第6話「ですが奥さま!!」
屋敷の中へ入るとすぐに、ラウルはただならぬ気配を察して階段を駆け上がった。
わたしもしっかりと鍵を閉めてからそれに続くと、ダイアナさまのお部屋の前で、イリスとドリスがフランクさまの遺体をはさんでケンカをしていて、メラニーがイリスの吐しゃ物を掃除していた。
「奥様! 奥様!」
ラウルが遺体のすぐ側の部屋のドアを激しくノックする。
「ラウル……?」
中から、か細い声が聞こえた。
「奥様! 大丈夫ですか!?」
ラウルが手を止め、ドアに耳を押し当てる。
「ええ……わたくしは、大丈夫です」
「ここを開けてください!」
鍵穴から中を覗こうとする。
「それは……駄目……一人にしてください。一人で居たいのです」
「本当にお一人なんですか!? クローゼットの中に誰か居るのでは!?」
ラウルの言葉にわたしの背筋を冷たいものが走った。
わたしの脳裏に、奥さまの部屋の前で殺人を犯した犯人が、いったん庭へ出て、窓から奥さまの部屋に侵入し、フランクさまの血で濡れた凶器で奥さまをも狙っている姿が浮かんだ。
「誰も居ませんわ。わたくしが自分で調べました」
「ベッドの下は!? バルコニーは大丈夫ですか!?」
ラウルを押しのけてわたしが叫ぶ。
「調べました。誰も居ません」
その声のトーンは、犯人に脅されて言わされているというようには聞こえなかった。
「ですが奥さま!!」
「もうおよしっ」
怒鳴られて振り返ると、ハンナおばさまが隣の部屋の戸口でシーツを抱えて立っていた。
「ダイアナ様が一人になりたいとおっしゃってるんだ。使用人が出すぎた真似をするんじゃないよっ」
そしてシーツをフランクさまの遺体にかけようとする。
「あ……」
そんなことをしたら警察の捜査の邪魔になるのではないか、と言おうとして、思い直してわたしは口をつぐんだ。
「ちょっとオバサマぁ! 警察が来る前に死体をいじっちゃダメだよォ!」
「何てことをおっしゃいますの!? 旦那様をこのままにしておけるわけないでしょう!?」
イリスとドリスがわめき合う。
この二人、姉妹みたいな名前だけれど、偶然で他人。
で、仲はあまり良くない。
たぶん名前のせいで二人セットみたいな扱いを受けるのがお互い気に入らないのだと思う。
それにしてもイリスってば、流行の小説の探偵みたいな態度をしてるのは、また吐かないための強がりかしら。
「二人ともお黙り! ワタシがメイド長なんだよ!」
ハンナおばさまがバッと広げたシーツの端っこを、わたしも引っ張って少しだけ手伝う。
警察署がある町は森を出て村を二つ越えた先だから、一つ目の村から電報で呼ぶにしても来てくれるまで何時間もかかるし、春先のこの季節ではすでにハエが寄ってきている。
このハエたちはわたしが窓を開けたせいで入ってきたのだろうなと思うと、さすがに見ていられなかった。
ドリスがわたしを押しのけるようにシーツに手を伸ばし、メラニーも慌ててそれにならう。
取り残される形になったイリスは、ダイアナさまの部屋のドアを見つめたままのラウルにすり寄るように話しかけた。
「ねー、ラウルぅ。この別荘に、前に泥棒が入ったことってあったのぉ?」
「少なくとも俺が来てからは一度もないな。建っているのがこんな場所だし」
「そーだよねー。しかも番犬はこの別荘に連れてこられてから神経過敏で昼間でも意味なく吠えまくってるのに、犯人が“外から”ノコノコ入ってくるとは考えにくいよねー」
「ん? ああ。そうかもな」
「フランクさまがぁ、運悪く強盗と鉢合わせしただけだっていうんじゃなかったとしたらぁ、やっぱ怪しいのはダイアナさまだよねーェ。こういうのってたいてい身内が……」
「何を言うんだッ!?」
イリスが言い出したことにも驚いたけど、それよりもラウルがいきなり上げた大声は、番犬の威嚇の声よりも背筋に響いた。
「イ、イリス! 失礼なことをお言いでないよ! メイドの立場をわきまえな!」
ハンナおばさまが、ちょっと出遅れた感じで怒鳴った。
「だって状況から考えてえーェ……」
「お黙り! それよりラウル! アンタいったい今までどこに行っていたんだい!? 夕食の時も居なかったじゃないかい!!」
「……納屋で寝ていました」
急に切っ先を向けられて、ラウルが不機嫌そうにうつむく。
「それで? 何にも気づかなかったのかい?」
「……はい」
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