5−2

 環先輩、夏日、そして未曾有の大腹痛からようやく回復した初奈先輩の三人は、僕を生徒会室に残して出て行った。僕はただそれを見送るしかない。「よろしくお願いします」と言って、僕の発案した無責任な作戦の成功を祈るしかない。

 阿久乃会長は正午のすこし前に来た。生徒会室で身支度をしてから、抽選会場へ向かうつもりだ。僕は準備をしている会長のかたわら、いたたまれない気持ちながらも彼女のことを待った。

「会長、いっしょに行きましょう」

 と言うと、彼女はばつの悪そうな顔をした。

「……初奈たちは?」

「三人は自分のクラスが出店をやっているみたいで、その手伝いに顔を出すって言って行っちゃいました。会長のクラスはないんですか?」

「……うん」

 会長はそれ以上なにも言わなかった。僕も会話を繋げずに、彼女の準備完了を待って、生徒会室を後にした。

 会場までの途中、僕は気が気でなかった。初奈先輩たちに作戦を任せたのはいいものの、僕の発案した作戦は充分とは言えなかったからだ。やつらに作戦がばれてしまう危険性もあるし、そもそも引っかからないかもしれない。僕が推測した時間帯だって、やつらの目論見とはちがうかもしれない。でも、そんな詮ない話をいまさらうじうじ考えたって、結果は変わらない。僕は僕のやるべきこと、しっかりと会長を抽選会場まで護衛するということを、責任を持ってやり遂げなければいけない。

 そしてなんとか、僕たちは抽選会場にたどり着いた。

 抽選は教室棟の一室で行われていた。選挙管理委員が数人詰めており、抽選箱を守るように立っていたり、机に向かって事務作業をしたりしている。

 抽選会は本人しか受け付けないという決まりどおり、部屋の入り口では本人確認が行われた。生徒手帳を出させて確認をする。彼女が柊阿久乃本人だとわかると、こんどは僕にも手帳をださせ、生徒会役員だということを証明させられた。

「ええと、柊政権生徒会役員、未草蓮」

「はい」

「役職は……なにこれ、奴隷?」

「ええ、まあ……」

 受付の子がいかにも胡散臭そうに僕をにらんでくる。

「なにをするの?」

「会長に罵られながら雑用をこなす仕事です」

「……きみ、そういうの好きなの?」そんなわけねえだろ。そういうのってどういうのだ。

 なんとか本人確認という難関を突破した僕たちは、抽選会場のなかに歩みを入れた。すると一斉に選管委員たちの視線が集まる。とつぜんの注目に僕はすこしたじろいだが、会長は微塵も臆することも歩みを止めることもない。まあ当然の話だ。彼女はこの三年間、ずっと生徒会選挙に立候補してきたわけだ。多忙な彼女には、いちいちこんなところで立ち止まっているひまなどないのだ。

「……」

 会長に向けられている特異な視線を感じた。その方向を見ると、そこには副理事長が立っていた。彼は選挙管理担当教員だ。今回の選挙を取り仕切り、学園史上二人目の永世名誉会長が誕生して理事長の椅子に就くことを目論んでいるという。そうはいきませんよ、と僕は副理事長に心中で語りかける。僕はついに真犯人の手がかりに思い至りました。今回の選挙でわれわれ柊政権は勝ちます、残念でしたね……僕は見つめているのに気づいたのか、副理事長は怪訝そうに僕をにらみ返す。僕は視線を外し、会長の抽選の行方を見守った。

「柊阿久乃、十番」

 選管委員が抽選結果を告げた。

 十番。今回の立候補者は十人だ。つまり阿久乃会長が一番最後。

 部屋に掲示されているこれまでの抽選結果を見てみる。阿久乃会長の名前がいましがた書かれたその場所の真上、九番目の演説順序を示す場所にあった名前が、僕の目に留まる。

 善桜寺さつき。

 僕は渇いたつばを飲み込んだ。上下にならんだふたつの名前を目にして、僕の心はどうしようもなく締め付けられるようだった。視線を外すことができない。となりに立っている阿久乃会長の顔を見ることもできない。彼女もこの名前の並びを目にしているはずだ。いったいどんな表情で、いったいどんな感情で、目の前の光景を見ているんだろう。

 ふと、会長が「さつき……」と声を漏らす。驚き、意を決して振り向くと、彼女はすでに身を翻して教室を出て行ってしまった。またそうやって僕を取り残して行くのか。この抽選会場からも、あなたが抱えているその感情にも触れさせてももらえずに、そうやって僕を置いて行くのか。

 僕も部屋を出て生徒会室への帰路についたとき、スマホにメッセージが入った。

 環先輩からだ。

 スマホの画面には、次の言葉が表示されていた。

『マスク集団の一人を捕まえたわ』

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