アインズ「伝言の魔法が来たぞ。送り主は……Web版アインズ?」

M.M.M

一期一会

「おーい、聞こえるかー?」

「……は?」

伝言メッセージで聞こえてきた気さくな声にアインズは困惑した。こんな風に話しかけてくるNPCはいないし、そもそも聞いたことがない声だった。魔法で誰かと繋がっているときは形容しがたい独特の感覚があり、声を聞く前でも誰かがわかるのだが、その繋がりさえ今は曖昧模糊としている。

「お前は誰だ?」

メッセージを送ってくる以上知っている人物のはずなのだが、記憶を探っても出てこなかった。しかし、次の言葉に愕然とする。

「私はアインズ・ウール・ゴウンだ」

「なにいいいいいいい!?」

アインズは驚きと怒りで立ち上がった。赤の他人がその名前を騙ることなど許せなかったからだ。しかし、ついに仲間たちの誰かが連絡してきたのではという思いから焦り始める。

「ま、ま、待ってくれ!今、思い出す!」

仲間たちの声を忘れるはずがないとアインズは思ったが、どれだけ記憶の引き出しをひっくり返しても心当たりがない。

「声変わり……なわけあるか!すまない。もう少しだけ待ってくれ……」

「いや、お前はモモンガという名前なのか?私もモモンガなのだが」

「……は?」

アインズは声の主の言っている意味がわからなかった。

「今はギルド名を名乗っているが私は最高峰ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのまとめ役、モモンガだ。お前もモモンガというらしいが、偶然、同じ名前なのか?」

「何を言っている?私こそアインズ・ウール・ゴウンを率いるモモンガだぞ……」

いたずら電話ならぬいたずら伝言を誰かがしてきたのかとアインズは思い始めた。

しかし、声の主は驚くべき事を言った。

「どうもわからないな……。ユグドラシルがサービス終了した時になぜかギルドごと異世界に転移したんだが、お前もそうだというのか?」

「はあ?」

アインズは混乱するしかなかった。

「なあ、まずこちらの状況を簡単に説明するから聞いてくれ」

アインズは謎の人物の話に聞き入り、次に自分の状況を話した。いたずらでないことは明白だった。ユグドラシルプレイヤーどころかアインズ当人しか知らない情報を知っていたからだ。

「さっき、メッセージを使おうとしたら今まで感じたことのない"モモンガ"の枠があって繋げてみたんだが……まさかお前はあれか?平行世界の自分だというのか?しかし、いろいろと……」

「そうだ。いろいろとおかしいぞ……」

アインズは狐につままれたような気分だった。まず、むこうのモモンガがいるアインズ・ウール・ゴウンのNPC編制がおかしい。アルベドやマーレがいないのだ。転移した異世界ではカルネ村を救って村長から情報収集した所はそっくりだが、デスナイトをガゼフと勝負させる事など自分はしていない。

時系列を追ってみるとシャルティアが野盗の住処を襲ったり、王都でセバスが問題を起こしたり、帝国のワーカーがナザリックに忍び込んで皇帝が謝罪に来たりと共通する部分はあるのだが、ナーベラルが一人で冒険者をしていたり、細部がいろいろと異なっている。最も大きな違いといえばシャルティアがワールドアイテムで洗脳されなかったことと帝国と同盟を結ばずその傘下に入ったことだろう。

「わけがわからん!」

アインズは正直に言った。

「俺もだ。わけがわからんな」

相手も同意した。支配者らしい言葉が消えている。

「歴史がかなり違った並行世界の自分と通信がつながる。そんなことがありうるのか?」

「おいおい、それをいうなら……」

もう一人のアインズは少し笑った。

「ゲームの世界から異世界に飛ばされるなんてありえないだろ?」

少しの沈黙。

「ははは!それはそうだな!」

アインズは自分の考えが荒唐無稽を基盤にしていると気づき、笑った。

そして精神が抑圧される。

「ちっ……」

「抑圧されたか?」

「ああ」

「良い気分まで抑圧するの嫌だよなあ」

「嫌だよなあ……。いや、おかげで守護者達の前で動揺せずに済んでるが」

「ああ、それは確かに」

相手も同意した。

「お前の話にあるアルベドやマーレというNPCは知らないが、階層守護者が多いのは羨ましいな」

「いや、こっちも大変なんだぞ」

特にアルベドは、と言おうとしてアインズは奇妙な安らぎを得ていることに気づいた。この世界に飛ばされて以来なかった感覚だ。

「なあ、ひょっとして俺たちはやっと本音で話せる相手が見つかったんじゃないか?」

アインズはこれを僥倖だと思い始めた。仲間にこそまだ会えないが、ずっと探し求めていた本音を話せる相談役にこれほど相応しい者はいない。

「そうだと言いたいが……お前と話せるのはこれが最初で最後らしい」

「なぜだ?」

アインズは驚いた。同時に孤独感が押し寄せる。

「魔法を使ったときに感じた。お前と話せるのはこの一度だけで、次はもうないと。個数限定のアイテムが消費される感覚と似ている。説明は難しいが間違いない」

「そんな……」

アインズは状況を覆す手段を考えたが何も浮かばなかった。

「俺ももっと話していたいが、どうしようもないな」

「……」

「そろそろ制限時間が来る」

「待ってくれ!」

アインズは思わず大きな声を上げた。

「おいおい、守護者達の前でそんな動揺を見せる気か?」

平行世界のアインズが苦笑混じりに言った。

「いや、そういうわけでは……」

アインズは何を言えばいいかわからない。

いろんなことを言おうとするが何もかもが口の中で消えてゆく。

「この1回の魔法だけでも奇跡と思おうじゃないか。おそらく仲間達と再会するより確率の低い事だぞ。これならあいつらと会える日も遠くないかもな」

それが本当ならどんなに素晴らしいだろうとアインズは思った。

「会えるかな?俺は……いや、俺達は」

アインズは恐る恐る聞いた。

「俺は会えると信じてる」

「俺も信じてる」

「じゃあ……元気でな」

「ああ、元気で……いや、さらばだ」

アインズは再び王の威厳をまとって別れを告げた。

魔法の繋がりが消える感覚。

そして沈黙が訪れる。

伝言の魔法を使おうと試みるが、もちろん対象にモモンガという名前はなかった。

部屋の扉にノックの音が響く。

「……誰だ?」

アインズはもう一人の自分の言葉を思い出す。

これならあいつらと会える日も遠くない。

「私でございます、アインズ様」

アルベドの声だった。

「……入るがいい」

小さな失望と声が終わるとドアが開き、白いドレスに包まれた美貌が入ってきた。

アルベドは不思議そうに周囲を見渡す。

「どうかしたか?」

「いいえ、外でアインズ様のお声が聞こえたもので。誰かと話されていたのかと」

「ああ、あれか。ただの独り言だ」

アインズは少しだけクックッと笑った。

「ここにいるのは私だけだ」

世界で最も孤独な声だった。

「左様でしたか」

アルベドは納得し、報告を始めた。

それを聞きながらアインズは思う。

さっきは変な夢を見たのだ。

睡眠不要のアンデッドが夢を見るのか?

ああ、見るさ。

それくらい許してくれてもいいだろう?

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アインズ「伝言の魔法が来たぞ。送り主は……Web版アインズ?」 M.M.M @MHK

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