track 12-忍び寄る「幸福」

「形成逆転、だね」


男が笑う、手に持ったカッターを一振りすると空中にボタンのようなものが出現した。


「君の人生をリセットさせてもらうよ、トーマ君」


隣でささくれさんが柄杓を振りかぶる、しかしささくれさんがそのまま攻撃に移る事は叶わなかった。


「言ったろ、ナブナ君を含めて3人って」


ささくれさんのこめかみに突き付けられる銃口、ポップな見た目だが、その時は冷たく光って見えた。

ウェーブのかかった長い髪の向こうに綺麗な笑みが浮かぶ、裏切りは女のアクセサリーとどこかのキャラクターが言ってたが、この時ほどあの言葉に納得した瞬間は後にも先にもないだろう。


「やっぱり、僕以外にもすぐそばに配置してたんですね、こんなにも露骨に来るのは予想外でしたけど」


くらげPが男に向かって言う、チェーンソーの刃は未だにトーマさんを捉えたままだ。


「用心深いタチだからね、たまたまお互い素性を知らない顔ぶれに空きがあってラッキーだったよ」


ボタンをトーマさんに向けながら立ち上がった男は、服に着いた埃を払った、空中にあった『バビロン』はいつの間にか消滅している、『サヨナラチェーンソー』で消されたのだろうか。


「僕だってむやみやたらにリセットしたくないんだよ、人一人の人生って奴を丸ごと無かった事にするのは気が重いだろ?」


カッターの先に浮かぶボタンから目を離さずに、男がこちらへと手を差し出した。


「着いて来い、彼らの人生は君に懸かってるんだ、大丈夫だ、政府の連中を潰した暁には、全ての異能者の「幸福」を保証してやる」


俺が行けば、トーマさんもささくれさんも無傷で済む。

その事実に、足元がグラリと揺らいだ。


「幸福ねぇ、やっぱり思った通りだね」


銃口を突き付けられ両手を挙げていたささくれさんが声を上げた。


「君たちの上に誰がいるか、それが知りたかったのさ」

「この状況で知ってどうなる」


嘲笑うように答えた男だが、次の瞬間何かに気付いたように辺りを見回した。


「敵地のど真中でこんだけ暴れて、誰も来ないという事に不自然さを感じなかったんですね、用心深いと言っていましたけど随分と間が抜けているようで」


チェーンソーを下げたくらげPがスマートフォンを操作しながら言った。


「LastNote!コイツを止めろ!」


男が叫ぶ、しかし銃をくらげPへと向けた彼女の目の前には、頭に麻袋を被った背の高いスーツ姿の男のようなモノが立っていた。


『チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!』


スマートフォンの画面を男に見せて笑うくらげP、スーツ姿の男がLastNoteさんの肩を掴んだ。


「密告完了」


スーツ姿の男に捕らえられたLastNoteさんの周りに鎖のような光の帯が現れる、光の帯がグルグルと回り始めると、彼女自身とスーツ男の身体が光り始めた。


「二重スパイ……」


光の帯と共に宙に消え失せるLastNoteさんを見て男が息を飲んで呟く、そのままリセットボタンを飛ばそうとするが、背後から襲い掛かった影に頭を殴りつけられ、その場に崩れ落ちた。


『脱法ロック』


男は立ち上がろうとするが足元が覚束ないらしく、こちらを睨むばかりである。

血が付着したギターを竹刀でも担ぐかのように肩に担いだNeru少年が次の攻撃をしようか迷った様子でこちらを見た。


「さっきの言葉をそのまま返させてもらうよ、形成逆転、だね」


辺りに集まる人の気配を感じ、姿を消そうとする男に即座に『バビロン』が襲いかかる、大捕物と言うにはあまりにも短かったが、二転三転したこの戦いは、これにて幕を閉じた。


* * * * *


「通信機器は持っていないよな?」


DECOさんが改めて確認をする、通信機器があると『エネの電脳紀行』を使ってじんさんに位置を特定されてしまう故の確認だ。


「持ってたら既に特定して来ている頃だろう」

「じゃあ40君には戻ってきてもらって大丈夫だね」

「ごめん、とっくに雨止んでるよ」


畳んだ傘を持って階段を登ってきた40mPが言った、多分『雨音ノイズ』で電脳紀行対策をしていたのだろう。


「で、どうする?」


『脱法ロック』の効き目が切れてきて目の焦点が合ってきた男を見下ろし、ピノキオピーが言った。

剃刀を持ったどうしてちゃんが地面に伏している男の顔を覗き込んで首を傾げている、男は剃刀に顔が当たらないようにもがくが、その身体は『タイガーランペイジ』に踏みつけられて上手く動かせないようだった。


「もう一回脱法ロックかなんかブチかまして目隠ししてから適当な場所に放りだそう、拠点の引越しが最優先だし」


そう言ったDECOさんを見てオロオロしながらもギターを振りかぶるNeru少年を見上げ、男が顔を青くした。


「君は幸せ?」


唐突な質問が視界の下からかけられる、見下ろすと、見知らぬ少年がそこに立っていた。

辺りに静寂が訪れる、殺気とは似た、しかし圧倒的にそれとは違う異様な雰囲気を放つ乱入者に空気を凍り付かされたかのような状態に陥った。


「離れろ! その子がきっと過激派の頭だ!」


まさか、こんな少年が?

