第28話 信念

 僕は走っていた。敷地内には見当たらず、思い切って外まで足を運んでみた。すると、駅の近くにある海の見える広場で彼を見つけた。


「ビッグベアーくん!」

「.........何しに来た」


 彼は振り向かず、帰れという意味を含めて言い放った。


「君に言いたいことがあるんだ」

「最後の勝負」


 言葉を遮り、彼は語り出した。透き通る波の音だけが聞こえる中、彼の声は淀んでいた。


「なんで負けたんだ。一本目は仕方ねぇ、バトルの流れを掴まれた。頭にきたけど、冷静になりゃ技術で勝ってんだ。組み立てに意識を向けりゃ負けるわけがねぇ」

「.....」

「それなのに、蓋を開ければ敗北。残ったのは格下にストレート負けをした自分だけだ」


 彼はこちらを向き、赤く腫らした目で見つめてきた。

 殺意なんてない純粋な疑問。彼自身、答えが見つけられないのだ。


「わからない。ジャッジが何を評価しているのかなんて、でも、僕は君にメッセージを込めて踊った」

「メッセージ.....だと?」


 正直に全部言おう。僕の提案を飲んでもらうには、彼と向き合わないといけない。


「試合前、僕はシズクさんと話した。キミを止めて欲しいと言われて、彼女のダンスも見せてもらった」

「あいつ、余計なことを」

「それで、改めてキミのダンスを見て思ったんだ。キミは、僕と一緒なんだ」


 誰にも言ったことがない。僕とキミだけの共通点。


「キミはシズクさんが好きなんでしょ?」

「なっ!!」


 見るからに慌てて、ビッグベアーくんは顔を赤くした。あれ? これは伝わってないぞ?


「馬鹿なこと言うな!!」

「いや、えっと! 違う! そういう好きじゃなくて! なんて言うんだろ.....そう! 師匠としての好きってこと!」

「さ、先にそれを言え!」

「ごめん.....」


 危ない。恋愛としての好きが同じなら、僕はタックさんに恋をしていることになってしまう。


「つまり、師匠に惚れ込んで、ダンスを仕込んでしもらって、それを踊る僕らは負けちゃいけない。馬鹿にされちゃいけない。自分で言うのもなんだけど、ある意味信仰さえしているんだ」

「.........」

「これは予想だけど。キミは、自分のダンスが、師匠のダンスが最高なんだって言わしめる為に気丈に振舞っていたんだと思う。師匠がナメられたくないから」


 ビッグベアーくんは下を向いた。どうやら図星のようだ。


「僕だってそうさ。タックさんの弟子っていうレッテルは重い。負けた時に相手に幻滅される痛みも知っている。気持ちは一緒なんだ

「負けてんじゃねぇよ」

「そ、それはそうなんだけどさ.....。もっと練習するよ」


 話が逸れそうになるので軌道修正。


「でもさ、負けちゃいけないことなんてないんだ。負けないと強くなれない。よくタックさんにそう言ってもらった。だから、ちゃんと負けを受け入れて強くなろうと思ったんだ」

「だからなんだ。俺は強えんだ。始めから負けなんてあっちゃならねぇんだよ」


 強情な彼に、僕も少し、イラついてしまった。


「それが、シズクさんを泣かせるとしても?」

「黙れ」

「シズクさん泣いてたよ。キミがそうなったのは自分のせいだって。キミを教えた自分の責任だって」

「お前に何がわかんだよ!!」


 突然声を張り上げた彼に身体が硬直する。ダメだ、ここで引けない。


「アイツの腕は本物だ! それが! バトルで発揮できないだけで馬鹿にされる! 馬鹿みてぇに優しいヤツなんだ! 相手を蹴落として自分がのし上がるなんて出来ない、負けて悔しがってる人間を見て喜べないほどにな! それを知らねぇヤツが、シズクのダンスを見て下手くそだなんだとほざきやがる! それを聞いてまた辛い顔をするんだ! だから俺が同じダンスで、同じスタイルで勝ち上がって見返してやりてぇだけだ! もう辛い思いをさせたくねぇ。お前ならどうすんだよ!!」

