第16話

 呟いた学者に、案内人は不思議そうな表情を浮かべた。

「ヨシキリだって?ノスヴェリトゥスはノスヴェリトゥスだ。トカゲが空で鳴くわけがないだろう」

 その一言がきっかけとなり、発見されたものだ。


 学名ノスヴェリトゥス・プレスティオドン。

 平たく潰れたような姿で地にもぐっている、雑食の砂トカゲである。個体の絶対数も少なく、生息範囲はごく限られた場所のみ。非常に警戒心が強い上、たくみな擬態と不動の姿勢で、たまたま人の目に触れることがあっても地面や岩とほぼ見分けがつかない。

 無論、学術的な新種であることなど、その地に暮らす者たちの興味の範疇はんちゅうになく、鳥の声と思っていた者が大半だった。

 現在ではノスヴェリトゥスがヨシキリそっくりの鳴き声を持つようになったのは、好物のそれを捕食するための知恵で身に着けたことが、研究によってわかっている。


 無機、有機に限らず、知られていないだけで存在するものは確かにある。それらが『ある』ということで、必ず何かと繋がっていることを、さとるはたとえによって鮮やかに示した。

 圧倒されたようにしばし沈黙していた火狩ひがり博士は、再び口を開いた。

「道具は?お前の持つセルコンひとつでこれほどの情報を引き出したのか?」

 何かを尋ねるよりも示す方を得意とする博士だったが、その日口から出たのは質問ばかりだった。

「多少の改良はしてるけど、わざわざ道具なんて選ばなくても、何を利用するかの選択次第でしょ。その気になれば、世界のどんなところにある情報でも覗けるよ」

 覚はきっぱりと言い切った。

「…そうか」

 息子へと短く返した火狩博士は、目を伏せてしばし黙り込んだ。

「末恐ろしい才能だな」

すっと伸びてきた腕に首をすくめた覚の頭を、手のひらでがっしりと摑んだ。


「痛っ!…くない?」

 そして掴んだ頭ごと息子の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、肩を震わせたかと思うと声を上げて笑い始めた。

てっきり叩かれるものだとばかり思っていた覚は、こぼれ落ちんばかりに目を見張る。

「え?」

 あれほどまで手放しに笑う火狩博士の姿など、後にも先にも見たことはない。

「火狩の家系には時折、モンスターとも呼べる才を持つ者が生まれる。世間は天才だのと言うが、私は己の探究心と努力だけでここまで来た人間だ。お前を見ていて私などいずれしのぐだろうと思ってはいたが…こんなにも早かったとはな」

 笑いながらふと、火狩博士は瞬きをした。

「そういえば、なぜこれほどまで長大な塔にする必要がある?お前の理論ならもっと小型化もできるし、素材の調達や、周囲への危険を考えれば…」

 なんだ、そんなことかと言いたげな顔で覚は図面を指差した。

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