魔王の狙い


 勇者さんの遺体は全身血まみれで、拠点としたこの建物の二階の部屋で見つかった。


 聖剣を守るように掴んで倒れた状態で、腹部と腰部、胸部に計三つの致命傷、神官の鑑定により死後、まだ一時間も経っていないという。勇者さんの部屋に鍵はかかっておらず、窓は開け放たれていた。


 第一発見者は僧侶だった。


「ぼっ…………僕、明日の御守りとして、金色の薬液を勇者さんに渡そうと思って……、金色の薬液は飲めば致命傷も一瞬で治る。すごく貴重だけど……僕なんかより……勇者さんに持っていてもらうべきだと思って……、そ、それで……返事がないから、おかしいと思って部屋に入らせてもらったら、ゆ、ゆ、勇者さんが……っ」


 慌てて蘇生魔法をかけたが勇者さんの反応はもう見られなかったと彼は言う。


 ここで彼が第一発見者と偽り、勇者さんを手にかけたのではと疑うかもしれないが。誰もそれについて触れないのは彼が僧侶であることが最たる理由だ。


 勇者さんの死因が鈍器のようなもので殴られたならばまだしも。

 遺体の傷はどれも刃で貫かれたようなものばかり。


 神官の杖は槍、賢者の杖にはナイフが仕込まれているが、僧侶はもともと殺生を許されない役職故、殺傷能力も一番低いやなぎの杖を装備している。


 加えてパーティ内で攻撃力が無いに等しいもっぱら後衛の彼が、たとえ騙し討ちを用いても、なんらかの理由で刃を持ったとしても、勇者さんを亡き者にすることは、力づくではけしてあり得ないことなのだ。


「そのあと神官さんを呼んで……手分けして皆さんを呼び集めました、神官さんは、ずっと部屋に……いっ、いたんですよね」


「ええ。私は二階の隅の部屋で瞑想をしておりました。一緒にいたのは、ものまね師さん、ですから……お互い外に出ていないことは証明できます……鍵はかかっていなかった……けれど窓は開いていた、ということは、何者かが外から侵入した可能性も……」


「何者かって……」


「魔王の手の者じゃろう」


「魔物が入ればこの精鋭せいえい揃いだ。誰だって感知できる、それができなかったってことは……この中の誰かってことになんだろ……」


「勇者……聖剣守ろうとしていみたいに見える。犯人……勇者から聖剣盗ろうとした。聖剣でないと魔王殺せないから、勇者しか聖剣、使えないから、聖剣なければ、魔王死なないから……」


「あの時間……見張り役は黒騎士だったか。他に外にいた者はいるか、隠せば余計に怪しまれる。正直に話すのじゃ」


「あの……ぼく、いた」


 賢者の呼びかけにより、恐々こわごわ挙手をする弓使い。


「でも信じて! ぼく勇者くんを殺したりなんかしてない! 部屋に戻って……どうしても寝つけないから弓を射ってたの……。絶対に明日はなにがあっても負けられないから。それに、……勇者くんの遺体の傷。まるで刃物か槍で貫かれたような傷だったでしょう、弓矢を使うぼくができるわけない……」


「確かに……弓矢ではあの傷は難しいでしょう」


 神官が頷き、その隣で居心地悪そうに足を組んでいた黒騎士が目配せする。


「賢者のじーさんはなにしてたよ」


「儂は一階の広間で僧侶と薬の調合をしておったわい、盗賊はすぐそばでナイフを研いでいたわ」


「黒騎士、お前……ほんとうに見張りしていたか。お前が一番怪しい」


「しっ、してたに決まってるだろうが! ……して……してた、けど……」


 賢者、盗賊に睨まれ、声を張る黒騎士だったが、なにかを思い出したのか、次第に語尾を濁していく。


「いや……あー……見張りの途中、今夜が最後になると思ったら……、少し、酒が……飲みたくなってきて……、戦士と魔法使いの部屋に行った」


「お前放り出したのか――‼︎」


「やはり御主が……」


「違うっ! 確かに悪かった ! でも俺じゃない! すぐに戻ってくるはずだった!  けど、戦士の奴が不真面目な! って、渋ってよ……ちっとだけ部屋で痴話喧嘩になっちまって、それで、仕方ない諦めるかって思った時に、神官が俺たちを呼びに来たんだ」