「それでも! 師匠を悲しませてれば同じじゃないか!!」


 ビッグベアーくんの声が詰まった。


「辛い思いをさせたくないだって? 今のキミを見て一番辛いのは彼女だ! 見ず知らずの僕を頼って泣くほど、キミが嫌われるのを心配してたんだ!」

「うぅ.....」

「僕は二つだけお願いをしに来たんだ。今からでもいい、周りを挑発して敵を作るのは辞めてダンスに真摯に向き合ってよ」

「いまさら変わらねぇよ.....」

「大丈夫。二つ目のお願いを聞いてくれたら問題じゃなくなるから」

「なんだよ、何をさせる気だ」


 どんどん緊張してきた。僕が勝手に決めたけど、たぶん大丈夫だよね。

 よし、言うぞ。


「二つ目は、僕らのチーム。Strange Aceに入ってほしい!」


 風の音が大きなった。いや、そう思ってしまうほど、言ってて心臓がバクバクしていた。


「な.....何言ってんだ?」


 冷や汗が見えるほど彼も困惑していた。そりゃそうか。今の流れからだと意味がわからない。


「いや、え〜っと、今の話からだとちょっと繋がらないかもしれないけど、そ、そもそも! 僕はキミのダンスに惚れてるんだ。大学から始めたんでしょ? 始めた時期は同じなのにここまで技術に違いが出るなんて、きっと人の何倍も練習を積んでいるんだと思う。ダンサーとして、これほど尊敬することはないよ!」

「あ、あぁ.....」

「それに! 僕が近くにいた方が、キミが変われたのか見てられるし! 一石二鳥だと思って.....」

「わかったわかった。もういい」


 ビッグベアーくんは笑いを堪えきれないといった様子で笑みを零し、静かに深呼吸をした。


「お前変なやつだな。俺にあんだけ罵倒されてて普通仲間に誘うか?」

「それはそうなんだけど、それよりこんな凄腕のダンサーを放置してるほうが勿体ないかなって」

「俺を誘っといて、お前らのチーム。下手なとこで止まったら全員殴り飛ばすぞ?」

「それは問題ないよ。僕たちは日本代表を取って世界に行く。Strange Epicを倒して世界一位になるから」


 ビッグベアーくんはお腹を抱えて笑って、ひいひいと呼吸を乱した。なんだ? おかしな事は言ってないぞ?


「ふぅ、ふぅ、あ〜腹痛てぇ。それでStrange Aceなのか。憧れが顔に出てるじゃねぇか!」

「そ、そうだけども.....」

「面白ぇ。世界一なら申し分ねぇよ。その話乗らせてもらうぜ」

「ってことは!!」


 調子を取り戻したビッグベアーくんは、右手を差し出して満面の笑みを見せた。


「あぁ、よろしく頼むぜリーダー。俺がお前らザコを世界に連れてってやるよ」

「っ!! よろしく! これから一緒に頑張ろうね! あと、ザコは禁止だよ」

「うっ、わかったよ。俺は負けたからな」

「ちょっとずつ変わろうね!」

「はいはい、リーダー様よ」


 かたく手を結んで、志を誓い合った。


「今の話。ほかのヤツには秘密にしてくれよ?」

「うん! わかった!」



 こうして、火花を散らした強敵ビッグベアーくんは、僕らstrange aceの四番目のメンバーになった。しかも、抜けていたポップダンサーだ。明らかなチーム強化になった。


「アイツら、ロックとワックはよく許してくれたな」

「えへへ、実はまだ言ってないんだよね」

「はぁ?」

「大丈夫大丈夫! 何とかするから!」

「大丈夫かよ.....ほんと」


 僕はビッグベアーを連れて、意気揚々と体育館を目指した。きっと許してくれるさ。二人とも真面目なダンサーは好きな筈だから!










「「却下」」

「えぇ!?」


 マサヤくんとミナミさんは声を揃えて反対した。いや、予想はしてたけども、間髪入れずに言い返してくるとは.....。


「リク、目を覚ませよ。いくら強かろうがコイツが俺らに言ったことは消えねぇよ。相性最悪だ」

「私だってまだ許してないわよ。それに、こういう話は先にチームメイトに相談するのが筋ってものでしょ?」

「おい、どうすんだよこれ.....」

「うぅん.....」


 困ったなぁ。もう少し聞いてくれるかと思ったけど、ちょっと難しそうだぞ。


「あ〜、いいか?」

「なんだよ」


 ビッグベアーくんは後頭部をカリカリと掻いて一歩前に出た。


「いまさらかもしれねぇし、許してもらえるとも思ってねぇけどよ。なんだ.........悪かったよ。お前らに言ったことは全部取り消す。本当にすまねぇ.....」

「お、おぅ」


 ビッグベアーくんの全面的な謝罪を前に、マサヤくんとミナミさんは顔を合わせて狼狽えていた。彼の性格からこんな言葉が出てくるなんて思ってなかったのだろう。

 そうだ、もともと性格悪いキャラ作りのような事をしていただけで、本来はダンスに正直に向き合う真面目な性格なんだ。きちんと話せばきっと大丈夫。


「ビッグベアー。お前はなんでこのチームに入ろうと思ったんだよ。たぶんリクから誘ったんだけろうけど、それでもレベル差もあるし居心地は最悪だろう」


 ビッグベアーくんは少し考えるように下を向いた。確かに気になる。チーム入りを承諾してくれたけど、詳しく聞いてなかったからね。


「はぁ、悪いけどよ、一度しか言わねぇからな。理由の半分は、このリクって男がいるからだ。ダンサーとしての信念が同じやつで、俺みたいなヤツを受け入れてくれるチームなんてねぇからな」


