17. 一件落着

 ロランに従って僕とスンは歩き始めた。


「警察に連れて行かれちゃうのかな?」

「主様、犯罪者デビュー」

「いや、それは勘弁して欲しい……」


 ぼそぼそとスンと話ているとロランが振り返った。


「警察? 騎士団の事か? いや、今から向うのは組合事務所だ」

「組合って、ロランさんが言っていた冒険者ギルドの最新版?」


 そういえば、夕方、ロランさんから冒険者ギルドが勇者の発案で発展的に解消し、今の組合になったみたいな事を言っていたっけ。


「最新版? どう理解したのか知らんが、その最新版だ」

「その組合に何の用?」


 冒険者ギルド……じゃないか、組合には興味があるけど、よく考えれば、今からそこに連れて行かれるという事に、良い結末が待っている気がしない。


「まぁ、いけば解る」


 ロランはそう言うと、再び前を向いて歩き始めた。


「スン、いざとなったら、逃げ出すよ」

「主様、とんずら」

「そうだね」


 今度はロランに聞こえないように小声でスンとやり取りをした。


 ジャンユーグ商会から15分ほどロランの後ろをついて歩い行くと、閑静な屋敷街から徐々に賑やかな町並みに変化していった。


「この辺は?」

「ああ、このあたりの地区にある中心街だ。冒険者組合もこの中にある……というより、ここは冒険者組合を中心に発達した街だしな」

「そうなんだ……王都っていうから、王宮を中心に発展したのかと思っていたよ」

「王宮だけじゃ、100万人都市と言われるような都市にはならんからな」


 100万人都市って、江戸時代の頃の江戸が、そのくらいの規模じゃなかったっけ。大きいのか小さいのかが、よくわからないが……まぁ、この文明レベルでいえば、かなりの規模なんだろうな。


「ほら、もう付いたぞ」

「へぇ……これが全部、組合?」

「ああ、そうだ。王都全体の冒険者を取り仕切るベルリック冒険者組合だ」


 僕の目の前には、地上7階建ての石造りのどでかい建物が立っていた。

 石造りって、耐震構造は大丈夫なんだよな……積み上げただけだったら簡単に崩れるぞ。


 そんな事を考えながらも、久しぶりにみる巨大な建築物に、しばらく呆然としてしまった。コンクリで作っている高層ビルと比べても、巨石を積み上げたような形で作られている建物から、重厚さからくるプレッシャーを感じてしまう。


「大きいな」

「主様、入るよ」

「え、あ、ああ、そうだね」


 ボケっとしているうちにロランが先に入ってしまった。僕も慌てて、大きな木の扉を開く。その瞬間、喧騒が僕を包み込む。


「こんな青ビョウタンが冒険者か! 家に帰って、ママのオッパイでもしゃぶってな!」

「ジェイ! デビューしたての小僧をいじめるな! そこの小僧! 先輩に軽くいじられたからって涙目になっている場合か!」

「うぇーん」

「ふざけやがって、なんだ、このチンケな報酬は! 約束とは違うじゃねぇか!」

「あんたに出した依頼、もう1回確認しな! 誰が豚の頭を持って来いっていった? ああん?」

「横取りした金を返しやがれ!」

「魔法は! 魔法は禁止です! そこ、剣を抜くな! ちっ! また、ビル暴れ始めた! 警備兵を呼んで!」

「組合を舐めるな! 殺すぞ!」


 床は板張りとなっている大きな部屋。

その中央を仕切るように建てつけられている長いカウンター。

 入口側は、待合いスペースのようになっているのか。いくつもの木製のベンチが並んでいる。そこには多くの屈強な男達や、気の強そうな女たちが、ワイワイと言い合いっていた。また、カウンターでも同じように、カウンターの奥にいる職員に顔を近づけ、つばがかかりそうな勢いで怒鳴りあっている冒険者達。