 黒騎士の証言に、盗賊と賢者は腑に落ちないといった様子で顔を見合わせる。代わりに、神官が続きを問う。


「それは本当なのですね」


「ああ、誓ってほんとうだ。それに、お前ら忘れてるだろうが。俺が勇者を傷つけたらその攻撃がそっくり俺に返ってくる。神官殿お得意の反射魔法カウンターが俺にはかけられてんだろ。仮に俺が勇者を攻撃していたら、逆に俺が死んでるだろうし、ハナから俺は勇者を殺せないようになってる」


 反射魔法カウンターは神官だけが使える特殊なスキル。裏切りの一件で、戒めとして黒騎士はあえて自ら、神官に勇者と仲間を対象とした永続効果の逆反射リバースカウンターをかけるように申し出た。もう二度と傷つけまいと、自ら解けぬ呪いを望んだのだ。


「永続反射は私が死ぬまで効果は続きます。黒騎士さんのおっしゃることが本当ならば、黒騎士さんは単独で動いていない、魔法使いさんと戦士さんが見ていたのですから。疑いは晴れますわ」


「て、こ、ことは……全員、アリバイ……ありますよね……」


「この中に……犯人は、いない」


「そのようですね……勇者さんがこのようなことになって……もはやどんな言葉も無意味でしょうが。……裏切り者など、やはり私たちの中にはいなかったのです。勇者さんが……世界を救う手助けとして選んでくれた私たちですよ……。最初から疑う必要もなかったのです。……考えられるとするならば、魔王が最後に放った刺客、私たちの感覚の全てをあざむき、防護壁バリアをすり抜ける暗殺の手練れがまだ残っていたのでしょう……」


「……そう、思った方が、いいよね……そう思うべきだよね、勇者くん、死んじゃって、なにも、よくないけどっ……」


 弓使いが両手で顔を覆い、それを神官が宥めるように肩を抱く。


 しかし。

 安堵とやるせなさ、再び重苦しい絶望に皆が浸ろうとするなか。賢者は首を振って、一同を見回すのだった。


「待つのじゃ。ならばその刺客を手引きした者がおると考えるべきではないのか。勇者を殺し、儂らの士気が消え失せたところで、ここで全員根絶やしにするつもりやもしれん」


「しかし賢者さん、全員現時点で身の潔白を証明できますのよ」


「全員アリバイがあるということがそもそもおかしいとは思わぬか神官よ」


「そんな……どなたかが嘘を吐いているとでも」


「複数の可能性もある。誰かと誰かが裏で手を組んで。その方が成功しやすい。一度一人になってる僧侶、弓使い、殺せなくても敵、誘導することできる……除外できない」


「ちょっと待ってよ……盗賊くん!」


「ぼ、僕……そんなことしてないです!」


「見張りを引き受けていた黒騎士ならば……誘い込むのは容易いじゃろうて」


「おい待てよ、じーさん。あんたどうしても俺を犯人にしてぇみてえだな!」


「お待ちなさいみなさん! 疑いあってはなりません! これが魔王の狙いなのかもしれないのですよ!」


 不穏な空気が濃くなり、ぶつかり合う視線の間に立った神官が叫ぶ。


「私たちの仲間割れを誘って、それを機に全滅を狙う……そう考えればいかに今の状況が愚かしいか、おわかりいただけるはずです」


 裏切り者はもとからいないと考え。一度冷静さを取り戻すべきと訴える神官に、賢者は厳しい顔をする。


「じゃが、正当な理由がない以上。今思考を止めることは怠惰に等しい」

「正当な理由ってなんだよ」


 黒騎士は眼を細める。


「疑わしき者の潔白を証明するに足る情報じゃ」


「そっ、そう言えば……あ、……魔法使いさんと戦士さんがどうしていたか……まだ、聞けてないです、よね」


 清々しいまでに言い切る賢者に続いて、遠慮がちに僧侶が発言した。

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