そんな疑問が浮かんだ瞬間、その疑問が払拭される。


『こちら、幸福安心委員会です』


言葉は悪いが、遭遇したらぶっちぎりで危ない異能だと認識している名前が頭に流れ込む。

少年の影から飛び出してきた鎌のような影が俺の首元へと飛ぶ、間一髪で飛んできたどうしてちゃんに体当たりをかまされ、影の襲撃を結果的に避けた。


「……うたたP……!」


唐突に殺されかけた俺の声を無視して、虎に踏まれて動けなくなっている男の方へと歩み寄るうたたP、彼の目の前にしゃがみ込んだ。


「敵に捕まって、異能も封じられて、不幸のドン底って感じだね」

「いや、俺は不幸なんかじゃない、うたた君、何をするつもりだ」


焦りの表情を浮かべる男の目の前で、うたたPの影が黒い水のように揺らぐ。


「幸せじゃないなら」


影が広がり、男の下へと広がった。


「死ね」


男の身体が影へと沈み始める、異変を感じ取った『タイガーランペイジ』が彼を引き上げようと襟首を咥えて引っ張るが、それでも身体は沈み続けた。


『パンダヒーロー』

『リンネ』


その瞬間だった、二つの異能の名前が頭に流れ込み、目の前にコートを着た男が現れる。

周囲には光る線路のような模様の輪が浮かび、バットを持つ手の甲には同じく環状の線路の模様が浮かび上がっていた。


「助けを呼んだのは誰だ?」


辺りを見回す男、緑の髪の奥で、鋭い眼光が揺らぐ。

影に沈みかけていた男の呻き声を聞き、男はそちらに向き直った。


「処刑が止まった、一体何なんだ君は」


うたたPの問いかけに対して、男は持っていた金属バットを振って少年にその先端を向けた。


「この街のピンチヒッター、パンダヒーローだ」


うたたPが舌打ちをして再び『こちら、幸福安心委員会です』を発動する、パンダヒーローの直上に大きなギロチンが出現するが、その刃は落ちると同時に霧散してしまった。


「『リンネ』の中は死後の世界、既に死んでる人間を殺そうってのは無理な話だ……ろっ!」


ヒーローが不意打ちのごとく飛びかかる、強烈なバットのスウィングを入れる、うたたPはそれをヒラリと躱した、バットが直撃した床が砕けて下の階への直通路になる。


「だったら、この輪の外に出せばいいんでしょ?」

『永遠に幸せになる方法、見つけました。』


先ほどまで様々な「死因」を体現していたうたたPの影が大きな手の形となり、パンダヒーローへと襲い掛かる、飛び退いたパンダヒーローと影の間に1人の少女が割って入った。


「『お断りします』!」


少女が高らかに宣言すると同時に手のひらを前へと突き出す、すると影は先ほどのギロチンと同じく霧散した。


「次から次に……何のつもりだ……」


「フッフーン、今のヒーローみたいだったでしょ?」


少女がうたたPの問いかけを無視してパンダヒーローに向かって得意げに言った。


「おっ、こないだのマカロンのお兄さん」


聞き覚えのある声も聞こえてきた、以前俺を助けてくれた派手な髪型の女子高生だ。


「そこの少年! 君が私たちの敵ね! 見てなさい!」


メガネの青年の腕を引いて、彼女らがパンダヒーローの元へと集まる。


「あなたの街のお助けヒーロー!」

「ピンチヒッター駆けつけます!」

「……」

「……」

「異能戦隊!」

「「ハチレンジャー!!」」


ノリノリの少女たちと、うんざりした表情の青年たちを中心に、何とも言えない空気が流れた。


─────────────────────

くらげP

異能

2-チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!:何かしらの形で誰かに「密告」をすると、密告対象の相手を排除する事ができる。排除された相手は「反省部屋」と呼ばれる真っ白な部屋に閉じ込められるため、どこか遠くに強制ワープさせるだけのサヨナラチェーンソーとの差別化ができる。 相手が実際に悪事を働いているという確証が無いと使えない。


Neru

異能

2-脱法ロック:発動するとギターが出現する、相手をギターで殴りつけると相手を酩酊状態に陥らせる事ができるが、能力無しでもギターで殴られたら普通は致命傷。 実際のところは異能の本体がギターなだけでギターで殴らなくても酩酊状態にさせる事はできる、最悪素手でもいいがそれでもギターで殴るのはそれが脱法ロックの礼法だから(?)


sasakure.UK

異能

7-タイガーランペイジ:巨大な虎を召喚する異能。月の出てる夜は虎の力が倍増しコントロール不能となるためだいたい日中に使う。


うたたP

「幸福」シリーズを作ったボカロP、詳細不明。

異能

1-こちら、幸福安心委員会です:その状況が「不幸」だと判断した相手をさまざまな死因で殺す異能。 幸福か不幸かの指標はうたたPに依存するためチートでしかない。

2-永遠に幸せになる方法、見つけました。:詳細不明、異能者の影が変化してできた手のようなものを使った攻撃。


ハチ

詳細不明。

異能

1-パンダヒーロー:街の人の様々な「ピンチ」を察知して瞬時に駆けつける能力。 その「ピンチ」を切り抜けるために必要な技術や技能、力などが格段に底上げされるため、ピンチヒッターとしては最強の異能。

2-リンネ:周囲に線路のような模様の光の輪を出現させる異能、輪の内側は死後の世界という扱いになるため、誰もそれ以上死ぬ事は無い。 さらにいくつかの効果があるが、詳細は不明。

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