7. 師匠の下着

「はい?」


 僕の説明を受けたエリカは、こう言って天井を見上げたまま絶句した。


「エリカお姉さん?」

「……」

「エリカさん?」

「……」

「エリカおばさん」


 ギロリ!


 うわっ。

 顔は動かさずに視線だけで殺されそうになった。

 メデューサですか!?


 とりあえず、僕は土下座スタンダードポジションに姿勢を変更。


「すみません、勝手に孤児を引き取ってしまって」

「で……人?」

「はい?」

「それで、何人増えるの?」


 上を向いたまま、エリカは僕にこういった。


「えーと、ろ、6人よりは多いんだけど、8人よりは少ないくらい」

「7人ね」

「はい」


 僕は改めて床を見つめる。

 そうだよな。孤児院の運営者に断りもなく、受け入れなければならない子供達を増やしちゃったし……やっぱり出て行かなければならないよね。


「……かったね」

「はい?」

「偉かったね」

「え?」


 僕はエリカの言葉にびっくりして顔をあげ、エリカをみつめた。

 顔を下げていたエリカは、ニッコリと笑い、


「困った子供達を見捨てなかったのは、偉かったね」


 とこう言った。


「じゃ、じゃあ」

「いいよ。ここで面倒を見ようじゃ無いの」

「やったぁ! あ、でも、そうするとエリカお姉さんがロランさんと結婚して出て行くっていう話は……」

「ロランには待って貰うわ。どうせ15年以上も私を待たせたんだから、そのくらいは平気でしょ」

「でも……」

「問題は!」

「は、はい」

「お金! お金!」


 そういって、エリカはウロウロと部屋を歩き始めた。


「一気に7人も増えるんだし、カーラさんの分も考えると、今までの寄付だけじゃ足りないわ。何とか定期的に援助をしてくれる篤志家を見つけ無いと、飢え死によ」

「それなら大丈夫です」


 受入拒否されたらどうしようと思ったけど、大丈夫なら金銭面では問題無い。


「はい、僕が引き取る以上、僕が子供達の面倒を見る事は当然です。ですので、当座のお金については稼いできました」


 そういって、目の前にごそっとある物を出した。


「これは……何?」

「これをタニア商会に売れば、当面、生活には困らないはずです」

「だから、これは?」

「はい。これは師匠の下着です!」


***


 話は遡る。

 

 タニア婆さんが子供達を引き連れて帰宅した後、組合長に龍鱗の話を聞いた僕は、急ぎ師匠の元へ向かう事にした。


 出発前に、あらためて買取先の確認を行った。


「それでは、タニア商会が龍鱗を買い取ってくれるんですね」

「ああ、そこは私が後押しをしよう。相場通りか、相場より少し高めで引き取ってもらえるよう、全力で交渉するよ」

「ありがとうございます」

「でも、本当にアテはあるのか? 一応、タニア商会からは無利子での融資枠は取り付けてあったんだが……」

「そこは大丈夫です。今から取ってきますので」

「今から?」

「はい、では行ってきます。スン!」

「ん」


 スンはそう言って僕の背中におぶさった。

 僕はそのまま、応接室の奥にある窓から飛び出した。


「シャ、シャルル君! ここは2階!」


 なんて組合長の声も聞こえたが気にせずに赤い鎧ググ を飛行形態に変形させて僕は上昇気流を捕まえ、一気に蒼龍のダンジョンへ向かった。


***


「ししょー!」


 ダンジョンまでの到着が早くなってきたなぁ。

 僕は山の麓にある裏口側の縦穴にたどり着き、一気に試練の間の入り口をノックした。


 あ、そういえば、ジャンユーグ氏には逢わなかったなぁ。

 彼が仲良くしたはずの蜘蛛達も、遠くに気配は感じたけど、全く近づいてこようとはしなかった。襲ってきたら即死するって事を本能で理解していたのだろう。


 ああ、ジャンユーグさん。黒蜘蛛と仲良くやっている事を心の底よりお祈り申し上げます。


 さて、


「ししょー!」


 僕は試練の間に駆け込むと、大声で師匠ミヤを呼び出した。


「はーい」


 しばらくすると、女子高生モードの師匠が天井からゆっくりと降りてきた。その格好で天井から降りてくると、セーラ服のスカートの中とヘソからブラまで丸見えなんだけどね。小ぶりなオッパイが見えてしまっていますよ。ありがとうございます、ありがとうございます。


 ちょっとした至福の時間が過ぎ、師匠が床まで降りてきた。


「シャルル、久しぶりー! 元気だった?」

「はい、おかげ様で元気です」

「どうしたの? また修行しに来たの?」

「いえ、今日は師匠にお願いがあってきました」

「なになに」

「師匠の鱗をもらえませんか?」

「何に使うの!?」


 師匠が腕で胸を隠すような仕草をする。顔が完全に引いている。

 何にって、龍の鱗なんてナニに使えるもんなの?


