第2話 アルテミス・出撃準備

 アルテミス。今はプロトタイプ・アストライアーとも呼称されている。

 白く輝きを放つ装甲を主体に、それを華やかに彩る紅と蒼のアクセント。おおよそ、実戦的なカラーリングとは程遠いと思われるその色は、しかしハインラインではエースの証として認知されている。

 その目立つ配色が採用された理由には、単にエースとしての存在を主張し、他の味方を鼓舞するというだけではない。近接戦闘を主体とするアルテミスに対し、他のギガステスは基本的に射撃戦を主体とする関係で、必然的に誤射される危険が多くなるのだ。その味方からの誤射を防ぐため、故意に目立つようにしている。

 また、人類に対して敵対する勢力であるユミルたちに対し、その存在を故意に目立たせて積極的に囮にしている側面さえある。それでもなお無事で帰還するセレーネは、それゆえに味方からエースと呼ばれているのだ。


 なお、アルテミスはハインラインのフラグシップ機として、アストライアーが先行量産体制へ移行してもなお、常に近代改修が続けられ最新の技術が惜しみなく投入される、ハインラインのエース『鋼の女皇』専用の機体……というのが、内外へ伝えられている、偽装のための情報であった。

 ハインラインでも比較的個参の者以外では、その偽情報を信じている社員が大半だった。セレーネがハインラインに加入して以降、急速に発展を遂げたハインラインは、実のところそれ以降に加わった人材の方が多いのである。


 しかしアルテミスの実体は、アストライアーに至る長い研究成果を経てもなお、オーパーツと言える内部構造を持った『元ユミルの女皇』そのものであり、その本体へ人間が開発した機械類を埋め込んだ存在である。

 とはいえ、初期のギガステスからユミルの生体サンプルのデータを元にして、主に動力源や関節部分などに生体部品が使用されているため、アルテミスから大きく基本構造が異なるギガステスも、また存在しないのだった。



 それが悔しいんですけどね、と語るのは現在はハインラインの技術研究開発部門の主任を努めている、ルイス=ラジュアだ。金髪碧眼の童顔に中肉中背。その体格と相まって年齢が傍目で分からないことで知られている。セレーネとは十年ほど前からの付き合いなので、見た目とは違ってハインラインの技術研究開発部門が始まった頃からの付き合いだ。セミロングヘアーを適当にヘアゴムで束ねているあたり、最低限以上には見目を気にする気はないらしい。

 今セレーネはルイスとともに、ハインライン本社のギガステス収容施設内を歩いている。アルテミスが収容されるのはいつも最深部であり、そこにはいるには主任であるルイスの生体認証などが必要となる。

 ただ今回ルイスがいるのは、急遽模擬演習で実働させることになったアルテミスの調整などを行う場合、彼女の協力が必要だからだ。

「だって『元ユミルの女皇アルテミス』の関節構造とかは、実は根本的には兵士階級のユミルと異なってないんですよ? なのに、応答速度や体積当たりの出力比、剛性比がなんで高いのかは、未だに分からないんです……それでも解明出来た部分もあって、ようやく下位の兵士階級であるユミルのそれとはほぼ同等以上の物が、再現可能となって来ましたが」

「上位存在たる支配階級だった私の構造は、下位存在のそれとは一部の構造が異なっているだろうと私は思っていたからな……実はあまり構造に違いがないとなると、どうして差が出るのかは元女皇だった私にも分からん」

「案外、人間の脳にあたる部分で行っている処理の差かもしれません。今はそちらも視野にいれて、研究中している段階です……しかし、私たちの感覚でいえば身体をこのように調べるのは、もはや人体実験の末にサイボーグにされたのと同等なんですけど……抵抗はないんですか?」

「私が頼んだことだ。第一、そうでなくても偽装くらいはどのみち必要だったんだ。色の違いとかそれぐらいだろう、大雑把な私と兵士階級のユミルの見た目の違いは」

 ギガステスとして偽装する前、ユミルの女皇としての真の姿を見たことがあるルイスからしてみれば、違いはその程度ではすまないほどあったのだが。とはいえ、戦場でユミルと疑われないほうがおかしいくらいには共通項があったのは明白だった。

