第27話 理想の人

「お前には二つの武器を習得してもらう」

「は、はぁ...」


 タックさんはこちらも見ずに歩き、僕はその後を付いていきながら生返事をした。


「でも、明日がバトル当日ですよ? いまから覚えても、ビッグベアーくんはおろか他のダンサーさんに通用するとは.....」


 付け焼き刃の技術ほど弱いものは無い。大事な勝負でリスキーなことは避けたいのだ。


「大丈夫だ。武器とは言ったが技じゃない。それこそ、技術の面で言えばすでに習得しているからな」

「.....どういうことですか?」

「まず一つ目だが」

「あ、はい」


 説明するのが面倒になったのか、タックさんは本題に入った。確かに今の話を引っ張っても時間の無駄か。


「バトルダンサーにとって、最も大切なことはなんだと思う?」

「えぇ? えっと.....」

「と、本当は聞いてやって自分で答えを見つけさせるのが後々の為になるんだけどな。今回は時間が無いから答えだけを言うぞ」


 何だか今日はいつもと違うぞ。変に回りくどいというか、どことなく焦っているような。


「お前に必要なのは『自信』だ」

「『自信』.....ですか」

「そう、自信のないダンサーはムーヴで悩み、中途半端なクオリティーでしか踊れない。負けるヤツの典型的な姿だ。まぁ言われたからってすぐに付けられるものでもない」

「じゃあどうするんですか? やっぱり実績あっての自信というか、それだけの事を積んできて初めて掴めるものですよね」


不意に立ち止まり、彼は振り返りながら僕を指さした。


「イメージしろ」

「??」

「お前の中の一番強くて格好いいダンサーになりきるんだ。二重人格になれ」

「お、はっ、えぇ!?」


 その揺らぎのない瞳からは至極当たり前のことを言っているかのような強みを感じた。聞いてるこっちからしたら無茶苦茶だ。


「お前、もしかして無茶苦茶言ってるとでも思ってるのか?」

「そ、そんなこと...」

「いいか、これは無茶でも何でもない。プロですら意識している事だ。音が流れれば『普段の自分』から『最高にクールなダンサー』にスイッチを切り替える。ゴリゴリで威嚇ばかりするダンサーがジャッジコメントで喋ってみれば、小動物でも頭に乗せてそうなほど人が良かったりする。お前だって見たことあるだろ」


 言われてみればそうだ。踊った時と話した時、そのギャップに驚いたことは何度もある。二重人格.....表現者としては、実は当たり前の事なのかもしれない。


「試しに『俺』って言ってみろ」

「それはなんか違うような.....」

「なんだと?」

「俺です! 二重人格頑張ります!」

「お前はイメージ力がかなり高い。心配するな」

「はい!」



 それが、タックさんから教わった一つ目の武器だった。













《先に仕掛けたのはStrange Ace の大将! そして流れるのはブレイクビーツ! 一気に攻め落とす気でしょうか!!》


 俺が気弱だから決勝で先攻は取らないと思っていたのか、ビッグベアーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。悪いが後攻狙いのやり取りでお前を回復させるより、先攻で仕掛けた方が勝算があるんでな。

 焦りを見せるわけにはいかない。予選を流すように余裕のあるステップで距離を詰め、相手の前で少し止まった。


《B-BOYリク! 試合前の気弱な彼はどこへ行ったのか、まさかのガンの飛ばし合い!》


 おいおい、引きつった笑いじゃないか。こっちが優勢だと思われちまうぞ? これから仕掛けるんだ。受けきってくれよ。

 曲が変調し、不規則なドラムが顔を見せる。寸前でフロアに入った俺は惜しみなくフットワークを組み合わせる。


「な、なんだリクのヤツ.....どうしちまったんだ!?」

「えぇ、それにあれ、何でだろう。タックンさんと被って見えるわね」


 ラッシュを終え、足を引き付けて逆回転のズールーからマニアックなガチ止まりフリーズ。跳ね起きから軽くターンを入れてぼーっと相手を見据えた。ビッグベアーの顔は怒り狂ったような形相で一歩目を踏み出した。


「舐めやがって!!」


《おぉーっと! 試すかのようなリクのムーヴに怒り心頭か! ビッグベアーが力で潰しにかかる!!》


 マサヤのバトルで見せた最高質のヒットを様々な態勢で繰り出す。こうして近くで見ると、凄いな。今の俺のムーヴじゃ太刀打ち出来ないな。


 だけど、今に限ってはそれ、だぞ?