「ちょっと売っ払って、お金にしたいなーなんて思って」

「なんだ、そんな事か。てっきりボクはシャルルが、あんな事やこんな事に使うんじゃないかと驚いてしまったよ。でも……鱗かぁ……えー、恥ずかしいなぁ……」


 鱗をペリッと剥がしてもらうだけのつもりだっただが、恥ずかしいのか?

 痛いっていうなら、まだ理解出来るんだけが……だが、ここで諦める訳にはいかない。なぜなら、


「師匠! お願いします。7人の可哀想な子供達の生活がかかっているんです」


 僕は手早く7人の子供達を引き取る羽目になった事を伝える。


「なんか面倒な事になったね。うーん、分かった! ちょっと待ってて、さすがに恥ずかしいので着替えてくる!」


 着替えてくる? どういう意味でしょうか?

 師匠はもう一度パンツを見せながら天井に戻ると、消えてしまった。


「スン、僕は師匠の鱗が欲しいだけなんだけど、なんで着替えてくる必要があるのかな?」

「意味不明、謎」


 スンも分からないみたいだ。


「お待たせー」


 そんなに待たされる事もなく、師匠が天井から降りてくる。


 相変わらずセーラ服のままで、特に着替えたようには見えないけど……ん? パンツは相変わらず丸見えたけど、ブラジャーが見えない。でもセーラ服の上から見える限りは……オッパイが少し育っている? そんな馬鹿な! だけど、シャルルアイから伝わってくる情報は、カップがBからCに変わった事を示している!


 僕は降りてくる師匠のオッパイをガン見していた。


「はい、これ」


 そんな僕の視線も気にせず、師匠は手に持っていた白い布を差し出した。


「へっ? これって……」


 僕が受け取ったのは、まだ暖かさの残る……


「パンツとブラジャー?」

「シャルルは、まだ小さいから特別だぞー。さすがにもう少し大きくなったらボクもこんな事出来ないからねー。着用済み下着をブルセラショップに売るような悪い子じゃないんだから……」


 ブルセラショップって、まだあるのか?

 はるか昔に問題になったような……


 という話ではなく、


「し、師匠? 僕が欲しいのは下着じゃなくて鱗です。竜鱗です!」


 僕は慌てて師匠に受け取った下着を返そうとした。

 そりゃ、師匠のような可愛い女の子の下着をもらって、嬉しくない訳じゃないけど……じゃなくて、これを売っても貴重な素材とはならないよね? 確かに素材は良さそうだけど……


 とはいえ、脱ぎたてのブラジャーがあるという事は……僕はじっと師匠の胸元をみてしまう。先ほどまではなかった谷間が少し見える……こ、これは!


「え、な、何? あ、やだー、ちゃんと着けているって、ほら」


 僕の視線を感じたのか、師匠は胸元を開いて見せてくれる。そんな、うれしし……もとい、はしたないことはしちゃいけません。でも、そこには確かにブラジャーが見えた。


「ね、ちゃんと新しいのに変わっているでしょ。あ、そのままじゃわからないか。ちょっと待ってて! ほい!」


 師匠がピカっと光ると、目の前に青い鱗のドラゴンが現れた。それと同時に僕が手にしていた下着が姿を変える……


「え、これって!」

「そう、脱ぎたてホヤホヤのボクの皮だよ」


 僕の手の中にあった下着が、青い鱗を沢山つけた竜の皮に変わっていた。これって……脱皮? だから中身が育ったの?