 人類と共同戦線を行うなど、そのままでは色々と困難があったことは明白だった。セレーネ自身の許可を得て、人体構造を機械に置き換えるように、ユミルである本体の構造を人間が開発した機械と交換したり、時には機能を追加したりもした。

 偽装のためにも仕方なかったとはいえ、ルイスは自身の身体にそのようなことが行われたと置き換えて考えると、寒気を抑えることが出来ない。それほど、セレーネの本体は人間によって機械に置き換えられた部分が多く、実験的な試みがなされたことも数知れない。

「私はむしろ感謝しているんだがな。お前たちは私を研究材料として扱ったと思っているかもしれないが、そのおかげで私は外的要因による肉体の強化や、武器を扱うという文化を体得することが出来た。ユミルのままでは一生なかっただろうな、そういった発想を会得することは」

「……単にセレーネさんが、見た目異常に豪胆なだけなんでしょうけどね、そういう感想だけで終わるのは。とはいえ、それならもう少し射撃武装の扱いに慣れてくれてもいいんじゃないかと思うんですが……」

「……善処はする……」

 そうはいうが、今までだってセレーネはルイスなどへそう言ってきたのだ。それでいて、今まで射撃武装の命中率が上がったという報告はない。

 実のところアルテミスが近接戦特化なのは、単にセレーネが射撃を凄まじく苦手としている、ということも大きい。反面、近接格闘戦に持ち込むまでの異様なまでの操縦技術があるため、シミュレーターでは結局ロクに負けたことがない。

 これで射撃武装も使いこなせれば、まさに完全無欠なのだが。現状では、射撃武装の方を彼女に合わせて開発して、ようやく近距離での射撃戦が出来るようになった程度である。嫌味の一つもいいたくなってくる。

 だが、ルイスはそれ以上の追求はしなかった。収容施設の最深部、セキュリティを解除する必要があるブロックへ、二人が入ろうとしていたからである。

(私の本体……か。今は人間の身体のを模した人形セレーネの方を、本体だと認識することの方が多くなったな……)



 アルテミスの前まで来て、ようやく模擬演習に関する本題に入り、ルイスは驚いた。模擬演習だと聞いていたのに、アルテミスを全力発揮可能な状態、つまりは実戦用にリミッターを外した状態にすると、セレーネに言われたからだ。

「マヌエルさんからの許可が出ているんですか?」

「出ているから、そう言っているんだ。そうでもなければ、模擬戦用の出力調整でいくさ」

「……困りましたね。セレーネさんも知っているでしょう。先日新型の可動式スラスターを採用したって……あれ、進行方向と機体の姿勢に応じて推進ベクトルの微調整による自動補正が行われるんです。本来は機体操作の負担軽減が目的なんですが、そのせいで操作性が今までと変わってるんですよ?」

 本当は慣熟飛行を行う予定だったのだが、模擬演習でアルテミスを動かすまでにそれを行う十分な時間はない。スラスターの交換作業に、当初の予想より手間取ったのもその要因だった。

 とはいえ、模擬専用に出力を抑えればその違和感も大したことはないはずだと予想していた。だからルイスは当初、アルテミスも出撃することを楽観視していたのだ。

 だが最大推力まで発揮させれば、仕様の変更による違和感が大きくなってくるはずだ。セレーネの腕ならば、ある程度は対応が可能だとは思うが……

「そうだったな……まあいいさ。現地への航行中になんとか慣らしてみせる。補正の範囲は、こちら調整可能なんだろう? 最低限の補正レベルに抑えておいてくれ」

「……こちらとしても万全の調整が出来ないのは不本意ですが、今更スラスターを従来品に再交換する方がよほど面倒なのも事実ですからね。どうせセレーネさんには通常水準の補正はかえって邪魔になるでしょうから、補正機能は元から抑えるつもりでしたし。今回はそれでいきましょう。本格的な調整テストは、後ほど行うということで」

 アルテミスの調整についての話し合いは、それで一段落した。そもそも、アルテミスには前腕部に搭載する近接格闘兵装『マグナ・ネイル』と、その技術転用によって誕生した近接射撃に特化した射撃兵装『ガンズネイル』、その二種類しか搭載していない。手で武装を保持することは可能な状態だが、今のアルテミスはそういった武装を携帯することを、誰も想定していない。

