第20話

「博士と奥さま、火狩はあんまり変わらないけど、妹さんは小さいなぁ」

めぐみだ」

俺は妹の名前を呟く。



 火狩博士が息子・さとるの後見人としてエネルギー供給体である、ヒビキシステムの設立発表をしてから三年近くが経った頃。

 結婚二十周年の記念に、家族で撮った写真が仕上がったという連絡をもらった母が恵と共に出かけたその帰り、事故渋滞にはまっていた二人の車の腹に、制御系統の故障で横道から飛び出して、まるでオブジェのように突き刺さった一台の車。

 システムに重大な欠陥があることが発覚しリコールとなったその自動操縦車は、スタイリッシュなボディを全面に押し出し、若い世代を中心に人気を博していた。

 皮肉なことにそれは、今やヤマトでは全車に標準装備されている、火狩博士の開発した緊急停止装置、RM(リアクターモーション)を、独自に開発したシステムがキャンセルされてしまう…つまりは無能なプログラムしか組めないことを棚上げした、非搭載の車だった。

 この事故で母と恵、相手ドライバーの三人が命を落した。


「意味は違うだろうが、以前お前が口にした、一方通行では何も通うものはないと言ったことが、私にもようやくわかった。どんな願いを持って手がけたところで、その心が買われねば意味などないのだな」

 両親共に親類縁者はとうに他界しており、メディアは勿論、己の関係者が訪れるような葬送の一切を断り、二人きりで見送っていた時に博士がぽつりとそう言った。

 俺がかつて博士に言ったことは、それ以上の意味など持ってはいなかった。

 けれど息子が口にした言葉を、そんな風に捉えていたことを知ると同時に、研究も成果も忖度されないのでは無意味なのだと、涙も見せずにそう言った姿は、嗚咽おえつ慟哭どうこくを聞くよりも胸に迫った。



 息子の俺が言うのも難なのだが、亡くなった母はしっかりしていながらも、どこかふわふわしたイメージの人だった。

 父とは対照的に、いつも微笑んでいた。

 家庭の長たる火狩博士を敬愛し、その研究成果をニュースやマガジンで目にするたび、評価内容よりも博士自身への賛辞として捉え、喜んでいたように思う。

「…もうすぐだ。これで世界の苦難の時は終わる。晴香が望んだかたちに」

 ヒビキが目覚めた日、火狩博士はそう言っていたけれど。

 彼女は一度として博士に、世界の苦難を救って欲しいなどという大望を映じたことなんてなかった。


 かつて火狩博士の所属する研究所の食堂で、栄養管理士をしていた母に、恵が二人のなれそめを尋ねた際には。

「食堂でいつも時計と睨めっこしながらご飯を食べている人がいて、気になって声をかけたのよ。そうしたら『食事時間にもう少し効率化を図れないものかと思ってな』なんて言うものだから、『頻繁に時計を見ずに味わった上で、そこに栄養効率と消化吸収率を加えれば、十分に人体のための効率は図れますよ』って答えたら、ぽかんとしてた。あの時の顔を見て私、あっ、この人しかいないと思ったのよね」

 恵は楽しそうに聞いていたが、俺はなんという似た者夫婦なのかと、正直なところ呆れたものだった。母が火狩博士に心動かされた理由はさておいても、初めて言葉を交わす内容にしては、互いの返しがあまりにおかしすぎると思う俺の考えは、決して間違っていないはずだ。

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