 軽い音のブレイクビーツにハードヒットはやり過ぎな音ハメだ。それじゃあ誰の心にも届かない。

 途中で気付いたようだが遅かった。終始ヒットだけのムーヴで組み立てをするしかなくなったビッグベアーは、苦虫を潰すように顔を歪め、不完全燃焼のまま自陣に戻っていった。


《終了!! 予想外の試合運びを見せていただきました! では早速〜〜〜ジャッジ!!》


 三人のジャッジは一斉に手を挙げた。


《勝者リクーーーー!!!! ここまで駆け引きが強かったのかStrange Aceリーダー! あの強い二人を束ねる者の実力を見せつける!!》


 どよめきは消え、全てが歓声に変わる。大丈夫、僕は期待を.....。おっ、おれは.....。


「駄目だぁ、続かないやコレ.....」

「リク! 何だあれ! まるでタックさんじゃないか!」

「う、うん。なりきるのが大事って教わったからさ」


 マサヤくんは駆け寄ってきて、僕の両肩をポンポン叩いて興奮していた。


「だぁっはっは!! タック見たかよ! アレを教えたんだろ? お前が最高のダンサー像なんだってよ!」

「うるさい」


 遠くでニシキ先輩がタックさんを小突いている。そんなにわかりやすかったかな今の。誰になりきるかなんて言ってないのに.....。


「おい!! まだ終わってねぇぞ!!」


 空気が凍る。ビッグベアーくんは息を荒くして臨戦態勢を取っていた。

 そうだ。まだ終わってない。あと一回勝たないとこの勝ち星だって無駄になるんだ。


「俺のポップは負けねぇ...! そんなヤワなもんじゃねぇんだよ!」

「僕のブレイクもだよ。特に、キミみたいな人には負けない」

「なんだとドチビ!!」


《ストップストーップ!》


 MCの静止によって僕も彼も、口を閉ざした。突然噛み付いてきたからちょっとビビっちゃった。手が震えている。


《少し荒れましたが、喧嘩は駄目ですよ〜。ダンサーなら踊りで決めましょう! もう最終戦なんですからね!》


 決勝、大将戦のラストムーヴになるかもしれない。一気に緊張感が張り詰める。


《では気を取り直して.....。長かった戦い。これが最後になるのでしょうか。全員で声を合わせて始めましょう! いきます!! バトルスタート!!》


 一斉に声を上げるスタートコール。静かな立ち上がりから数秒、強烈なダブステップが鳴り響いた。


《先ほどはブレイクビーツ。今度はダブ! 一変してビッグベアーに有利な曲です!》


 さっきと同じ流れで僕を潰したいのか、今度は曲の始まりに合わせてビッグベアーくんが飛び出した。しかし、その顔からは怒りや焦りは消えていて、自分の世界へと入り込んでいた。

 冷静だ。上手いな.....。だけど、それだけだ。


《この男クールだ! 激情に流されずにロボットからアニメーションにシフト! 音の嵐のようなダブを技術で乗りこなす!》


 高速のタットやウェーブで数多の音を掴みあげていく。その目は静かな闘争心を宿し、所々でこちらに目線を合わせてくる。

 一流のバトルダンサーだ。心から羨ましいよ。その技術。ボディコントロールだけではなく、マインドコントロールまで完璧だなんて。


 だからこそ、たった一つ。許せないんだよ。


 強烈に捻れる音にウェーブを合わせて、彼は僕を指さした。勝ち誇った顔。荒れ狂うダブステップを操り抜いたんだ。きっと自分の中でも実力以上の動きが出来たんだろう。



 僕の足が前に進む。



 恐らく、そのクオリティのムーヴは僕には出せない。だから、これから見せるのはだ。



 中央に立ち伏せ、音を身体に吸収する。



 君と僕は同じだ。師に憧れ、彼らの教えが自分のダンサーとしての全て。

 キミも、それを馬鹿なされたくなかったんだろ?



 ゆっくりと地面に手を付き、身体を浮かせる。



 気丈に振る舞うのは師匠が馬鹿にされないため。だってそれに憧れたんだから。



 会場の声が止み、全員が息を呑む音が聞こえるように静まり返る。



 だったら....、もっと真剣に向き合え!



《な、なんだこれは!!》


 怒涛の勢いで流れる音を体の中へしまい込み、爆発しそうな全身を浮かせ、カウントだけで滑らかに動いた。


《まるで無重力! これが彼の奥の手か!!》


 MCの声と音楽だけが鳴り響く。

 う、やっぱりこれ、腕の負担が大きいや.....。

 タックさんの言った二つ目の武器。『スタイルチェンジ』。普段のラッシュ系のフットワークを封印して音を逃がす。そして、筋肉を最大まで硬直させて作り出すスローブレイク。

 流石にこれは練習無しではキツイよ。まるでストロングスタイルやってる気分だ。

 音が取れないフラストレーション。これが爆発するのは最後のワンカウントだけだ。


 溜めろ。溜めろ。まだだ...っ。


 曲の切れ目が近づく。バレないように、強かに、そこへ狙いを定めてセットムーヴに入る。




 ここだ!!




 スローモーションで右足を振り、回転力を最大まで高める。膝でスライドしながら前進し、全ての力を解放した。


《え、エアチェアーー!!》


 僕と一緒に観客も声を爆発させた。


 まだだってば! もう一発!


