5−1

 選挙当日の白銀川学園は、まるでお祭りのようだった。

 校舎は派手に飾り付けられ、校庭には屋台がずらりと軒を連ねている。とある屋台からお好み焼きソースのいい香りが漂い、その隣の屋台には色鮮やかなチョコバナナがならんでいる。『第○○回 白銀川学園執政生徒会総選挙』と書かれた垂れ幕でかろうじて今日が選挙だということがわかるが、生徒会選挙に関係ない一般の人たちも混じって屋台で買い食いしているので、いよいよなんのイベントだかわからない。ていうかお祭りやる意味あんのか、ただの選挙だろと思うが、まあそれほどこの学園にとって一大イベントなんだろう。

「へい兄ちゃん! 射的やってくかい」

「生きのいい金魚そろえてるよ、いまならポイを三枚サービス!」

「綿飴増量中ぅ! 来てねぇ!」

 賑わう屋台を横目に見ながら、僕は歩いていた。

 ついにこの日を迎えた。生徒会選挙当日。泣いても笑っても今日が最後だ……なんて感傷的なことを考えてしまうが、それどころではないのだ。

 真犯人を見つけることができなかった。そのまま当日を迎えてしまった。

 でも、と僕は考える。逆にこれはチャンスだ。今日、やつらは必ず妨害してくる。これまでは妨害のタイミングも方法もわからず、対策のしようがなかった。しかし当日になれば話は別だ。おそらく、天球儀を分解して士気を下げるような回りくどい真似はしない。もっと直接的な方法で妨害をしてくるはずだ。

「兄ちゃん、コワイ顔してるよ。りんご飴食べる?」

「……あ、どうも」

「三百円です」

「はい」

 直接的な方法。阿久乃会長を狙って襲撃してくるのであれば、役員が詰めている生徒会室を襲って来たりはしないだろう。隙があるとすれば、会長が生徒会室の外に出るタイミングだ。

 僕は今日の選挙のタイムスケジュールを確認する。

 十時から前祭がはじまって、十六時から候補者の最終演説、十七時から投票と後夜祭、そして十九時からの開票で結果がわかるのだそうだ。スケジュールを見てもわかるとおり、まる一日がかりの大きなイベントになっている。

「ねえねえ、焼きそばどう?」

「いただきます」

「トッピングはご自由に」

「やったぜ」

「四百円になります」

「はい」

 そして正午から候補者の演説順を決める抽選会がある。生徒会関係者向けに配布された資料を見てみると、この抽選会は候補者本人でないと受け付けないそうだ。つまり、阿久乃会長がこの抽選会に直接出向く必要がある。狙うとしたらここが濃厚だろう。

 なんとか迎え撃って返り討ちにし、黒幕をあぶり出したい。

「白銀川学園名物、銀河ビッグバン焼き! おいそこの、食え!」

「……僕ですか?」

「そうだよ、辛気臭い顔してんじゃねえ、今日は祭りだぞ!」

「は、はあ……うぇ、なに入ってんすかこれ」

「店員が好きなものを持ち寄って鉄板にぶち込んだ! 目隠しして焼いたから店長の俺にもわからん!」

「闇鍋かよ」

「おひとつ五百円です!」

「はい」

 正午……とするともう時間がない。事前に準備を整えておこう。あと何分あるだろう……と、僕は見上げて時計塔を見た。すると、塔の上のほうにある、とあるものが目に入った。

 校章だ。

 僕がよく登っていた時計塔には白銀川学園の校章があしらわれている。それとまったくおなじ形をかたどっている、僕がまさしくあの時計塔で拾った、さつき会長の持ちもの。この学園の執政生徒会である、いわばエリートの証。あの時計塔で出逢ったときのことが、まるではるか昔のように、そして同時に昨日のように思え、僕は思わず目を細める。

 あの時計塔でいろんなことがあった。思えばあそこがすべてのはじまりだったんだ。僕があそこにいなければさつき会長の校章を拾うこともなかったし、それを届けるために阿久乃会長の生徒会室に行くこともなかった。もしかしたら、阿久乃会長に出逢うこともなかったのかもしれない。