 問題は、アストラエアと呼ばれる新型機種の方だった。

「むしろ、こちらの武装をどうするか……だな」

「機体の設定は、セレーネさんに合わせる必要はないんですか?」

「アルテミスは専用機だからいいが、あれは量産機種だろ? 機体自体の設定を個人向けにチューンするのは、別の人間も乗ることを考えるとマズイだろうな」

「でもセレーネさん……アストラエアはアストライアーよりもガンスネイルの搭載数が増えているからまだいいとして、マグナ・ネイルの方は改修作業なしでは装備出来ませんけど?」

 セレーネは沈黙した。近接武器がないと、流石に苦戦するかもしれない。と、そこであることを思い出した。

「マグナ・ネイルが開発される前は使っていた、例の銃剣はないのか?」

「……正確には、あれもセレーネさんがあまりに射撃が下手なので、近接格闘戦にも対応出来るようにと、ハインラインで開発された代物なんですけど」

 ルイスは呆れ顔でそう言った。結局、近接格闘武器がないとダメなのか。第一、あれとて最初はあくまで剣の部分は近接戦闘に移行された時のための代物だった。ユミル対策として、剣の部分も強度強化が行われてはいたが。

 それをまさか、銃の機能をほぼ無視して剣の方を主体にするとは、思ってもいなかった。おかげで、急遽剣の部分を全面的に見直す必要があると判断され、それによって改修が施されたのが、セレーネがいう例の銃剣である。

 銃剣のコードネームは『スティレット』。元は地球圏連合製のリニアサブマシンガンを銃剣へ改造した品だ。その時からユミルの爪の構造を解析し、それを剣の部分に応用して造られている。

 その後、セレーネの無茶苦茶な運用方法に対応出来るようにするため、本格的に銃剣としてハインライン用に設計開発し直されたのが、『スティレット』となる。コードネームの由来は、宇宙移民が始まってすらいない旧時代の刀剣。慈悲の剣とも呼ばれるそれは、主に助からない味方を確実に介錯するため使用されていた。

 つまり、使という皮肉が込められた名前だったのだ。実際には、ルイスたちの予想に反して意外と一部のパイロットに愛用され、それなりに戦果を出しているらしいのだが。

「まあ、こちらは結構使用する人いますからね。今でも強度などの改修を施されて現役です」


 『スティレット』は剣の部分の使い勝手を重視するため銃の部分が比較的小型で、電磁加速装置で弾を加速させるための銃身部分が短い。結果として、弾を加速させるための問題が発生しやすく、命中精度が低下してしまっている。

 純粋に銃だけを見れば、決して性能が高いとは言い難い代物なのだ。使う以上は近接格闘武器か、とっさの防御目的も兼ねて運用しているのだろう。これは完全に想定外だったが、結果的には良い代物を開発出来てしまった例である。


 一方で、完全に近接格闘のみに特化したマグナ・ネイルの方は、あまりにピーキーな使用感だったのか、近接格闘戦に自信があるだろう一部のパイロットたちでさえ、装備しようとしていない。

 マグナ・ネイルはもはや、完全にセレーネ専用の装備となっている。最初はスティレットの成功例もあるため、一応支給品として量産機種でも装備できる規格で造られたのだが、誰も実戦では装備しようとしないので、後に完全にアルテミスの固定武装として改修された。こちらは、想定内の結果だった。

「まあ、そういうことで調整は任せた」

「任されました」

 ルイスは微笑みながら、セレーネの頼みを引き受けた。セレーネの無茶な要求は、昔から変わっていない。ルイスは最初こそ反発していたが、いまではそれに慣れきってしまった。人間は順応する生き物なのだと実感する。

「しかし、マリーが模擬戦に私も出ると聞いて心配しているんだ……あのに心配されるのは悪い気はしないが、とはいえそれほど危険があるとは思えないんだがな。お前たちの整備もあるんだし」

「……マリーちゃんのこと、本当に大事なんですね」

 ルイスはそういって、遠い目をした。その目が羨ましさを秘めていることに、セレーネは気づかなかった。

「私の方は、貴女にとってどういう存在なんでしょうね……」

 そのつぶやきもとても小さく儚くて、セレーネの耳には入っていかなかったのだった。



 後日、駐留艦隊との模擬戦が始まる。場所は月の裏側。

 地球から直接観測することが不可能な、L2コロニー群近辺の宙域で行われる。そのための準備は、着々と進行していた。

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