15.赤い悪魔

「シスター、いつになったら返事を貰えるんですかね」


 食堂に入ってきた男達のリーダらしき男は、エリカを睨みつけて、こう言った。


「まだ回答期限までは時間がありますよね? こちらも引っ越すなら、その引越先の手配もありますし、今、色々と金策もしていますので……」

「ほう、なら立ち退くと」

「いえ、出来ればこの場所は移りたくないので、今、その金策を……」


 エリカの言葉に、リーダの横に立っていた、いかにも強面担当といった感じのイカツイ男が#熱__いき__#り立った。


「おうおう、黙ってきいていれば、都合の良い事ばかり言いやがって! うちの会頭が優しいからって付け上がっているんじゃないのか?」

「そうだ、そうだ!」

「さっさと出て行け!」

「ジャンユーグ商会を舐めているのか!」


 ジャンユーグ?

 はい、ビンゴ。


 ゆっくりと立ち上がった僕は、ニヤリと笑った。

 ロランさんや、孤児院に出来るだけ迷惑を掛けずにこっそり乗り込むつもりだったんだけど、向こうからネタを提供してくれた。


 だが、ひっそりと立ち上がった僕に気がつくことなく、ジャンユーグ商会の面々は、口々にエリカに詰め寄っていた。そして、徐々にシスターの心が折れてきたのを、リーダの男は見極めたのか、手を上げ、部下たちを静めた。


「まぁ、私たちも無理を言うつもりは無い。この孤児院はこの街へ随分貢献してきた事もしっている」

「それじゃぁ……」

「そこでだ! ここに残るつもりであれば、約束どおり、更新料を収めて欲しい。勿論、期日まで、まだもう少し時間があるが……そうだな、手付という形で収めてくれれば、もう数日待つよう、私が会頭を説得しよう」

「解りました……それで、どのくらいご用意すれば……」

「いや、金よりも人だな。手付代わりに奴隷として何人か差し出せ。それで今日は引き下がるとしよう」


「そんな! この子達を差し出すなんて事は出来ません!」


 リーダの言葉にエリカが憤るが、


「嫌なら、さっさと出て行け。ほら、今すぐ準備をしろ!」


 そう、凄まれてしまう。


「そ、そんな無理を……な、なら……私じゃ駄目ですか……」


 エリカが自分の言葉に肩を落とし、顔を俯けたまま、力なく呟くが、


「30を過ぎた女に、商品価値なんかねぇ。ガキだから喜ばれるんだ」

「そんな……行き遅れたババァなんて、ひどい」


 いや、そこまで言ってないよ。

 思わず心の中で突っ込む。それにしてもエリカ、結構年齢を気にしているんだろうな。さっさとロランとくっついちゃえばいいのに。


「シスター! 僕が!」

「シスター! 私が!」


 エリカが打ちのめされた姿をみて、これまで息を呑んで一言も発しなかった子供たちが、口々に健気な言葉を発した。だがここは、#本来の目的__・・・・・__#にも沿う、中身も大人な『俺』がここは動くべきだろう。


 ダン!


 そこで、僕は足で思いきり床を鳴らし、全員の気を引く。


「なんだ、坊主。お前が行くのか?」

「うん。僕とスン……この二人でいいかな?」


 僕の言葉にスンが椅子から降り、僕の横に立つ。


「ほぅ……」


 失礼なことに僕にはあまり興味が無さそうだったが、スンを舐めるように見回したリーダは、ニヤニヤと笑いだした。視線を素通りした事に少し凹む。


「確かに需要がありそうだな。だが、足りない。あと2、3人は」

「だったら!」


 僕は声を上げ、リーダの男の言葉を止める。


「ジャンユーグ氏は、僕を探していたはずだ」


 そう言い、


(ググ、頼む)


 そう念じた。

 その瞬間、僕のローブは、いつもの龍鱗の赤い鎧に変化する。


「その姿は……」

「ジャンユーグ氏は僕を探していたんじゃない? 僕とスン、この二人を連れて行くことで、今日は納得してくれないかな」

「……いいだろう。十分だ」


 リーダは納得してくれたようだ。


「シャルル君、スンちゃん……あなたたち……」

「エリカお姉ちゃん。心配しないで」


 僕はエリカに負担をかけないよう、にっこりと笑う。


「今日はご馳走様でした。ロランさんにもよろしくお伝えください」

「でも……」

「大丈夫」


 そして、エリカに近づくよう手を振り、腰をかがめ近づいたエリカの耳元に、


(むしろ、この後、大騒ぎになって迷惑をかけちゃかもしれないから、ロランさんには謝っておいて)


