妹って線も.....。


「.....次に会ったら、潰すの」


 いや、これは違うな。違うぞ。なんか突然暴力的なことを言い出した。この子なにか闇を抱えてるんじゃないか?


「た、タックさんとは仲良くなかったの?」

「.....いいよ。一緒に色んなところへ出かけた」

「なんだぁ。潰すなんて言うからビックリしたじゃないか」

「.....?? でも潰すの」

「なんで!?」


 関係性が見えてこない。 好きなのか嫌いなのかわからないや。


「.....タックに弟子がいたなんて、びっくりした」

「そう? 厳しいけど優しい人だよ」


 マチさんはムッと口を結ぶと、少し拗ねたように下を向いた。


「.....タック。わたしには意地悪だった。何も教えてくれないし。だから、次にあったら倒して、ダンス辞めさせてやるんだ」

「だから物騒だよ!」


 こんな感じで、ファミレスにいる間はタックさんの話しで持ちきりだった。次第に口調が滑らかになっていくマチさんの質問攻めに答えるだけだったけど、それが楽しくてつい時間のことを忘れてしまった。


「しまった!! 終電逃した!!」

「.....あ、ごめんなさい」


 時刻は午後十一時半。終始話しを振っていたためか、マチさんは目に見えて落ち込んでしまった。いや、これは完全に僕の落ち度だ。


「ごめんねこんな時間までウチまで送るよ」

「.....リク。ウチに泊まっていいよ」


 そのセリフにギョッとした。何を言っているんだこの子は。今日会ったばかりの人を軽々しく泊めるなんてどう考えても危なすぎる発想だ。


「ダメに決まってるでしょ! こんな見ず知らずの人を家にあげたら危ないよ! それにお母さんもすごく心配するんじゃないかな?」

「大丈夫。一人暮らしだから」

「なおさらっ.......え? マチさんいくつなの?」

「今年で、高校三年生になりました」


 自信満々に少しだけふんぞり返るその姿は、どう見ても.....いや、高く見積もっても中学生だろう。まぁ高校生で一人暮らしも十分早いと思うけど。


「だからって.....」

「大丈夫。リクは優しいし、タックの弟子。何かあればタックのせい」

「それは.....ずいぶん頭が回ってるね」

「それに、リクはわたしをどうにも出来ない」

「どういうこと?」

「わたし強い。空手二段」

「引き出しが多いよ本当に」


 ずいぶん粘ってくるな。まだまだ話し足りないってことか。それでも、年上のお兄さんなのだからあっさり引くわけには.....。


「タックの昔のバトル。持ってるよ?」

「.............本当?」

「観たい?」


 こうして、あっさり負けてしまった僕はマチさんの家にお邪魔することになった。












(しまった〜! ほいほい付いてきちゃった! でもタックさんカッコイイ!!)


 大人の威厳を見せることができなかった僕は、マチさんの家で師匠の動画を次々に観ていった。一人暮らしの家は実に女の子らしいぬいぐるみや可愛らしい服が掛けてあって少しドキドキした。けれど、理性がちゃんと機能しているのは彼女の幼い見た目と、チラチラ見える筋トレグッズやプロテインのお陰だろう。


「リク〜。お風呂どうぞ」

「あ、ありがとう」


 湿った髪を拭きながら薄いピンク色のシャツと柔らかそうな短パンで現れたマチさんは、少し大人びて見えて心臓に悪い。薄着になると、どうしても胸元の女の子の部分が女の子してて目のやり場に困る。


「ま、マチさん! お風呂いただくね! あと、何か上着を来てほしいかな!」

「リク」

「な、なに?」

「『さん』はいらないよ? わたし年下」

「わかったから! じゃあマチ。僕が上がる前に上着着ててね!」

「はーい」


 そう言ってベッドに転がるマチは、聞いているのかいないのか僕が観ていた動画をはじめから流し始めた。

 心配だ。でも、とりあえずお風呂に入らないとベタついて気持ち悪い。

 服を脱いで浴室に入ると、なんだか甘い匂いがしてここでも僕に揺さぶりをかけてくる。


「くそ〜。二つ下だからいいってわけじゃないんだ! 頑張れ僕!」

「リク、うるさいよ」

「ごごごごごめん!」


 思ったより近くから声がして死ぬほど驚いた。何なんだよ全く!

