観測者の記録〜多次元世界神話〜

葛城 大河

プロローグ


彼はなにもない世界で揺蕩っていた。右も左も、上も下もない。虚無の世界。ここが何処なのか彼は知らない。しかし、生まれた時からこの場所に居る事で分かった事がある。ここは自分しか生きられない世界なのだと。他のどんな生物も、この世界には耐えきれない。次元そのものが違うのだ。そんな虚無の世界で彼は一人だった。



何故、ここに生まれたのかは分からない。だが、生まれた時に彼は自身の力を理解した。破壊と再生。死と生。創造と消滅。余りにも個人が持つには大きすぎるチカラの数々。息をするように世界を破壊し、創生させる。そのチカラを持って生まれた彼は、新たな世界を創る事が義務なのではないかと、ふと思う。そこで彼はそのチカラを行使し、世界を創造した。



宇宙を創り、銀河系を誕生させ、地球という名の星を生み出した。そこからは、観測の日々だ。如何やら、この身は寿命など存在せず、何時でも生きれるらしい。故に時間はたっぷりあった。観測する時間が。地球という星が誕生して約四十六億年の時間を観測し続けて、彼はそこで生まれた人間という存在に興味を抱いた。姿形は自分と同じだ。しかし、内に秘めるチカラは余りにも脆弱。



だが、彼は人間に驚き続けた。空を飛びたいと足掻いて、空を飛ぶ機械を造り出したりと数々の発展をしていったのだ。たしかに、同じ種族で醜く争ったりはしているが、それでも彼にとっては驚くものだった。自分のようなチカラがある訳でもないのに、努力だけで成長していく人間達を。



そんなある時、彼は人間達が作ったライトノベルという物に眼を向けた。試しに内容を見てみると、成る程、楽しそうだと彼は笑い、ライトノベルにあった世界をそのまま創造した。彼には不可能など存在しない。だから、そのライトノベルやゲームで描かれている世界を創るなど造作もなかった。彼は自身で創った世界に、余り干渉はしない。なのに、創った世界は原作通りに進んでいった。



これが、世界の修正力かと感心したのは一体、何時頃だろうか。そうして、彼は観測者として、これまで創生してきた世界を見続けた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







それから、数十年の歳月が経過していた。あいも変わらず世界は面白いように回る。そこまでの年月が過ぎて、彼は地球を見て思う。自身に名前がないと。そう彼には名が存在しない。そもそも生まれた当初から一人だったのだから、名前がないのは当然だ。だが、幾星霜の年月を生きた彼は、次第に人間の真似を始めて、自分に名前を付けようとした。だが、合う名前が思い浮かばない。そんな事に、ふと頭上を見上げて彼は呟く。



「……………如何して、一人だけで生まれたのだろうか」



なんの因果で、自分一人がこのようなチカラを得て生まれ落ちたのか。地球では『神』や神話という単語をよく聞く。それを聞くたびに思う。まるで、自分がやっている事は神の所業ではないのかと。ならば、何処かに己を創り出した存在全能神が居るのではないのか。疑問が尽きる事はない。その疑問は生まれた時からしていた。なんの為に自身は生まれたのだ。考えて、考えて、しかし考えて時間を無駄にするより観測した方がいいと思った彼は、観測を開始する。



そんなある日、彼は妙な感覚を覚えた。まるで、異物が放り込まれたかのような感覚を。原因を探ってみれば、すぐに分かった。転生者。その単語が彼の脳裏によぎる。観測し続けてきた彼だ。勿論、二次創作物の事は知っていた。だから、転生者がなにを意味するのかは理解出来た。しかし、彼は眉を寄せる。別に転生者の事はいい。



自身が創生した世界が、もしかしたら転生者が行く二次創作物の世界だったかもしれないからだ。だが、彼は全ての世界を見て呟いた。「多すぎる」と。余りにも転生者の数が多すぎる。二次創作物の奴だけなら分かるが、興味本位で彼が創った剣と魔法の世界にも複数人現れているのだ。如何いう事だ? と彼は原因を調べる事にした。そして見つかった。



何者かが、死んだ者達を世界に送っているのだと。まるで、神のように振る舞い、チカラを授けているのだ。勿論、その何者かは全能神ではない。チカラを見る事が分かる彼は理解した。あの者は神の名を語る、人間だと。しかし、人間にしては不可思議なチカラを所持していた。そのチカラにより、彼が創り出した世界に、まるで自分の物であるかのように転生者を送っている。



何故だか、それが無性に気に入らない。神の名を語るのは良い。しかし、自身が生み出した世界に自分の物だと転生者を送る存在に苛立ちが募る。それがなんなのか、彼には分からない。だが、恐らく彼は生まれて初めて『怒り』という感情を覚えた。それは如何しようもない憤怒。我が物顔で生きるその何者かに、怒りの炎を瞳に灯す。このままにしてはいけない。この存在を野放しにしては駄目だと、彼は頭を振るう。



即刻、存在ごと抹消しなくては。そう思い立った彼は、その者を探した。だが、何故か見つからない。



「何故だ!? 何故、見つからないッ」



憤怒の叫び声を彼は上げる。高まる怒りに呼応して、世界が揺らぎ、キシリと軋む音が何処かで響く。



「ありえない。今、全ての世界に視線を向けているんだぞ」



彼は自身が創生した全ての世界に、眼を飛ばしている。何処に隠れようとも、見逃す事がない瞳を飛ばしている筈にも関わらず、その者を見付けられない。如何なっているんだと考え始めた彼は、即座に気付いた。



「こいつ…………一端とはいえ、干渉しているのか」



集中してみればすぐに分かった。ナニカが、己に干渉しようとして失敗していると。しかし、それでも一割、いや一パーセント程ぐらいは少しだけだが干渉された。それによって、自身の眼から逃れられているのだ。一パーセントとはいえ、彼のチカラ。そのチカラは絶大だ。逃げる事くらいなら出来るほどに。と、そこまで考えて彼は思う。自身に干渉してきたという事は、その存在は己の事を知っていたという事になる。



そこまで考えて、頭を振るう。今は奴の居場所を探さなければならない。しかし、瞳が意味を成さないのなら、自力で探すほかない。という事は、今まで干渉してこなかった世界に干渉するという事。それに彼はゴクリと唾を飲む。生まれて初めて、この場所から離れるのだ。流石の彼も躊躇った。しかし、奴の存在は許せる筈がない。故に、彼は一歩足を踏み入れた。



瞬間────世界が歪む。彼の眼前の空間が、捻じ曲がり、一人分ぐらい入れる孔が空いた。そうして一人の観測者が虚無の世界から姿を消した。












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