 そう囁き、


「さあ、もう食べ終わったし、連れて行ってくれるかな。商会へ」


 僕はにこやかに、こう宣言をした。


----- * ----- * ----- * -----


 孤児院の外で待機していた馬車に揺られ30分。僕達はどこか見覚えのあるジャンユーグ商会に到着した。ジャンユーグ商会は石造りの大きな屋敷だ。外から窓の数を数えてみる限りでは、多分4階建てなのだろう。


 立派なものだ。

 そして、僕はオークション会場で50億という価格で買い取られた後、この場所に連れ込まれたのだ。そう、僕は戻ってきた。


 あの時の事を少し思い出し、僕は胃の中に冷たいものが落ちる感覚を味わった。


 屋敷は、商会用の玄関と、住居となっている玄関の2つの入口があるようだ。その商会用の玄関から入り、


「会頭はいるか?」


 受付カウンターで座っていた女性にリーダの男がそう言うと、


「はい。会頭室でお待ちです」

「わかった。おい、こっちだ」


 リーダは僕の頭を軽くこずき、奥の廊下へ案内する。

 受付の所で、ここまで一緒に付き従っていたリーダの部下達は解散した。まぁ、チンピラという位置づけなんだろうな。どうやらジャンユーグにお目通りは叶わないらしい。運が良い事だ。お前ら、#命拾い__・・・__#したぞ。


 受付から真っ直ぐ進む廊下の奥に大きな扉があり、そこを開けると、更に廊下が続いていた。だが、そこからは廊下の両側は檻のようになっていた。


「ここにいる皆さんは?」

「あん? ああ、ここにいるのは、お前のお仲間になる商品だ」

「そう……ですか」


 檻の中には2人から3人の人がいた。中には頭の上に耳があったり、尻尾が生えていたり、顔中毛で覆われたりと、普通の人間じゃない人も混じっている。あ、よく見ると、僕を追いかけたオーガの仲間もいるようだ。思わず、その時の事を思い出し睨みつけてしまった。


 だが、僕に睨まれたオーガは睨み返してくるような事もなく、なんの反応も見せなかった。それだけじゃない。檻の中の誰一人、歩いている僕に対し視線は送るものの、その目に何の感情も浮かんではいなかったのだ。


 僕はその事に気が付き、一瞬怯んでしまった。


「そう怯えなくても、この後、すぐに仲良くなれるさ」


 僕の表情を勘違いしたのか、リーダは下品な笑みを浮かべ、僕にそう言ってくる。


 だが、僕は檻の中に入れられると怯えた訳ではない。

 人があそこまで無感情な状況になれるのかと、怯んだのだ。


 ……いや違う。僕は知っている。自分の身体をまるで物のように扱われ、なんの価値も無いと信じ込まされる状況が、この場所に起こった事を。同じ人間を、物のように扱う「鬼」の存在を。


 僕はもう一度、檻の中にる人たちを見回すと、軽く頷き、前を向いた。


----- * ----- * ----- * -----


 廊下を進んだ後、階段を登り、4階にある大きな2枚扉の前まで歩かされた。エレベータとかエスカレータは無いのかよ。不便だ。


「会長、俺です」


 リーダの男が扉をノックをすると、内側からドアが開かれた。

 自動ドアかよ!