 職員には若い女性ばかりにも関わらず、そういった乱暴に怒鳴っている冒険者に負ける事なく、同じように怒鳴っていた。


「これが……冒険者?」

「そうだ、シャルル。これが冒険者だ」


「ロラン閣下!」


 だが、僕達が中へ足を踏み入れた瞬間、受付の中から、髪がクルリとカールした少しぽっちゃりしている若い女性が身体を伸ばし、そう叫んだ事で、待合室の喧騒は、嘘のように静かになった。


「白面のグランツ?」

「全殺し閣下?」


 なんか、ヒソヒソと不穏な声が聞こえてくる。


「こら! モラ! いつも言っているだろ! 俺の名前を大きな声で呼ぶな」

「あ、申し訳ありません」


 ロランが叱り、受付の女性が頭を下げるが、周囲にいる冒険者は俯いたまま、身動ぎもしない。なんだ、この緊張感。


「ああ、すまん。みんな、楽にしてくれていい。くそ……モラ! 応接室を開けてくれ」

「は、はい。こちらです!」


 受付で恐縮していたモラが慌てて、カウンターから出て僕達を階段の方へ案内する。

 僕達が奥へ消えてから少し立つと、緊張が緩んだのだろうか、僕達の後方からザワザワと喧騒が戻ったのが消えてくる。


「目があったら殺されると思ったら、マジで動けなかった」

「ビル、お前、腰抜かして立てないのか? いつのも威勢はどこに言った」

「ふざけるな。全殺しだぞ。無理無理」

「うぇーん」

「うわ、新人が漏らした!」

「ジェイ! あんたがママの代わりにオッパイしゃぶらせな!」



 色々と漏れ聞こえてくる声は、たいがいだな……。

 その声はロランにも届いているのか、恥ずかしそうにしている。


「すまんな、シャルル。本当はこっそり終わらせたかったんだが……」

「いえ……というより、ロランさんって、やはり相当お偉い方だったんで……ございましょうか?」


 いかん、冒険者達の緊張に当てられて、敬語の使い方が怪しくなってきた。


「冒険者組合では、ちょっとな。それと、わざわざ口調を替えなくてもいいぞ」

「そう? じゃぁ、普通に……。王都に入る時も『閣下』と言われてましたけど、どういう事なんですか」

「国際ライセンスの話は昨日したよな」

「はい」

「まぁ、あれだ。魔王討伐に関わっていたこともあって、俺は今、国際冒険者協会連合の理事をやっていてな……」


 国際機関の理事という事は、やはり相当偉いんだなぁ。

 そんな会話をしながら僕達は2階へ上がり、廊下を進む途中で、僕はふと、先程小さな声で聞こえてきた二つ名が気になったので、


「白面のグランツ?」

 

 と、呟いてみた。


「ぶっ」


 その瞬間、ロランは吹き出し、


「シャルル、若い頃の痛い記憶が蘇るから止めてくれ」


 顔を赤らめながらそう言った。


「全殺し閣下」


 ついでにもう一つの名前を呟くと、


「……最近の痛い記憶が蘇るから止めてくれ」


 少し涙目になりながら、遠くを見る。

 うん、色々やってきたみたいだね。


「でも、そんな偉い人だったら孤児院のお金は何とかなったんじゃない?」


 国際機関の理事というくらいだから、報酬も相当なんじゃなかろうか。


「理事はボランティアだからな。冒険者は基本的に依頼をこなす事で、対価を得るものだ。なので、俺は日々の生活に追われ、貯金なんかほとんど無いぞ」

「そうなんですか……」


 そこでモラが振り返り、


「閣下は、他の冒険者が好んで請けるような一攫千金となる依頼ではなく、難易度が高い上に依頼料は低い、そして一般市民のためになるような依頼ばかりを請けていただいていますので、お金はあまり持っていないんですよ」


