道ばたで

川和真之

 思えば、姉は昔からなんでもよく拾ってくる人だった。

 ゴミ捨て場のマンガや雑誌、大量のポケットティッシュ、ミカン箱に入った小さなうさぎ――。

 とはいえ、今回のようなケースはさすがに初めてだ。


 僕はリビングのテーブルの上に置かれた手紙をもう一度眺めながら、ふうと小さく息を吐いた。

『道ばたでかわいい女の子を拾ってきました。一週間だけめんどうみてね♡ 姉より』

 ――まだ状況がうまくのみこめない。

 夕方アルバイトから帰ってくると、家の鍵は開いていて、ピアノの音が聴こえてきた。電子ピアノがあったことを思い出し、どういう風の吹き回しだろうと姉の部屋まで足を運ぶと、知らない女性がいたわけだ。

 僕は再び彼女に目を向ける。電子ピアノの前に座ったままこちらを見ている。髪形はふんわりとした黒髪のショートカットで、ハートのイヤリングとピンクの口紅が大人を感じさせた。姉に言わせれば手紙の表現どおり「女の子」だろうけれど、僕から言えば「綺麗な女性」そのものだ。

「そのピアノ、ちゃんと動くんですね」

 沈黙を破るためそういうと、彼女は警戒を解くように少しだけ頬を緩ませた。

「このピアノも、拾ってきたのかしら」

 どうやら、彼女も姉の置き手紙を読んだらしい。

 僕はその言葉に少し微笑んでみせたものの、それはぎこちないものになった。この電子ピアノは、深夜の通販番組で姉が購入したものだ。買って満足した様子で、今ではただの物置き場になっている。電子ピアノの周りには、積んであった姉の書籍やぬいぐるみ、洋服などが置いてあった。

 言葉の続かない僕に、彼女は「では、お近づきのしるしに」と言うと、またピアノを弾き始めた。帰ってきたときに弾いていた曲とはうって変わり、軽快で楽しげな曲だ。ピアノの生演奏なんて、合唱コンクール、音楽の授業、あとはデタラメな姉の演奏くらいなものだった。彼女の奏でる音楽は歌うような伸びやかさで、その音楽を前に僕は動けなくなった。

「私のオリジナル曲なの。いいでしょ」

「そ、そうですね。最初の曲よりも」

「最初の曲?」

「僕が帰ってきたときに弾いていたやつです」

 そういうと彼女はまた少し笑って見せた。

「あれは練習曲。左手の強弱をコントールするための基礎練習ね」

 恥ずかしさで身体が熱くなるのがわかった。

「あ、あの、凜々子とはどこで知り合ったんですか」

「凜々子? ああ、君のお姉さんのことね。今度から凜々子さんと呼ぼうかな」

 名前も知らない関係なのだろうか。彼女の顔をまじまじと見てしまう。かわいさのあまり連れてきてしまったのだろうか。凜々子ならやりかねない。確かに、思わず見とれてしまうほどの容姿だ。

「道ばたで、知り合ったのよ」

 道ばた。

 手紙にも書いてある、道ばたの意味が僕にはよくわからなかった。その言葉の響きに首を傾けながら、置き手紙をポケットにしまい立ち上がった。

「あの……、そのピアノのある部屋が凜々子の部屋で、僕はこっちの部屋なんで。トイレは玄関の右側でその奥がお風呂です。近くにスーパー銭湯があるので、そっちのほうがいいと思います」

 足早にそう伝え、僕は自分の部屋に入りベッドの上に寝転んだ。慣れたベッドのはずなのに。なんだか遠縁の親戚の家にきたみたいだった。

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