 そう思ったが、中には黒い執事服のような格好をしている男がいて、リーダの声を聞いてドアを開けたようだった。


 ドアの中は豪奢な作りの部屋になっており、中からシャガレた声が響いた。


「おう、戻ったか。どうだ、孤児院は?」


 ああ、間違いない。どこか特徴のある、その声はよく覚えている。


「会頭! それよりも、見つけました!」

「見つけた? 何をだ」

「ほら、入れ」


 リーダーは僕の首根っこを持ち、部屋の中へ強引に投げ入れた。

 僕はあえて抵抗はせず、転がりながら部屋へ入り込む。若干、わざとらしい感じで、スンが僕の元へ駆け寄り、怯えたように僕にしがみつく。


 そもそも、スンの表情は変わっていない。これはこの状況を完全に楽しむモードに入っているね。悪い子だ。思わず僕もニヤつきそうになって慌てて怯えたように周囲を見回して誤魔化す。


 僕が放り込まれた部屋は大きなソファと机の応接セットがあり、ドアの左側に大きな本棚。応接セットの奥はもう暗くなっているのにベランダへ出るための扉が開かれ、ベランダでは蝋燭に火が灯され、なんとも言えない幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 奴隷商会の癖に、センスが良いな。


 そして、声はドアの左側にある大きな本棚の裏から聞こえてきた。


「会頭が探していた赤い鎧の小僧です」

「なんだと!」


 部屋の奥から驚く声が響き、中からガマガエルのような顔をした男が、のそのそと出てきた。


「おう! よくやった! ノエル山の山賊どもに依頼したのだが、あれっきり連絡も寄越さない。全滅したのか、持ち逃げされたのか……明日にでも騎士団に討伐隊を組ませて追い込みをかけるつもりだったのだ。それで、どこにいた?」


「はい、偶然、孤児院でみつけました。あそこで集めようとした奴隷替わりに、こいつらを連れてきました」


「公都に戻っていたのか? 一体どうやって……まぁ、いい。よくやった。だが、そもそも、この小僧はわしの持ち物だ。それでは担保として足りん。明日、もう一度孤児院に行って、ガキどもを数人連れてこい」

「はっ、解りました」


 ジャンユーグとリーダーが僕の頭越しに、そんな話をする。

 いやぁ、こいつら駄目だね。クズすぎる。あんな幼い子供達を強引に奴隷にするなんてな。これほど解りやすい悪役っぷりに感心するよ。


 それに、僕は恨みも恩は忘れない4歳児なのだ。

 ほんの数時間だけどお世話になった孤児院を護るために立ち上がろう。ついでに恨みも晴らす。


 さて、それじゃぁ、#殺__や__#ろうか。


 そう思い、雰囲気を出すためにユラリと立ち上がったのだが、僕の精一杯の演出を無駄にするかのように、一人の男が会頭室へ駆け込んできた。


「ボス!」

「どうした! 急に入ってくるな!」


 ジャンユーグが駆け込んできた男を睨みつける。

 ちっ!

 僕の演出が無駄になった。仕方ないので、もう一度、やり直そう。とりあえず、良いタイミングまで待とうと、膝を抱えて座り込んでみる。それに倣って、スンも膝を抱え見学モードに入る。


「例の山賊を一人、連れ帰りました!」


 駆け込んできた男は見覚えがある。

 ダンジョンの縦穴に僕を放り込んだ御者だ。


(お一人様確保!)


 僕は心の中で呟く。

 御者の男も僕をみて、


「お前、生きていたのか……」


 そう驚いている。

 だが、僕達が各々と思いで視線を交わしているのにはお構いなくジャンユーグが怒鳴る。


「連れてこい!」

「はい……でも、ちょっと気が触れているようで」

「いいから連れてこい!」

「はい!」


 そう言われて、御者の男は慌てて部屋の外へ出ていった。


「何かダンジョンで遭ったんですかね?」

「知らん、あの山賊どもはダンジョン探索も慣れているからと言っていたから高い金を払って任せたものを……」


 へぇ、あいつらダンジョンには慣れていたんだ。

 まぁ、1ヶ月くらいかけてあの人数でダンジョンに潜っていたと言っていたし、そういう集団だったって事なんだろう。ダンジョンって冒険者が探索するイメージなのだが、山賊も潜るんだね。