「……」

 僕は黙って首を振った。いかんいかん、すこし感傷的になってしまった。選挙当日だからか、いろんなことを思い出してしまう。

 思い出すといえば。

 そういえば僕、校章のこと——。

「……っ」

 そこまで思い至って、僕はふと立ち止まった。

 そうだ、どうしていままで思い出さなかったんだろう。さつき会長の校章。あの時計塔で僕が拾い、そして柊政権の生徒会室から盗まれた。盗んだのはだれか。その手がかりは、ほかならぬ僕自身が知っていたんだ。

 そして僕は、とある作戦を思いつく。

 時計塔にふたたび目をやる。正午まで時間がない。

「急がなきゃ」

 僕は生徒会室のほうへ駆け出した。



 生徒会室にたどり着くと、もうすでに役員の面々は揃っていた。

 息を荒げて入ってきた僕を見て、初奈先輩、環先輩、夏日が一様に驚いた顔をした。初奈先輩が僕をまじまじと見つめて言う。

「レン、おまえ……満喫してんな」

 僕は最初なんのことだかさっぱりわからなかったが、自分が両手いっぱいに持っているものに気づいて恥ずかしくなった。

 射的の景品の駄菓子、金魚三匹、綿飴、りんご飴、焼きそば、「なんちゃらビッグバン」とかいうなんだかよくわからない物体……。

「た……食べます?」



 先輩たちが僕の抱えてきた焼きそばやら「なんちゃらビッグバン」やらをつまみながら、そして夏日が生徒会室に偶然あった金魚鉢(どうしてあるんだよ、会長の私物か?)に金魚三匹を活けながら、僕は彼女たちに話をした。

 僕の思い至った真犯人、彼らが今日襲撃を仕掛けてくる可能性、選挙のスケジュール……僕の話を、彼女たちはいつになく真剣に聞いてくれた。そして僕はとある作戦を打ち明ける。あらためて口にしてみたらずいぶんひどい作戦だ。作戦というにはほど遠い穴だらけの思考だし、そもそも僕の推理はほんとうに正しいのかだってわからない。けれど、先輩たちは決して文句を言うこともなく、ばかにすることもなく、僕の言葉を受け止めてくれた。

「手伝ってほしいんです」

 そう言うと、彼女たちはなにか得心したように深くうなずく。

「いいだろう」

「わかったわ、レンくん」

「こちらこそ、よ、よろしくお願いします、です……」

「……いいんですか?」

 腑抜けた声で僕が訊ねると、初奈先輩が竹刀の先っちょで僕のおでこをぐりぐりしてくる。

「くだらんことを訊くな」

「いで、いでで」

 しばらくぐりぐりしてようやく竹刀を下ろすと、初奈先輩は言う。

「私も阿久乃の態度は腑に落ちていないんだ。あいつ、さつきが犯人だって決めつけているような気がする。たぶん、おそらくだが、あいつ自身はそうは思っていない」

 初奈先輩の言葉に繋いで、環先輩も口を開く。

「私もそう感じたの。阿久乃ちゃん、きっとそう思ってないのにそう言わざるを得ない事情があるんだわ。まずは今日の選挙を乗り切らなきゃいけない。阿久乃ちゃんはこの選挙で、善桜寺政権に勝つしかない」

 涙をいっぱいに溜めた夏日も、僕を見てうなずいてくれる。

「わ、わたしも、がんばります……。レンく……あ、阿久乃会長のため、なら」

「みんな……」

 そうだ、こんなところで立ち止まっていてはいけない。もう選挙当日なんだ。僕たち柊政権はここで結集して、善桜寺政権を打ち倒さないといけないんだ。

「……ところで、レン」

「はいっ、なんですか?」

 初奈先輩がお腹を抑えて僕を恨むような視線でにらんでくる。

「めちゃくちゃ腹が痛くなってきたんだが、これはなにかの嫌がらせか?」

 見ると、初奈先輩の手元には「なんちゃらビッグバン」の空容器が置かれていた。

「ああああ先輩、それ闇のなんちゃらビッグバン——」

 初奈先輩の表情はみるみるうちに青ざめ、「ちょ、ちょっとトイレ……」といて生徒会室を出て行ってしまった。

「……あれ、なにが入ってたの?」

「さあ、わかりません」

「え?」

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