 手早くシャワーを浴びて全身を洗うと、出来るだけ早く甘い匂いの空間から抜け出すことが出来た。

 しかし、部屋に戻ると先ほどと同じ格好のマチが寝転がっており、僕は落胆のため息を隠しきれなかった。


「マチさん」

「いらない」

「マチ」

「なに?」

「上着は?」

「いま洗濯しててなかったの」

「そう.....ですか」


 もういいや。タックさんが画面の中から見てるから三人みたいなもんだよね。

 しばらく二人で動画を観ていた。何度も巻き戻してはここが凄いとか、このムーブは彼にしか出来ないとか。気付いたらダンサー同士の研究会が始まっていたのだった。

 一息ついてお茶を入れてくれたマチは、僕の顔をじっと見つめてきた。


「な、なに?」

「リク、タックに言われてわたしに会いにきた」

「そうだよ?」

「なにか、聞きたいことがある。そうだよね?」


 急に確信をついた話題にシフトチェンジしたからか、僕はかなり動揺した。

 そうだ。ダンスについて迷走していたんだ。無意識に考えないようにしてたけど、一度思い出すと止まらない。


「じ、実は.....」


 いままでのバトル。チームについて。ダンスのあり方について。僕はタックさんに話したことを含めて全てを話した。自分ではいまどうしようもないものだけど。彼女なら、どう答えてくれるんだろう。


「そう、そんなに悩んでたの?」

「うん。年下のキミに話すことじゃなかったのかもしれないけど、僕にはあまり時間がないんだ」

「驚いた」

「え?」

「リク、まだ一年もダンスしてないんだね。才能、すごいね」

「キミに言われてもな」


 軽く笑って返した。才能って言うのは、キミにこそふさわしいだろう。


「ううん。すごい。それくらいだと、普通は何度も優勝出来ない。仲間にも恵まれてる」

「ありがとう。それは本当に思うよ。僕の仲間は最高なんだ。だからかな、たまに自分が釣り合ってないって思えるんだ」


 マサヤくん、ミナミさん、ビッグベアーくん。三人ともすぐに一流になれる器だ。計り知れないポテンシャルを嫌というほど感じる。


「リクは、自分の凄さを理解するべき。そんな最高の仲間。引っ張ってるのはあなたなの」

「名ばかりのリーダーだよ。レートだって一番低いし」

「レートなんて飾り。本質は、どれだけの人があなたを認めているか。あなたは十分に認めてもらっていると思う」

「そうかな.....」


 本当にそうだろうか。いまはそうでも実力に差が出ると、負けてしまったりした時には、その原因を探す。そうなれば、みんなは僕を.....。


「リク」

「は、はい!」


 しまった。また考え込んでしまった。マチに嫌な思いをさせたかもしれない。


「あなたはずいぶん。自分の仲間を信じていないのね」

「そんなことない!」


 声が大きくなる。僕は誰より、誰よりも仲間を信頼している。信じている。それは何があっても揺るがないんだ。


「ごめん.....」

「仲間を信じてるなら。仲間が認めているモノを信じてあげて」

「それって.....」

「今度、リクの学校に行く」

「えぇ!?」


 唐突過ぎるでしょ! 今の流れからどうやったらそこに行き着くのさ!


「タックにも会いたいし」

「そ、そっか。うん。ならおいでよ」


 急に会いたくなっちゃったのか。突飛な子だな。

 マチはモゾモゾと布団に入ると、顔だけ出してこちらを向いた。


「もう眠いから、寝よ? リクはそっちの布団敷いて寝てね」

「うん、ありがとう」

「一緒に寝る?」

「寝ません!」


 布団をあけて横をぽんぽんと叩くマチから顔をそらすと、クスッ笑って電気を消されてしまった。彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

 借りた布団にくるまって携帯を見ると、すでに深夜二時を過ぎていた。


(本当、気の利かない男だな僕は.....)


 こんな時間まで相談に乗ってくれたマチに感謝の念を送りつつ、ゆっくりと目を閉じることにした。

 ふんわりと香る部屋の匂いがより濃く感じられたけど、今日のバトルがよほど疲れたのか、程なくして眠りに落ちた。

 明日は休みだけど練習がある。早く起きて帰らないと。そんなことを考えながら。

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