「連れてきました」

「ぎゃはははは」


 御者が、ヨダレを垂らし、大笑いしている両腕の無い男が連れられてきた。まだ、両腕を包む包帯から血が滲んでいる。


「何があったんだ」

「赤……赤……赤に殺される……」


 ジャンユーグがその男の様子に唖然として呟く。

 だが、山賊は周囲にはお構いなくヨダレを垂らしながら、キョロキョロと辺りを見回し、自分の腕に滲んでいる血に気がつくと、


「赤い! 赤い! 赤い!」


 そう叫びながら、その腕をブンブン振り回し始めた。


「おい、止めろ」

「はい」


 ジャンユーグの指示に御者が山賊を背後から押し倒し、床に押さえつける。


「赤……赤……!」


 床に押さえ付けられた山賊と、膝を抱え座り込んでいる僕の目が合う。


「悪魔! 悪魔! ぎゃはははははは」

「うわっ」


 その瞬間、血が滲んでいる肘から先が無い腕を床に押し付け、押さえ付けている御者を物ともせずにはねのけると、山賊は大笑いをしながら、突如猛ダッシュで応接セットの奥のベランダへ飛び出した。


「おい!」

「待てっ!」


 ジャンユーグとリーダが大声で静止するのも構わず、山賊は大笑いしたまま、ベランダを乗り越え、夜の闇に消えてしまった。


 確か……ここは4階だよな。

 両手もなかったし、受け身も取れずに落ちたんじゃないか?


 僕はそう考え、心の中で合掌していたのだが、跳ね飛ばされた御者は、慌てて飛び起き、バルコニーに出て下を見た。


「ボス、駄目です。ありゃ死んでます」


 まぁ、そりゃそうだろうな。


「どういう事だ!?」


 ジャンユーグはイライライしたように、そう御者を怒鳴りつける。


「わかりません。山の麓で両腕を失くしてフラフラしていたあいつを保護して、ここまで連れてきたのですが……馬車の中でも、ずっと『赤い悪魔』とブツブツ言っていただけで」


 そう言いながら、どこか気味が悪そうに、御者は僕のことを見た。


「くそっ」


 御者の説明に、更に苛立ちが増したのか、そこでジャンユーグはポケットの中からベルを持ち出し、荒っぽく鳴らした。


 ほんの数十秒で5人の男が会頭室へ集まってくる。


(おお、全員揃った……)


 僕の事を散々虐待してくれた面々が、勝手に揃ってくれたよ。

 彼らも僕に気が付いて、一瞬ぎょっとなったあと、ニヤニヤ笑い始めた。


「おい、外の死体を片付けろ。衛兵に嗅ぎつけられると面倒だ」

「死体ですか?」


 そう一人が呟くと、部屋に戻ってきた御者がバルコニーを指差す。部屋に入ってきた5人は、ぞろぞろとバルコニーへ行き、


「ああ、あれですね」

「うわ、首が完全に曲がってやがる。間違いなく死んでますね」


 口々に哀れなご遺体をみた感想を漏らす。


 膝を抱え座り込んでいた僕はその様子窺いながら、僕の横でいつの間にか同じように膝を抱えて一連のやりとりを見学していたスンに軽く合図をする。


「ん」


 スンが素早く立ち上がり、すたすたとドアの方へ向う。


「おい、お嬢ちゃん。どこに行くんだい?」


 ドアの近くで立っていた執事服の男がスンを止めようとするが、スンはその手を掴み、


「う、うわぁぁぁぁぁ」


 軽く反転して、その勢いでベランダの外へ投げ飛ばす。


「は?」

主様ぬしさま、あとはよろしく」


 ジャンユーグと、その部下たちが唖然とする中、スンは5人の男達が入ってきたまま開いていた扉から部屋の外へ出て、パタリとドアを閉める。


 僕はポリポリと頬を掻き、スンの気遣いに感謝をしつつ、今度こそと、ユラリと軽く身体を揺らし顔を伏せたまま、立ち上がる。


「ボウズ! おとなしく座っていろ」


 御者の男がようやく僕に気が付き、そう怒鳴った。

 だが、それを無視して、僕は顔を伏せたまま、こう言う。


「厨二病だと解ってはいるんだけど、一度言ってみたかったんだ」


「な、何をだ!」


 一番近くにいたリーダが、僕の肩を掴もうとしながら、怒鳴ったが、その腕を僕は軽く手で払って、吹き飛ばす。


「ひっ」


 リーダの腕から吹き出す血煙を浴びながら、僕はゆっくりと顔あげ、


「き、貴様……」


 ニヤリと笑い、こう宣言をした。


「It's Show Time」


 そして地獄が始まる。

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