 と、説明してくれた。

 ロランはやっぱり良い奴なんだなぁ。そんなロランに迷惑をかけたかもしれないと思うと、少し凹む。これは早々に、逃げ出した方がいいのか……。


「こちらです」


 そんな会話をしているうちに応接室の前に着いた。

 モラが扉をノックすると、


「なんだ? 打合せ中だが……」


 と、正装姿の髭を生やした中年男性が出てきた。


「グランツ閣下が応接室を利用したいと……」

「そ、そうか。すぐ開ける」


 そういって、中年男性が顔を引っ込め、中にいる人に謝っていた。


「申し訳ありません。この場所を開けなければならなくなりました」

「構いませんよ。私の話は終わりましたので」


 中からは、少しシャガレた女性の声が聞こえてきたかと思うと、しばらくして一人の老婆が出てきた。


「おや? あんたは……」

「アラルコンのタニア婆さん?」


 聞き覚えがある声だと思ったら、オークション会場でジャンユーグ氏に競り負けたタニア商会のタニア婆さんだ。


「そうそう。ヨハンの遺言を持ってきた子供だったね。ジャンユーグが手放してくれたのかい?」

「あ、いえ……」

「ジャンユーグ商会は取り潰されました」


 僕が返答に困っていると、モラが横から口を挟んできた。

 取り潰された? どいう事?


「はっ! そうかい。そうかい、そうかい。それはまた良い話を聴いたね」

「そうですね。あそこは悪い噂しかありませんでしたから」

「悪い噂はたいてい真実さ」


 火のないところに煙は立たないって事か?


「とばっちりが、こちらにも来ないように、せいぜい気をつけるよ」

「タニア商会に問題があるわけはありませんよ」


 タニア婆さんとモラさんが、にこやかにやりとりをしている。

 でも、ジャンユーグ商会って、そんな評判が悪かったんだ……殺して正解?


 一通りモラから説明を聴いたタニア婆さんは、僕の頭を軽く叩き、


「あんた、困ったら私を頼りな。遺言を持ってきてくれたお礼に1回だけ助けてやるよ」


 こう言ってくれた。

 伝言を伝えただけなのに、義理堅い人のようだ。


 タニア婆さんは、じろりとロランを見ると、


「この子には、グランツの坊やも関係しているのかい? 面白い事になりそうだねぇ」

「偶然だよ。偶然。それと、さすがにもう坊やは止めてくれ」

「あんたが、どれだけ偉くなろうと、坊やは坊やさ」

「まいったな……」


 ロランが頭を書いている姿を、もう一度見るとタニア婆さんと、中から出てきた中年男性は、そのまま廊下を進んでいってしまった。


「それでは、こちらへどうぞ」


 モラさんが、改めて部屋の中へ僕達を招き入れた。


----- * ----- * ----- * -----


「シャルルがタニアさんを知っていたというのには驚いたな」

「はい。ちょっとご縁がありまして」


 奴隷オークションで僕を競り落とそうとしていたとは、さすがに言えない。


「まぁ、いい。そっちに座れ。説明する」

「はい」


 僕とスンは、3人掛けのソファに座らせられた。

 反対側には1人掛けのソファが2つ並んでいて、そこにモラとロランさんが腰を降ろす。


「実は昨日、孤児院の件でここの組合に相談に来た際に、ちょうどジャンユーグ商会が違法に奴隷をかき集めているという訴えに対しての調査依頼があってだな」

「はい」

「近くの村の夫婦が出した安い依頼だったために、誰も請ける奴がいなかったようだ。ジャンユーグがこの依頼は請けないよう、色々とプレッシャーをかけていたみたいだったしな。そこで、孤児院の事もあったので、俺が依頼を受けたって訳だ」


 なるほど。

 昨日、ロランは孤児院を出た後、孤児院の立ち退きを避ける方法が無いかを調べるために、ここへ来て、ちょうど出ていた調査依頼を請けたって事か。


「俺は、ジャンユーグ商会の情報を集めるために、すぐに騎士団を尋ねた。犯罪絡みの情報は騎士団が把握している事が多いからな。だけど昨日は、ちょうど騎士団の隊長と打合せを始めた時に、ジャンユーグ商会から会頭が襲われているという連絡が入って……」


