第5話 The name of the flower

 アパートに着くころには、空は暗いオレンジに変わっていた。

 実に、二時間ほども病院周辺をウロウロしていたことになる。


 そういう娘なのだ。


 アパートの三階、角部屋。

 鍵を差しガチャッとドアを開けると8畳の部屋、必要最低限の家財道具だけが無難に整頓されている。

 バイトの求人誌に目を通しながら、菓子パンを食べる。

 以外と探し始めると、出来そうにないことばかりで嫌になる。

 結局、これといったバイトも探せぬまま就寝した。


 翌日、病院で検査を済まして帰る途中、商店街に立ち寄った。

 夕食を何にしようか考えながらブラブラしていると、小さな花屋さんを見つけた。


 奈美は花が好きだ。

 とくに詳しいというわけではないのだが。

 花屋さんに憧れた子供の頃を思い出す奈美。


 ガラスには『アルバイト募集中』の張り紙。

 主人が配達に行く間の店番のような内容。

(これならできるかも)

 奈美は花屋さんに入って行く。

「すいませ~ん、表のアルバイト募集ってまだ大丈夫ですか~」

 奥から花を抱えた40歳くらいの女性が顔を出す。

「はい」

 にっこりと笑う女性。

(綺麗なひとだな~)

 奈美は思った、子供の頃に憧れた花屋さんのイメージどおりの女性。

 長い黒髪をアップでまとめ、薄い化粧の女性。

「バイト希望なの?」

「はい」

「花屋の経験は?」

「無いですけど…花は好きです。詳しくはないけど……」

 そこで口ごもってしまった。

 良く考えれば…花を知らない花屋って……ちょっと恥ずかしくなって、下を向いたまま

「ごめんなさい…ダメですよね…すいません」

 帰ろうとすると

「明日から来れる?」

「えっ?」

 やはり、ニコリと笑って

「簡単でいいから履歴書、明日持ってきてね。時給は850円だけどいい?」

「えっ…えっ…はい!よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げる奈美。

 へっ…えへっ♪

 なんだか嬉しい奈美。

「お茶飲んでく…えっと…」

「奈美です」

「奈美ちゃん」

 奈美ちゃんなんて歳でもないけど…。


 ………………

「へぇ~、で病院に通いながらになるんだ」

「はい…いいですか?」

「いいわよ、午後から店番と手伝いしてくれれば、私も子供の保育園の迎えとかあるから助かるわ」

「よろしくおねがいします」

「はい…こちらこそ、あっ私は舞華まいかよ」

「マイカさん」

「うん、じゃあ明日からお願いね奈美ちゃん」

「はい」


 こうして奈美の新生活は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る