 彼は僕を指さしてそう語る。なんだろう、ちょっと買い被りすぎな気もしてむず痒くなる。


「あとは、散々ザコだのカスだの馬鹿にしたけどよ。お前ら全員と戦って思ったんだ。コイツらは他のヤツらとは違う。ダンサーとして一本通ってる筋みたいなモンを感じたからだ。十連戦してきたワックは疲弊してたから簡単に勝てたがよ。ロックのお前とリクには全力を出しちまった。苦戦したんだ。レート差はあるだろうが、じ、実力が遠いところにいるとはどう考えても思えなかったんだ」


 相手を認める。恐らく師匠であるシズクさん以外では初めてなのだろう。どんどん語尾がしぼんでいった。


「実力が拮抗してて、そそ、尊敬できそうなヤツがいるチームに誘われたんだ。これを逃したら俺は、ずっと一人で戦うことになる。それじゃあ上を目指すことなんて出来ないってわかってんだ」

「ビッグベアー.....」

「だからよ、これは誘われたとか抜きにして、俺はこのチームに入りてぇ。頼む.....」


 深々と頭を下げる彼を前にして、マサヤくんもミナミさんも邪険に出来ない。二人ともため息を吐いて頷いた。


「マサやん」

「わかってるよ。男にここまで言われて、簡単に蹴るわけにはいかねぇよな」

「マサヤくん!」

「あぁ、いいぜ。チーム入り、認めてやるよ」

「あぁあ、ありっ、ありがとうな」


 歪んだ笑顔で感謝を口にするビッグベアーくん。マサヤくんも苦笑いで返した。

これで、ようやく正規のメンバーだ。


「てかよ! お前ありがとうもまともに言えないってどんな性格してんだよ」

「仕方ねぇだろうが! こんなこと自分より弱いヤツに言ったことねぇんだから!」

「あ? 何つったおい」


 あ、やっちゃった。


「だから! 俺より弱ぇヤツに!」

「お前なにも分かってねぇじゃねぇか! さっきの認めてるって話はなんだったんだよ!」

「はぁ? 強いって言ったが俺よりは弱いだろが! 弱いヤツに弱いって言って何が悪いんだよ!」

「リクっち。やっぱだめよこの人」

「あぁ!? 何でだよ! やんのかワック!」

「望むところよ。痛い目みないとわからないようね」

「ミナミ俺も混ぜろ。腹立つぜコイツ」

「上等だ! 二人まとめて踏み潰して俺の下で働かせてやるよ!」


 空気が一瞬で悪くなった。せっかく仲直りしそうだったのに.....。そう言えばこのチーム、全員我が強いな。


「ビッグベアーくん」

「なんだよ!!」

「約束」

「あぅ、わ、わかったよ。悪かった.....」

「それに、ウチに序列なんてないから」

「わかったって.....」

「仲良くやろうね」


 ビッグベアーくんは苛立ちを無理矢理押さえ込んで、改めて二人に謝罪した。


「ビ、ビッグベアー。お前リクに弱味でも握られてんのか?」

「何も聞くな」


 こうして、うまい具合に(?)おさまりがついたところで、僕らは一つのチームになった。これから四人で成長していく姿を想像するだけで、すごくワクワクするのだった。


「よし、じゃあバトルを見に行こうよ! きっとタックさんやニシキ先輩が残ってる筈だから!」

「そうだな。戻るか」

「うん!」


 僕らは体育館のサークルに紛れ込み、二回生以上のトーナメントを見守った。いつの間にか準決勝まで進んでいたけど、予想通りタックさんとニシキ先輩が組んでいるチームが勝ち上がっていた。


《圧倒的! DINO-ACTが決勝進出だ!》


 他者を全く寄せ付けない強さで前を歩く師匠。そうだ。この姿に憧れたんだ。いつかきっと彼に届くようなチームになって、強くなった僕を見てもらう。その時に横にいるであろう仲間と一緒に、今はこの歓声を作ってたくさん盛り上げよう。


 タックさん。僕もそこにいくよ。


 決勝はその日一番の盛り上がりを見せて、トーナメントはDINOの優勝で幕を下ろした。

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