 ロランの話を整理すると、こうだ。


 僕がジャンユーグ商会の会頭室で暴れ、スンが廊下で他の部下達を止めていてくれていた頃、商会の手下の一人が助けを求めに騎士団に駆け込んだらしい。慌ててロランと騎士団がジャンユーグ商会に駆けつけると、中庭には死体が突き刺さっていたというので、そのまま突入し、強制捜査となった。


 結果、地下室には違法な手段で周囲の村から集められていた子供の奴隷が何人も閉じ込められていて、その場で騎士団の名の元に、ジャンユーグ商会の取り潰しと、ジャンユーグ氏の逮捕が決まった。


 ところが、


「俺達が会頭室に駆けつけてみれば、中は血だらけ、その上、そこにいたはずの会頭は行方不明。建物内を捜査し、残っていた関係者を逮捕して騎士団に連行した後、再び現場に戻ってみたら、シャルルとスンちゃんが戻ってきたという訳だ」

「そうなんですか……」


 そこでロランは横を向き、


「モラ。俺への依頼を改めて確認したい」

「はい」

「ジャンユーグ商会の違法取引の捜査および、違法性が認められれば関係者の捕縛、なお、その場合は、生死は問わない……だったな」

「その通りです」

「本依頼の過程において、受託者である俺が、同行者および協力者を募り、捜査や捕縛に当たる事に問題は?」

「ありません。契約条件に含まれています。ロランさんが騎士団に向かったのも、その流れですよね」


 そこでロランは、にやりと笑い、


「今回の捕縛にあたり、自らが囮となり潜入捜査に協力してくれたシャルルとスンだ」


 と、僕達二人を紹介してくれた。


「え、あ、あ、ああ!」


 ようやく、僕はロランの意図に気が付いた。


「はい、協力者のシャルルとスンです」

「ん」


 そして、モラに軽く頭を下げる。

 モラも、ようやく合点がいったのか、


「そういう事ですね。はい。私が今回の依頼に関する担当のモラです。今回は違法取引が解明でき、子供たちも無事に解放できました。本当にありがとうございます。王都政府を代表して御礼申し上げます」


 そう、深々と頭を下げた。


「それでジャンユーグは、今どちらに?」


 やば。

 どう言い繕おう……そう悩んでいたら、スンが突然、


「逃亡。供も連れずに蒼龍の迷宮へ逃げ込んだ」


 そう言いだした。

 ナイスな説明だ、スン!


 僕も、スンの言葉にかぶせるように説明を続ける。


「そうです。ダンジョンに逃げ込まれたので、僕達子供では追いかける事も出来ずに……」

「蒼龍の迷宮? あの時間に、あそこまで逃げたのですか」

「はい。なにやら不思議な道具を使って……僕達も無理やり」


 とりあえず、適当な事を言っておこう。

 どうやって戻ってきたかを突っ込まれたら、説明が難しいが、それも不思議な道具で。


「そうですか……わかりました。ジャンユーグは行方不明ではあるものの、限りなく死亡している可能性が高いとして処理します。本質的には、違法取引の犠牲となっていた子供たちの解放と、悪い噂の絶えなかったジャンユーグ商会の取り潰しが出来ていますので、依頼は達成という事で、報酬はお支払させていただきます」


「よし。これで万事解決だ……だが、今回だけだぞ」


 ロランが、僕の事を睨み、釘を刺してきた。


「目的が正しければ、手段は全て正当化される……そんな事は絶対無いからな」

「はい」


 それでは、まるっきりテロリストの論理だね。

 僕も、正当な復讐をしたと思っているが、正しい事をしたとは思っていない。


「ロランさん、ありがとうございます。これからは、こんな事はしません」


 自分の身に、火の粉が飛んでこない限り。

 その言葉は呑みこむ。


「まぁ、お前達が、孤児院の……エリカ達を助けてくれた事は聴いていたからな」

「そうなんですか」


 これは、情けは人の為ならずってやつかな。

 ジャンユーグは、因果応報。


 いずれにせよ、僕は復讐を完璧に果たした上で、無罪放免になったのだった。一件落着だな。

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