第12話

「何が無理なの?」

「神を人の手で作ることがさ。別に、作りたいってわけじゃないけどな」

 コンソールに腰掛けた俺は、頭上を振り仰いだ。

「…僕たちがどれほど優れた演算能力を与えられていたところで、人の思考回路の電気的配列を完全に読むことなんて不可能なんだろうね」

 全然意味がわからないよ、ぼやくヒビキ。


「安心しろ。人間ってのは自分の考えさえわからなくなることがある、不完全な生き物だ。自分ですらそうなら、ましてや他人なんてのは本当のところ、わかったフリくらいしかできないもんだと思うぞ」

 張り巡らされたシステムの向こう、外郭がいかくを覆う透明なプレートの彼方には光る星々。

 数百年前まで火星や金星、せいぜい三等星くらいしか見えなかったというのが嘘としか思えぬほど、その輝きは遠く近くまたたいている。

 だが、どうしたことか…普段は眼鏡で調整している、遠視気味の俺の目にはちょうどいいはずの星々が、今日はなぜか少し霞み、歪んで映る。

「あれはスピカか。ならあっちはアルクトゥース、ケフェウス、アルタイル…」

 歩み寄ってきたヒビキが、俺の傍らで足を止めた。

「…でもね、火狩。子どもが声も上げずに泣くのは辛いものだね」

「ヘルクレス球状星団も見えるな。なんだ?唐突に」

「僕にとって神は概念でしかないけれど、こんな夜は少しだけ幸福を、祈ってみたくなったりするものだなってさ」

「おい、随分と感傷的だな」

「…まあね」

 天を見上げ、星々を目で追いながら俺は応じる。

「願うだけでは変えられず、祈りで少しく心は救えても、物理的に失われゆくものへの抑止にはならない。命ある限り、どんな者にも憂いはある。なくすことは不可能だが、だからこそお前たちが生まれたんじゃないか」

「うん。そうなんだけどね」

 ヒビキは躊躇ためらうように少しだけ口ごもった。


「そうなんだけど…君の言葉を借りるなら…そのために作られたからこそ、この世界に生きるすべてのものが等しく、僕たちにとっては子どもみたいなものなんだよ」

 つい数ヶ月前に目覚めたばかりのヒヨッコが、生みの親である俺までガキ扱いか?返そうとして気づいた。

 見上げる先でぼやけては晴れてゆく夜空。

 己のおとがいを伝っては床にほとほと落ちる、雫の意味を。

「…お前、生意気だな」

「何のことだかわからないよ、火狩」

 白々しく応じる声に、デネボラ、レグルス、ω《オメガ》ケンタウリ…引っ込みがつかずひたすら星の名前を挙げるしかなくなった俺のそばで、くすりとヒビキが笑った。


 …けどなあ、ヒビキ。

 お前は俺が、火狩博士を立てたかったのだろうと勘違いしているようだけれど。

 別に言い訳するわけじゃあないが、俺はいつだって、俺自身の中に突き上げるように生まれてくるものを、求めずにはいられなかっただけなんだ。

 それが、博士の夢ともなっていた。


…ただ、それだけのことなんだけどな。

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