第6話  清見沢(日本)

部屋にはいろいろな国の言葉が飛び交い、にぎやかな笑い声であふれていた。

嫌いではない類の騒がしさの中で、私は窓の外に目をやる。

周辺には緑の森が、遠くには南アルプスの雄大な山々が連なる絵葉書のような風景が広がっている。

ここは信州の清見沢の別荘の一室。

真夏にも関わらずここは暑さとは無縁の快適さだ。というのは清見沢周辺の標高は1000メートル前後であり、年平均気温は7℃ぐらいでのため夏の避暑地として知られている。近年開発が進み、別荘や教会、お洒落な店も多く立ち並ぶ、日本有数の高原リゾート地のひとつになっている。

私は歌を歌いながら盛り上がる教授と外国人たちに視線を戻した。目の前に並んだ料理に箸をのばしながら、つくづく人生というものは不思議なもんだなぁと思っていた。

あれは数ヶ月前のこと、その日は上司に急に依頼された仕事に追われていた。仕事が一段落して一息ついていた私の席の電話が鳴った。

明日調査に行くので来られないかという突然の誘いだった。私はある縁で知り合った考古学者の教授の発掘調査を手伝っていた。今回もその誘いなのだが、あまりにも急すぎる。今までは有給休暇を使って行っていたが最近、頻繁に長期の有給休暇を取ったので上司に再三嫌味を言われたばかりだった。そのため急だし今回は無理だと断った。

5日後、“日本の考古学調査隊が他国の調査隊と共同で世紀の大発見!”というニュースが紙面を賑わせており、そこに教授の顔があった。その様子はTVでも何度も放映されていた。まさしく私が誘いを受けた発掘調査だった。“なぜそれを先に言ってくれないんだ”と心の中で教授を責めながら仕事はもう手がつかず、うわの空になっていた。

実は教授から正式に調査団の一員にならないかと誘われており、悩んでいた時期でもあった。私は思い切って今の会社を辞め、教授のお世話になることにした。

それから何日かして、教授から祝勝パーティーをやるから君も来るようにと連絡があり、私はここにいる。ここは教授の調査チームのスポンサーであるとある財団の保有する別荘であり、この辺りでも1、2を争う広さだ。

私が到着した時には、別荘のパーティールームで宴はすでに始まっており、懐かしい顔と見知らぬ顔が並んでいた。私は促されるまま、席についた。

教授が歩み寄り、私の肩をポンポンと叩いた。

「よく来たな。まぁ、楽しんでいってくれたまえ」

「教授、この度はおめでとうございます。しかし―」

私が言い終わらないうちに教授はマイクを持ってどこかに行ってしまい、カラオケをセットさせたかと思うと上機嫌で歌いはじめた。

(相変わらずマイペースな人だな)

さっきから教授とマイクを握ってるガッチリした体格の小男が教授のあらゆる調査に同行しているガイドのマイルズだ。彼は日本語の他に数ヵ国を話し、各地の気候・風土・歴史にも詳しい有能な男だ。

そして今横でしつこくワインを勧めてきている男。初めて会った男だが、かなりフランクな性格のようだ。みたところ歳は私よりかなり上の気がする。昔少し日本にも住んでいたことがあるとのことで流暢な日本語で駄洒落を混ぜつつ話をしてくる。とにかくノリが軽くてよくしゃべる男だ。名前はアラン・カッシーニといい、ラクルス共和国で印刷会社を経営しているようで、教授とは長い付き合いらしい。

部屋を見渡すと奥の席にひときわ目を惹く美人が座っていた。クールビューティーというのか、一見冷たそうにみえるが、知的で上品な雰囲気を醸しだしている。

気になって眺めてるとアランが肘でつついてきた。

「あれま、ユーサクは、ソフィー嬢に一目惚れかな?」

私は慌てて否定したが、ついつい目がいってしまう。

「彼女はソフィア・マルセーヌ。IT全般に精通していて、ここだけの話、ハッキングもお手の物だとか。でも彼女はやめとけ、俺も含め誰の誘いにも乗らないガードの堅さに加え、実はヤバイ筋の大物の愛人じゃないかという噂もある。気をつけた方がいいぜ」

アランの説明を聞いてなんとなく納得してしまった。

(果たして本当なのだろうか・・・)

ソフィアがこちらの視線に気づき、私の方をちらっと見る。

私は慌てて視線をそらせてしまった。

歌い終えた教授が思い出したように私の肩を抱いて居並ぶ全員に向かって言った。

「ご一同、正式のうちの調査チームに来ることになったユーサク・ナンジョーだ。

まだ素人同然だが彼は不思議な強運を持っている、仲良くしてやって欲しい」

次々に私の前に来て、自己紹介と握手を始める参加者たち。

私の知らない外国語を話す人たちもいたがマイルズが横で通訳してくれた。

そしてソフィアも私の前に来て手を差し出した。

「ソフィア・マルセーヌです。噂は引出教授から聞いてるわ、ヨロシクね」

そう言って軽く微笑む彼女。

私はその笑顔とさりげなく発せられている上品な香りに心臓を射抜かれていた。

自分が何を話したかも覚えてないくらい緊張してたことだけは覚えている。

それから何人も挨拶に来たが、舞い上がっていた私は名前も顔も頭に入って来なかった。

宴も佳境にはいり、酒も進んだ私は隣にいるアランに絡み始めた。

「アラン・・・さん、どうして教授は電話で誘った時にあんな大事な調査だと教えてくれなかったんですか! 前回の調査の時にすでに教授は気づいていたようなことを言ってましたけど、なら何故あの時に調査を打ち切って帰ったんでしょう?あの時に発見していたら私も世紀の発掘に立ち会えたのに・・・。」

