エピローグ

 音もない。奈落の果てを、もうどれほど漂っただろうか。


 肉体もなく、魂だけの存在となったワタシの前に。


 じわりと――【E N D】という見知らぬ文字が浮かび上がった。


 初めて見る形の文字。果たしてこれにどんな意味が込められているのか、ワタシにはわからなかった。


 すると三つ並んだその文字は、次第に形を歪めていき、今度は【S T A R T】という文字に変化した。


 なんの演出だろうかこれは……、しかし、例え文字を読めず、その意味を理解できなくとも、なにも心配することはない。


 戦いは終わり、魔王共々、ワタシも息絶えた。


 世界だけは救われ、なんの問題もなく廻り続けているだろうが。


 そうだから。これからこの辛うじて残っている意識も完全についえる、ワタシはもう、ワタシではなくなる。


 だからなにも、――気に留める必要は、ない。



 ◆◆◆



 気がつくと…………ワタシは悪趣味な玉座に腰を掛けていた。


 体を動かすのが億劫なのは、単に目覚めたばかりだからというわけではなさそうだ。


 いつ、誰に着替えさせられたのか、黒騎士でも袖を通さないような重苦しい装束が視界に映り、ワタシは、体中を触り、困惑した。


 今までのは、全て夢だったのだろうか。

 いや、確かに記憶ははっきりしている。


 ワタシは勇者さんに成り代わり聖剣で魔王を討ち。世界をあるべき姿へと戻した。


 肉体の感覚は確かめるまでもない。

 ……どうやらあれから一人生き延びてしまったようだ。


 ただ一人。仲間を見殺しにし、勇者さんを死なせ……。


 ワタシは、どこに位置しているかわからない牢獄のような玉座の間から飛び出し、高跳びの魔法で勇者さんの故郷へと向かうことにした。


 勇者さんは、自分から自由な未来を奪い、勇者として縛りつけたはじまりの村の人間を憎んでいた。


 もしかしたら、彼の死をいたむような人間は一人も存在しないかもしれない。

 それでも、英雄である彼の死を知らせる義務はある。そして勇者の名が未来永劫残るよう石碑せきひを建てさせよう。


 それが、世界の犠牲となり散っていった、彼への労りと慰みになることを願って。



 ――しかし。




「……なんだ、お前は」


 村に着くやいなや、ワタシは村人から農具を突きつけられ取り囲まれた。


 勇者さんは魔王を倒した。ワタシは彼から言伝ことづてを頼まれてここに来た。魔族の蔓延る時代は終わりを告げたのだ、どうか彼を、永遠に讃えてほしい。そう、いくら繰り返し伝えても、彼らは信じてはくれなかった。


「貴様何者だ⁉︎」

「勇者が魔王を倒しただと……なにを言っている」

「その格好はなんだ……貴様、魔物の類か――!」

「女子供を避難させろ! けしてこいつを村の中に入れるな!」


 とぼけているといった様子でもない。

 村人らはワタシを、まるで化け物でも見るような眼をして。

 クワや斧を振り回して来たのだ。


 やめろ、違う。

 ワタシは、ただ、お前達が無責任に願った戦いの終わりを、勇者さんの死を告げに来た――!


 ……それだけなのに。



「あの怖い人……なにを言っているの。勇者が死んだなんて……勇者は――ぼくのことなのに」


 扉から顔を出した幼い子は、不思議そうに眼を丸くして口にしたが。


 すぐに女性が悲鳴を上げ、建物の中に引っ張り戻した。


 一瞬見えたその顔には、確かに、見覚えがあった。


 間違うはずがない、ワタシは、あんなにも近くでずっと、彼を見てきたのだから。


 どういうことなのだろうか、なにが起こっている、これは、一体……まるで、これは……。


 心臓が早鐘のようになり、狼狽えるワタシに、村人の一人が斧を振り上げ迫ってきた。


 やめろ――と、叫び振り払おうとすると、払った手の内から黒い炎が噴き出し、数人の村人を飲み込み、家々に飛び、燃え広がった。



「ぎゃっ、ぎゃああああああああ」

「熱い! 熱い! 熱いい‼︎」

「だれかっ、たすけて!」

「あっ、あ――悪魔っ、悪魔だああ‼︎」


 違う、そうじゃない、ただ拒絶した。それだけだったのに。ワタシの体には見知らぬ力が宿っていて、それが、ワタシの意志と関係なく発動した。


 弁解の余地もなく、村は一瞬にして阿鼻叫喚に包まれることとなった。


「悪魔、魔物ッ……いや、魔王……魔王だ――‼︎」


 誰かが叫び。

 皆が必死に逃げ惑う。


 そう。



 ……魔王だ。


 ワタシは……目が覚めたらとして存在を書き換えられていたのだ。


 この時、全てを理解した。


 勇者さんが、『全てを終わらせてほしい』と言ったその真の意味も。


 この世界の《しくみ》とやらも。


 この世界は、ある一定の条件を満たすことで、再び再生する。


 勇者さんが魔王を討ち、魔王が滅ぼされることで。


 終わり、そして、始まる。

 振り出しに戻される。


 それが、この世界だったのだ。


 そして、勇者さんの穴を埋め、魔王を倒したワタシの存在こそ。


 誰もが知ることのない、しくみそのものではないか。


 勇者さんは、倒した魔王の穴を埋める役、世界が収束した後に、今度は打ち滅ぼされる側に――、勇者さんに救われたはずの世界が、彼を魔王に転生させるのだ。


 そしてまた、新たな勇者さんが生み出され、同じことを繰り返す。


 勇者さんと、対となる魔王。


 この二つを軸にして、この世界は誰に気づかれることもなく、延々廻り続けていたのだ。


 ワタシは、踊る黒炎の中で笑っていた。


 なんという、酷いシナリオなのだと。


 世界は、勇者さんの手で、魔王から救ってもらうというのに。


 その世界は、恩を返すどころか、勇者さんを自分の複製に倒される、悪に仕立て上げるというのか。


 まったくもって、冗談ではない。


 世界の希望ではない、世界の奴隷――そう呼ばざるをえなくなってしまうではないか。


 高笑いに拍車がかかり。


 私の背からは鴉のような翼が生え、メキメキと水牛のような角が頭部の肉を突き破った。


 救いようがなさすぎるではないか。


 勇者さん、いや――勇者とは、まるで世界の操り人形。民草から重い期待を押し付けられ、馬車馬のように働かせられ、死んでも生き残っても報われない。なんと可哀想な存在なのだろう。


 あの少年も、きっといずれこの馬鹿げた世界の正体に気がつき、歯車となりながらも絶望するのだろう。


 そうなる前に、ワタシが、この手で救ってやりたい。


 そんな慈悲よりも深く、憎悪のように熱い感情を抱いた。


 不可能ではないはずだ。

 この世界がなくなりさえすれば、流れも止まるのだろうから。


 勇者のためだけに戦い生きてきたワタシならば、勇者のために、世界を殺すことも成し遂げられるだろう。


 勇者のためなら、いいだろう。


 悪の化身となりて、千の血の雨を降らせ、万の屍の山を築こうではないか。


 全ては勇者を救うため。

 このふざけたシナリオを壊すために。



 そうだ。




 だから、







 ワタシは、この世界を滅ぼすのだ。




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誰が勇者を殺したの、 天野 アタル @amano326

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