第17話 は〜ばたこう〜

 ㅤ今日は技能教習だ。最初は宇宙船の操縦方法をシミュレーターを使って学ぶ。


 ㅤ基本操作はシンプルなもの。前進、ブレーキ、後退の三つのボタンが右手の人差し指、中指、薬指で押せる。


 ㅤ左手にどんな持ち方でもいいが、あらゆる方向に動かせるコントローラーがある。ぐりぐり動くやつ。完全にゲームセンターの要領だ。宙返りするためには、コントローラーを下から上に向かい右へ回す。その逆の動作が前宙返り。一応書くと、下から上に左へ回すのも前宙返り。反対が宙返り。


 ㅤ方向指示器は音声入力できる。足元に置いてある矢印を踏むことでもできる。これもゲームセンターでダンスをするときに使うようなやつだ。これらの動作をすることで、宇宙船に指示を出す明かりが灯る。


 ㅤそれらの動作を確認できるのがこのシミュレーターだが、少し意地悪だ。


 ㅤ過剰に宇宙船が現れたり、宇宙を漂う人間が目の前に突然現れたりする。それが老人だったりもする。当然、流れ星や隕石なども降って来て、無事故で終えることはほぼ不可能。

 ㅤそういう怖さやリスクを味わっておけということだろうか。


 ㅤそんなこんなでワタシは、学科と教習所内の無重力コースを本物の宇宙船で運転する技能教習を順調に受けた。

 ㅤそして遂に、本当の宇宙に出る訓練を受ける日が来た。


「これから宇宙教習を始めます。マァちゃんさん、ラ・イバルさんのお二人でよろしいですか?」

「はい」

「よろしいです」

「それでは船内に入り、重力調整装置をお互いのご確認の元、作動させ、席に着いたらシートベルトを締めてください。最初はワテが運転します。よろしくお願いします」


 ㅤ船内は複数人用ということで若干広め。運転席が真ん中に一つあって、少し後ろの右左にイスがある。


 ㅤ宇宙船本体はというと、台形のロケットタイプ。その台形を同じ姿勢で保ったまま上にも前にも動く。カータイプでも同じ要領で動かせる。


「シートベルトは締めましたか。それでは発船しますよ」

 ㅤワタシは、人生で初めて宇宙空間に飛び出した。重力調整装置のおかげで、あまり体にかかる実感はないけど、横の丸窓から覗く景色などは宇宙そのものだ。


 ㅤこの星のどこかに、きっと星の人はいる。


「あーあ、かったりーな」

 ㅤ一緒に教習を受けるラ・イバルくんが、頭の後ろで手を組みながら、いきなりボヤいた。


「こら、どうしたのです」

 ㅤ教官が前方を注意深く見ながら、右後ろにいるラ・イバルくんに話を聞く。


「だってさ、宇宙船の動かし方なんかほとんどマスターしてるし、今だってほとんど危険な状況はないじゃんよ。さっさとこんなとこ卒業して運転してぇなあ」


「そういう油断が事故を招くんですよ。さて、運転を代わりましょうか、まず、マァちゃんさん」

「あ、え、はい」


 ㅤ安全を確認した上で自動運転モードに切り替え、ワタシと教官の席は自動でシュパッと素早く入れ替わる。ワタシの手で手動運転モードに戻す。


 ㅤハッキリ言ってワタシは緊張していた。シミュレーターや技能教習で宇宙船の操作に慣れてるとはいえ、実際に宇宙で運転すると考えたら、それはもう全く違うものだった。異次元だった。ただ真っ直ぐにコントローラーを動かすことすら手が震え、船は細かく揺らめいた。


「おいおい、何やってんだよ」

 ㅤラ・イバルくんのヤジが飛ぶ。

「落ち着いてください、大丈夫ですよ」

 ㅤ教官の優しい声が、全く心に通じない。

「とりあえず、あそこの星まで頑張って行ってみましょう。そこで少し休憩しましょう」

 ㅤ教官の指示に従って、ぶるぶる震える手を何とか抑えながら進んだ。時々バックミラーを見ると、後ろにも教習船がいて慌てた。


「ふー、何だよ、殺す気かよ」

 ㅤ教官に船を不時着させてもらった。ワタシは再び左後ろの席に移動して、ラ・イバルくんに目の前で怒られる。


「ごめんなさい」

 ㅤあまりに申し訳なくて、下を向くしかないワタシ。

「まぁまぁ、最初は誰でもこうだから。ワテもそうだった」

 ㅤ優しい教官の声にも目と耳をそらす。

「オレはこうにはならないぜ。後で見てな。」

 ㅤラ・イバルくんはそう言うと、簡易宇宙服を身にまとい、外に出て行った。もちろん教官の許可は得ている。


「マァちゃんさん、そう気を落とさないで。きっと彼も、緊張してて威張ってるだけだから」

「そうなんですか?」

 ㅤ目から鱗が落ちるような話に、思わず顔を上げて教官の方を見る。

「うん、彼は彼なりの事情があるんだよ。だからもし、いきなり運転席に着くなり、宙返りをしたりしても許してあげてね」

「エ、あ、はい」

 ㅤいきなり宙返りって、さすがにそんなはずはないよ、トホホ。いくら手が震えたとしても、宙返りするにはコマンド入力が必要なんだから。この教官さんのフォローは、優しいようであまり優しくないなと思った。


 ㅤちょっとして、ラ・イバルくんが戻ってきた。

「何か教官と話してたみたいだけどさ、オレは運転席に着くなりいきなり宙返りなんかしないぜ」

 ㅤそう言って、運転席のシートベルトを締めた。教官はその右後ろ、つまりワタシの横の席に着いた。


「さあ、発進だ!」

 ㅤその声と共に宇宙船は、ぐりんぐりんと二回宙返りした。それと同時にシートベルトの有効性を理解した。そして運転席に座るラ・イバルくんは白目をむいて気絶していた。


「嗚呼、やっぱりか」

 ㅤ教官がおデコに手を当てて呟いた。


「彼、シミュレーターでも、初運転のときも、宙返りして気絶したんだよね。そのせいで記憶があやふやなの。宙返りした事実は覚えてるはずなのに、そんなことはなかったはずと思い込んでる。だから自信家なんだ」


 ㅤ何だそりゃとワタシが絶句していると、ラ・イバルくんは目を覚まし、

「行くぜー!」

 という声と共に力強くボタンを押し急発進した。綺麗に真っ直ぐの軌道を描いて飛ぶ船は、確かにワタシと比べてコントロールが上手いかもしれないが、全然カッコいいとは思えなかった。


「どうだ、オレ、カッコいいだろ」

 ㅤだから全然カッコいくなかった。教官はコッソリと、動き出しのチェック欄にバツ印を書いていた。それはワタシも同じなのだけど。

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