アランはやれやれという手振りで私をいなしながら答えた。

「おまえさん、本当にインディー(教授)から何も聞いてないのかい?」

私が驚いたような表情をみせると、私の肩に手を置いて話を続けた。

「あの日、誰かにつけられてるような気配を感じていただろう。あれはラインクルツ連邦共和国の連中だったんだ。あの国の調査隊というのは発掘チームというのは名ばかりで、実際はそれほど知識のあるメンバーはほとんどいない。そのかわり人数は多くないが元傭兵や元軍人というような武闘派をそろえたメンバー構成になっている。専ら他の国の調査情報を仕入れると密かに後をつけて、最後の最後に武力を使って手柄を横取りするという愚劣非道極まりない活動を続けている連中だ。

それに気づいたインディーはおまえさんが巻き込まれないように見つけられなかったフリをして一旦帰国したんだよ。」

真実を聞いた私は、一人で腹を立てていた自分が急に恥ずかしくなった。

「ということは、ブランドル王国と共同調査にしたのはラインクルツの連中対策なんですか」

アランはやっとわかったかというような表情で丁寧に説明してくれた。

「そういうことだ。われわれの調査チームは規模も小さくメンバーの中に戦闘経験がある者はいない。だからインディーの親しい考古学者が率いる比較的規模の大きいブランドル王国調査団と手を組んだんだ。ブランドル王国の調査団は王国直属の調査団でメンバーの中には軍人もいるから、奴ら(ラインクルツ調査隊)も手を出しにくいからな。」

私はハッと思い出した。新聞の記事の教授の横で笑顔で写っていた人物―。

いつか、タムツーン共和国に騙されて携帯を探しに行った時、見つけた携帯に写っていた人物だ。あの考古学者はブランドル王国の調査団を率いる偉い人だったのか。

(なるほど・・・)

私は一人で納得していた。

入ってくる情報が意外なことばかりで、頭の中で情報がなかなか整理できなかったが、少しづつ教授に尊敬の念を抱くようになっていた。

宴が終わる頃、私は不覚にも酔いつぶれ、気がついたは次の日の朝だった。


みんなで朝食をとるためにダイニングに集まったが、いたのは教授の調査チームの主要メンバーだけだった。他の関係者は昨日のうちに帰ったようだ。マイルズやアラン、ソフィアは残っていた。食事が終わるとおもむろに教授が口を開いた。

「では、今日は恒例のミッションを行う。参加するものは準備をしてロビーに集合だ」

私は何が起こるか全然把握していなかったが、ソフィアも参加すると聞いて参加することにした。

私はすぐにこの安易な選択が間違いであることを気づかされる。

一時間後、私はただならぬ緊張感の中にいた。

ゆっくりと横に移動する。額を汗が流れる。ロープを掴む手にも力がはいる。

視線の遥か向こうにはアルプスの峰々。私は正直高い場所が苦手だ。

風が顔をなでて吹き抜ける。

(これは下を見てはダメだ・・・でも)

背後から教授の声がする。

「これからわれわれが調査に行く場所はかなりの高地だったり、切立った崖を上ることもある。それとは比較にもならないが、いい練習になるだろう」

慣れない場所で慣れないことを命綱を頼りにやっているのだ。緊張と恐怖で足が震える。練習どころではなかった。もう一度言うが、私は高いところが苦手なのだ。

終盤に差し掛かり私はゆっくりと登りながら、比較的平らな場所に足を置いた。

そして、ちょっと油断してしまった。

「ダメデス、ユーサクサン、マダ ロープヲ ハズシタラ・・・」

マイルズの声が聞こえたかと思うと、私はバランスを崩して足を滑らせた。

掴ろうにも掴る場所がなく、ズルズルと滑り落ちていく私。

みんながアッと叫んだ瞬間、私の体は宙に舞い、下に落下していった。

無重力ってこんな感じなのかなと感じたのも束の間、体に強い衝撃を感じた。


大の字で宙をみつめて動かない私の周りに人が集まってくる。

「大丈夫?」

ソフィアが覗き込んでくる。

(顔が近い・・・心臓が止まるかと思った)

ただ、また彼女の前で醜態をさらしてしまった。

「おい、ユーサク、起き上がれるれるか?」

そう言ってアランが手を伸ばす。

その時になって初めて自分のまわりを柔らかいものが包んでいることに気づいた。

「こ、これは・・・いつの間に…」

私が言いかけると、アランが言った。

「インディーの指示で、クッションマットを屋根の下に敷いておいたのさ。おまえさんが、屋根から落ちるのを予測していたようだな」

そう言ってウインクして親指を突き出す。周りに笑い声が起きる。

「無事で良かったな」

笑いながらそう言う教授に感謝しつつも、複雑な気分だった。

恒例の別荘の屋根掃除も無事に終わり、どこからともなく昼食のいい香りが漂いはじめた。


<7話につづく>








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EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY2 @tabizo

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