第1話 入部って緊張する

 あの日から一年。僕は大学生になっていた。

偏差値も並で、これと言った特色も感じられない大学だったが、選んだ理由は二つある。

 まず家が近いこと。そして、『ダンス部』があることだ。

  ずっと決めていた。大学生になったらダンス部に入るんだって。スポーツをしたことはほとんど無いのだけれど、何故だろう、こればっかりは諦めようと思ったことは一度もないのだ。

 それはきっと、あの人のせいなんだろうな。

 夜の夜中に僕を無理矢理連れ出した人物を思い浮かべ、少し溜め息がでた。


ーーーー家に篭ってたらもやしになるぞ!ーーーー


 本当。失礼な人だ。

 赤茶色の煉瓦造りの壁が印象的な建物。それに囲まれた大きな中庭に設置された休憩用の椅子に腰掛け、僕は部活勧誘のパンフレットを広げていた。大きく『ダンス部』の文字を覆うように、様々なポーズを取るキャラクター。太い線で描かれたそれは、俗に言うグラフィティだろうか。あの橋の下とかに不良が描いているやつ。


「あ、可愛い」


 デフォルメされた絵が大好きな僕の感性に触れる絵だ。こういうアメコミチックな絵も嫌いじゃない。

 ふと、時計を確認すると十八時を回っていた。いけない。絵に集中し過ぎた。


「よ、よし。行こう!」


 パンフレットを鞄の中に押し込んで、一度深呼吸。緊張で鼓動が止まない胸をとんとん叩くと、覚悟を決めて体育館に向かった。

 体育館は高校と違い、外に面している所に入り口はなかった。大きな扉を開けると、踊り場があって、そこから体育館と更衣室に別れているみたいだ。

 踊り場で靴を脱いで揃えていると、後ろから男性に声を掛けられた。


「お、入部希望者か?」


 振り向くと、まず目に入ったのはスニーカーだった。ハイカットでロゴも大きく、色も派手だ。少しずつ上を見ていくにつれて、僕の心臓も存在感を主張する。なんというか。


(こ、こわい!)


 ダボダボのジャージ、黒いタンクトップにネックレス。堀の深い顔で目が鋭く、髪も金髪と黒のドレッド。何より、格闘技してそうなほど筋肉が盛り上がっていた。

 しかし、ひと目見てわかるほどダンサーだ。ここで、ビビっている場合ではない。


「は、初めまして。須藤 陸といいます」


 彼は、「ん~?」と考えるように僕を見回し、頬を掻きながら口を開いた。


「初めまして。ダンス部の堂守 大河だ。君は……卓球部の入部希望か?」

「いえ、ダンス部の方です」

「あ、そうかそうか! 悪かったな。じゃあ、案内するから付いてこい」


 堂守さんは何とも言えない表情で笑った。この反応は仕方がない。どう見ても運動とは無縁の身体付きで、眼鏡をかけたオタクが来れば大抵の運動部はこの顔になるだろう。

 服くらい、替えた方がよかったかな。

 胸もとによくわからない英語とサーファーがプリントされている。ダサかったのかもしれない。


「……はい」


 何か申し訳ない気持ちで、堂守さんの後を付いて体育館に入った。

 

 中は、バスケットコート二つ分のスペースがあり、真ん中を大きな網で仕切られていた。奥には鏡があり、その前で数人が踊っていて、少し後ろで柔軟をしているグループもある。見たところ、二十人ほどだろうか。女性のほうが多い気がする。


「もしかしたらパンフレットを持っているかもしれないが、ダンス部は主に月、火、木曜日の十七時から練習しているんだ。体育館を卓球部と分けて活動している」

「そうなんですね。部員は何人くらいいるんですか?」

「今いるのは一部で、だいたい六十人だ」

「六十人!?」


 そんなに多いのか。高校の部活を見ていてもせいぜい十五から二十。やっぱり大学はすごいな。いや、ウチの高校が少なかったのかもしれない。部活に力を入れていなかった気がする。


「いい反応だなぁ。ま、全員が集まるなんてそうそう無いからな! 幽霊部員もそこそこいるぞ」


 堂守さんは太い声で笑うと、それに気付いた柔軟をしている女の子が一人走り寄ってきた。


「部長。戻ってたんですね。そろそろ始めますか?」

「おう。新入生を真ん中に集めてくれ」


 堂守さんは入り口付近に置かれていた鞄からパーカーを取り出して着ると、僕の背中を叩いて真ん中のスペースに向かう。後を付いていく僕は恐る恐る聞いてみた。


「堂守さん、部長だったんですか?」

「おう。三回生で部長をやってる。わからないことがあったら何でも聞けよ」


 機嫌よく笑う堂守さんだったが、正直、イメージが湧かない。だって、笑っても怖いんだもの。


「ほら、アイツらも同じ新入生で体験入部にきたんだ仲良くしとけよ?」


 堂守部長が指差した先には十人ほど集まっていた。ほぼ女の子なのがとてつもなく気まずい。僕は、女子が苦手なのだ。


「は、はは……」


 こちらを見る女子たちの視線が冷たい。コソコソと耳打ちしている子もいる。わかっている。たぶん、何でこんな暗そうな奴がダンス部にいるんだとか思われてるんだろう。さっそく疎外感を感じてしまう。


「よし、ではこれからダンス部を体験をしてもらう。俺が部長の堂守だ。補助に副部長の藤巻と江川についてもらうので、俺に聞きにくいことは二人に聞いてくれ」


 堂守部長の横には、元気で活発そうなお姉さん(藤巻先輩)と、優しくマイペースな笑顔のお兄さん(江川先輩)が立っていた。


「よし、頑張るぞ!」


 緊張も少しほぐれてきたところ、憧れのダンス生活の一歩目をしっかりと踏み出すため、拳を強めに握り締めた。

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