「ぁぁああああああっ!!!!」


 声を上げ、エアチェアの片足を下へ振り思い切り振り上げた。身体が持ち上がり、それは一つの技へと繋がる。


《変形マックスーー!!!! 終了!!終了!!》


 大歓声の中、フリーズを崩して立ち上がった。ビッグベアーくんの表情を確認しようと振り返ると、目に入ったのは、押し寄せる人波だった。


《あぁ!! 皆さん落ち着いて!! 下がって下がって!!》


 MCの静止を無視して、観客達はサークルを崩して大盛り上がりを見せた。なんだ? なにが起こってるんだ??


《ジャッジがまだ何だよ!! 元の位置に帰れってば!!》


 とうとう怒りだしたりMCの声で、それでも笑顔な観客達はポツポツと帰って行った。何だったんだいまの.....。

 ザワザワと話し声が聞こえる中、進行を任されたMCはコホンと咳払いをした。


《いや、失礼しました。私も一観客なら一緒に盛り上がりたい所なのですが、この後も上級生のバトルがあるもので.....。それにしても激アツなバトルでした! サークルが崩れるほどのバトルを生で見たのは生まれて初めてです! 二人に大きな拍手を!!》


 熱の抜けきらない歓声と拍手についていけず、当事者なのに置いていかれたような気持ちになる。


《さて、ラストバトルになるのでしょうか! ジャッジの皆さん! 準備はよろしいでしょうか!!》


 三人の上級生は首を縦に振る。

 これが運命の分かれ目。僕は祈るように下を向いた。


《スリー、ツー、ワン.....》


 暴れる心臓に手を置いて、顔を上げた。




 勝者は.....。







《勝者!! リクーーーー!!!! Strange Aceの優勝だぁあああああ!!!!》


 惜しみない拍手が耳を叩き、冷静になった僕は信じられなくなって膝をついた。

 僕が、勝ったのか.....?


「リク!!」


 振り向くと、マサヤくんとミナミさんが飛びついてきて、勢い余って前のめりに倒れた。


「お前ってやつは! お前ってやつは!!」

「リクっちすごい! 最後の! どこであんな技覚えたのよ!」

「へへっ、ありがとう。最後の技、覚えてない?」

「え?」


 ミナミさんはポカンとして聞き返した。そっか、あの時はお互い必死だったもんね。


「ばっかミナミ! あれは選抜バトルでお前を負かした自爆技だろ!!」

「え、あ、そっそうだわ! で、でも、あの後リクっち腕を痛めてたのに、いつの間に習得したのよ!」

「ミナミさんから勝ちを奪った技だよ? 死ぬほど練習したんだから」

「あんた.....本当にすごい人ね」


 泣きそうな顔で笑うミナミさんに微笑みかけ、マサヤくんに手を引かれて立ち上がった。何だかこれも、あの時みたいだな。


「冗談じゃねぇ!!!!」


 人を殺さんばかりの怒気に、辺りは沈静化した。声の主は、ビッグベアーくんだ。


「馬鹿じゃねぇのか!! 今のバトルのどこが俺の負け何だよ!! お前ら組んでんじゃねぇよ、もう一回ヤラせろ!! ふざけたジャッジしてんなよカスが!!」


 癇癪を起こしたようにジャッジの胸ぐらを掴みかかるビッグベアーくんに批判の声が上がる。


「負け惜しみはやめろよ」

「負けたくせに.....」


 観客の言葉に怒りの矛先が代わる。声の方向に歩き出したビッグベアーくんは一人ずつ掴みあげていく。


「今言ったのはお前か? 殺すぞコラ」

「お、俺じゃねぇよ〜」


 乱闘の空気が漂い始めた。これはまずい。止めないと.....っ!


「やめなさい!」


 反対側から女性の声が響く。その人は、ゆっくりとビッグベアーくんに近づき、下から見上げながら怒っていた。


「し、シズク.....」

「クマちゃん」

「お、俺のポップは.....お前のポップは、最強なんだ。こんな所で負けるわけ.....」

「クマちゃん.....」


 悲しそうなシズクさんの表情に耐えられなくなり、彼は走りだした。


「ちょっと! どこ行くの!」


 師の声は届かず、ビッグベアーくんは体育館から出ていってしまった。どうとも言えない空気が包み込み、暫く静かな時間が流れた。


《さ、さぁ! 気を取り直しましょう! 何にせよ、優勝したチームには商品が送られます! Strange Aceの御三方。壇上に上がってください!》


 持ち直そうとハイテンションで司会を務めるMCには尊敬の念さえ生まれる。勝ったのは僕たちだ。勝者がおどおどするのも違うな。


「行こう、二人とも」

「おう!」

「そうね」


 再び賞賛の空気が戻り、僕たちは壇上で勝ち名乗りを上げた。観客の元へ戻ると、色んな人から褒められ、讃えられた。


 本当に勝っちゃったな。って、そんな鑑賞に浸る前やることがあるか。


《それでは! 十分後! 二回生以上でのトーナメント戦を行います! 皆さん、準備は万全に!》


 短く締められ、一段落した。さて、ここからが本番だ。

 僕は手に力を込め、グッと握った。

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