戦士と魔法使い

 全員、戦士、次いで魔法使いへ視線を送る。


 戦士は相変わらず、横たわる勇者さんの胸に突っ伏したまま動かず。魔法使いもまた、立ち尽くし俯いている。


 二人は勇者さんと同郷で生まれ、共に育った双子の兄妹。勇者さんにとって彼らは、仲間であり友であり、家族だった。


 勇者さんの遺体を見つけた時の戦士の割れるような叫び、魔法使いの切り裂くような悲鳴。


 パーティのなかで最古参だった二人が取り乱す様を、その時初めてワタシたちは目の当たりにした。


 勇者さんがそうであったように、二人もまた、勇者さんをそう思っていたはず。


 でなければこうはならない。


「おいお前ら、聞こえてんだろ。みんな自分のことを話した。お前らも話せよ……なあ」


 屍のように無反応な二人に、黒騎士は眉間に皺を寄せ問いかける。


「気持ちはわかる。ここにいる全員、おかしくなっちまいそうなぐれえ混乱してる。けどよ、こうなった以上、疑いを晴らすためにもお前らの証言も必要なんだよ、おい戦士、魔法使いも……!」


 しかしどんなに呼びかけても返事はない。


「……だめだ、こいつら完全に思考を放棄してやがる」

「無理もありません……お二人は、私たち後から集った者よりも遥か昔から勇者さんに寄り添っていたのですから。こんなこと、すぐに受け止められるはずがないですわ。特に戦士さんは誰よりも特別な想いが勇者さんにはあったはずですから……」


 この戦いが無事に終わりを迎えた暁には、戦士は勇者さんと夫婦めおととなる約束をしていたのだ。


 二人が産まれた時。村の者たちが勝手にとり決めたそうだが、戦士はそれでも勇者さんを真に愛していた。


「それなのに……こんな、こんな別れ方……」

「しかしこれでは黒騎士の無実は証明できぬままじゃ。仕方あるまい。こうなれば一番疑わしき者を拘束しておく方がよい」

「ッ――くっそぉ! おい……、頼む、なんでもいい、辛いだろうがなんとか言ってくれよ、戦士! なあおい!」


 沈黙を貫く二人に痺れを切らし、黒騎士は先ほど痴話喧嘩をした戦士に真実を話すよう近づき、胸の上で手を組んだ勇者さんの上に覆い被さっていた彼を揺すり出した。


「おい! なんとか言えよ!」


 しかし戦士は動かず、返事もない。


「おい、…………おい、……戦士、なにやって、なんで喋んねえんだ」


 戦士は返事を返さない。

 不審に思った黒騎士は彼を覗き込み。


「――戦士、……」


 肩を持ち上げ勇者さんからわずかに引き剥がした。


 瞬間。重苦しい金属が転がる音と、鉄臭い乾いた赤茶色の上に真新しい赤が流れ出した。


 再び空気が凍りつき、


「おい……こいつ」


 弓使いと僧侶、神官が同時に悲鳴を上げた。


「自害してんじゃねえかよ──‼︎」


 尻餅をつき黒騎士が震え上がる。


 戦士が、死んでいたからだ。


 黒騎士が叫んだように、彼は双剣のうちの一振りを腹部に突き刺し自害していた。


 ワタシたちが互いを疑いあっている間にそうしたのだろう。


 勇者さんが死に、魔王に殺されるぐらいならと思ったか。それとも最愛の人を死なせもう生きている意味などないと悟ったか。それとも――。


「なんでッ、なんで戦士くん……‼︎」

「なんと愚かなことを……!」

「そんなことより蘇生を! はやく! 僧侶さんッ――」

「急げ! まだ体に熱がある!」

「はっ、はい‼︎」


 誰もが狼狽えるなかで、僧侶が慌てて飛び出し杖を構える。


 彼だけが使える蘇生魔法は、限度はあるが死者を呼び戻せる唯一の奇跡。


「わっ、わっ、我を守りし再生の精霊よ……!」


 取り乱しながら僧侶が詠唱を始めると、こと切れた戦士の周りに白く眩いサークル状の魔法陣が浮かび上がる。


 このエフェクトが完全に成立すれば、死者は死の淵から戻され、再び目覚める――――しかし。


 祝詞しゅくしを唱えていた彼の頭上に、彼のものではない蒼い魔方陣が出現したのがその時。


 僧侶が魔方陣に気づいたが、蒼い魔法陣は僧侶が作り出した魔方陣より凄まじいスピードでエフェクトを成立させ、そして。


「え……え、……え──」


 完全なものとなったそれが、無数の凍てつく刃――氷槍ひょうそうの豪雨を降らせた。


「――」


 裏返った断末魔が響き渡り。

 冷気の幕がその場全てを飲み込んだ。


「……あ」

「あ、あっ……」


 次に視界が澄み渡った時。

 ワタシたちの眼前には……赤色で彩られた氷の槍に四方八方を貫かれた、残酷なオブジェが出来上がっていた。


 勇者さんの死、戦士の自害、息つく暇もない。


 ワタシたちを次に襲ったのは。


 氷の大魔法によって全身を貫かれた僧侶の死――。


 そして僧侶を襲い、堂々と殺害したのは。


「っ、ふ――くふはは」


 愛用する箒を突き出し、薄笑いを浮かべた、戦士の双子の妹。




 魔法使いだった。


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