第5話「あなたは誰ッ!?」

 番犬たちはわたしに見向きもせずに頭上の一点に向かって吠え続けている。

 その視線をたどり、見上げると、木の幹に見知らぬ青年がしがみついていた。


 わたしは恐る恐る近づいて青年を観察した。

 年はわたしと同じか少し上。

 汗でベトベトになった髪。

 作業用の冴えないズボン。


「あなたは誰ッ!?」

 わたしは番犬たちに混じって吠えた。

「ここの使用人だ!」

「嘘よ! ロンドンでの打ち合わせには、あなたなんか居なかったわ!」

 この別荘に来ている使用人は、わたしを含めたメイド四人と、フランクさまが最も信頼している執事のセバスチャンさまと、ダイアナさまがどうしても必要だとおっしゃられたコックのハンナおばさまで全部。

 奥さまの静養が長引けばもっと大勢呼び寄せられることになるだろうけど、こんな人の話なんて聞いていない。


「前からここに住んでるんだよ! おい、犬ども! 俺はお前らの先輩だぞ!」

「前からっていつからよ? この別荘の管理人は結構なお年のご夫婦だったって聞いてるし、二人とも今は外国へ行っているはずよ!」

 奥さまのお祖父さまから別荘を譲られて、奥さまと旦那さまは新婚旅行から帰ったらしばらくは別荘で過ごすつもりだったのだけど、奥さまの持病が悪化して新婚旅行ごと中止になり、その後はフランクさまもお仕事でお忙しく、それっきり別荘へ行くことはなく管理人夫婦へのお給料だけがセバスチャンさまを通じて支払われていた。

 その管理人夫婦から仕事を辞めて外国で暮らしたいと手紙が届き、その手紙を見てフランクさまは別荘の存在を思い出して、奥さまの静養にちょうど良いと考えたのだ。

 と、ロンドンでの打ち合わせの際にハンナおばさまから聞かされた。


「だからその管理人の息子なんだよ!」

「嘘おっしゃい! 管理人夫婦は息子さんと一緒に暮らすために別荘の仕事をやめたのよ? なのに何でその息子がここに居るのよ?」

「俺は養子なの! 家出してずっと音信不通になっていた実の息子から手紙が来て、外国で成功して孫も生まれたから一緒に暮らそうって書かれてたんでそっちにスッ飛んでったんだよ!」

「え……? うそ……」

「……………」


 冷たい夜風が二人の髪を掻き乱した。

 気がつけば番犬たちは吠えるのをやめ、静かな唸りに変わっていた。

 背後から咳払いが聞こえ、振り返るとセバスチャンさまが立っていた。

「本当ですよ。彼は庭師のラウル君です」

「セバスチャンさま! いったいどちらに!?」

「裏庭の様子を見ていました」

「……何かあったんスか?」

 木から降りてきた青年は、背が高くって痩せていて、目つきは鋭いけれどその声色には緊張感はあまりなかった。

「詳しくはハンナに聞きなさい。二人とも早く屋敷の中に入ってしっかり戸締りをするように。私はもう少し外を調べます」

 そしてセバスチャンさまは、番犬たちを引き連れて、庭園を飾る生垣の向こうへ消えていった。

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