「ね、それだけあれば、十分でしょ」


 なんだかんだと、僕の鎧を10着は作れるくらいの鱗が僕の手の上に残った。


「は、はい! 大丈夫です!」

「主様、大金持ち」


 オークションでは僕の鎧とおまけで付いていた僕に50億もの価値があった。魔法効果の付与もあったので、そのまま10倍すれば良いとは言わないが、相当な金額が手に入ったのだろう。


「主様、悪人顔」

「そういうなよ。これだけあれば、引き取った子供達も合わせて一生暮らしていけそうじゃないか」

「シャルル君が楽するためにあげたんじゃ無いからね。引き取った孤児のため、そして、引き取ったシャルル君の心意気に師匠として応えただけだからね」


 ありがとうございます。

 本当にありがとうございます。


 僕はまだ、脱ぎ立てて暖かみを感じる龍鱗元下着を抱きしめ、師匠に何度も頭を下げた。


「うん、ボクも役に立てたみたいで嬉しいよ。早く行ってあげな」

「はい!」


***


 そして孤児院に戻り、エリカに事情を説明したという訳だ。


「という事で、この龍鱗を、お金に替えます」

「はぁ」


 師匠の話を一切しないまま、押し切ったのでエリカは釈然としないようだが……


「タニア商会へ、子供達を引き取りにいくついでに現金化してくるので、子供達が増えた事に対する費用の問題は解決です。あとは小さな子供達を含め面倒を見る大人が増えないと……なのですが……」

「そこはカーラさんにお願い出来ないかしら?」

「まだ、体調が戻らないので、すぐという訳には……」


 この後、すぐに様子を見に行かないと。


「そう、それじゃ仕方ないわね。ロランに頼むわけにもいかないし……」

「ロランさんには、僕からもちゃんと説明します」

「ううん、大丈夫。ロランの事は戻ってから、二人で話し合うわ」


 そういって、ニッコリと笑った。

 せっかく結婚して新生活を始めるために、住んでいる子の引き取り先とかを探していたのに、新しく7人も増やしてしまって、本当に申し訳ない。

 

「大丈夫。何とかなるわよ。とりあえずは受入準備ね」

「すみません」


「本当に気にしないで。それじゃ私は明日から子供達を迎え入れる準備をするわ。食材に食器、寝具とかも揃えないといけないから、2日ほど頂戴。大きな子はいないんだよね?」

「ああ、ちゃんとは確認していないけど、年長組になるような子はいなかったと思います」


 9歳以上の年長組だと、まだ余裕のある大部屋じゃなくて4人部屋になるので、もう余裕が無い。唯一余っていた小部屋をカーラに明け渡しちゃったしね。


「それじゃ、受入は3日後」

「あ、僕とカーラは公宮に呼ばれているので……その後で」

「4日後」

「はい、よろしくお願いします」


***


「カーラ、ただいま」


 僕はカーラが眠っている小部屋をノックしてドアを開けた。

 一瞬だけ、また何かが腐ったような匂いを感じたけど、すぐにそれも解らなくなった。


「カーラ、大丈夫? 吐いたりしていない?」


 僕が部屋に入ると、起きていたのか、カーラはすぐにベッドから身を起こす。


「顔色……悪いね」

「大丈夫です。体調はよくなってますよ」


 そうは言っているけど、やはり何か病気なんだろうか。


「主様……病気じゃない」


 後ろから付いてきたスンが僕にそう告げる。


「そうなの? でも、怪我だけでこんなに調子が悪くなるなんて」

「……」


 スンはそれ以上、何も言わない。


「シャルル様、私は大丈夫ですよ」

「そうだ。食欲は? やっぱり食べないと、身体に悪いよ」

「そう……ですね。何か持ってきていただけますか」

「わかった」


 僕は急いで部屋を出て、食堂へ向かった。


「エリカお姉さん」


 食器棚で皿の枚数を数えていたエリカに声をかける。


「何かお粥的なもの無いかな?」

「お粥?」


 お粥は通じなかった。

 こっちの言葉の扱いはすっかり慣れたけど、固有名詞で知らないものは、まだまだ沢山ある。


「カーラが何かを食べるって。急に食べたらお腹がびっくりするから、何か胃に負担にならないものを……」

「それだったら、パンを温めた牛乳で柔らかくしてみたらどうかな?」

「わかった」


 日本人の感覚からすると、脂肪分のある牛乳は胃に負担をかけそうな気もするが、仕方ないか。


「そういえば、暖めるって、どうやるの?」


 ガスコンロが見当たらない。

 そもそも、4歳児の僕は孤児院の中でも食器の上げ下げは別として台所仕事を手伝ったことが無い。


「仕方ないわね。私がやるから、見ていなさい」

「はい」


 役立たずですみません。

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