14. 孤児院

「ロランおじさん、孤児院ってどこにあるの?」


 どでかい城壁から公都の中に入った。


「ああ、すぐだ」


 孤児院のような恵まれない人々の施設は、壁際に近い場所に配置されるらしい。スラムなんかもそうだ。まぁ、公都なのでスラムといっても、治安はそれほど悪くない。


 ロランがそうやって説明をしてくれた。


「ロランおじさんが泊まる場所も近いの?」

「俺か? 俺は入り口入ってすぐの場所だ。牛肉が有名な店でな……人類が初めて魔物を飼いならして増やした有名店で、この街に来るときは、いつもそこを使う事にしているんだ」

「魔物?」

「ああ、牛っていう魔物が地上に溢れた事があってな。それを捕まえ飼いならして食用にした変わり者がいてな」


 牛肉……牛肉は魔物の肉なんだ……。

 そういや、屋敷でも牛肉が出た事はなかったような。幼児だから食わせてもらえないのかと思ったのだが、魔物の肉だったとは……。


「そもそも、この場所を中心として公国として独立できたのは、牛肉のおかげだっていう話もあるくらいだしな」


 恐るべし、牛肉の力。

 でも、美味いよね。カルビ、タン塩、ミノにマルチョウ! 生ビールは子供だから無理か……いかんいかん、一瞬ヨダレが垂れそうになった。


「じゃぁ、おじさんとは、孤児院へ行っても、また会えるの?」

「うん? ああ、しばらくはここにいると思うから、宿に来てくれればいつでも会えるぞ」


 そうか。

 とりあえず、グローバルな人と知り合えたのは何かの役に立つだろう。父のことも知ってそうだし、公都に案内してくれた恩もある。新生シャルル君は、受けた恨みと恩は忘れない主義なのだ。


「ほら、シャルル、着いたぞ」

「ここ?」


 道の両脇の生活レベルが下がってきたな……と明らかに解る場所を抜けた先に木造の古い平屋の建物が建っていた。ここが、この公都での生活の拠点になるのかもしれない。少なくとも僕のやるべき事を果たすまでは、ここを離れる気は無いしね。


「随分、古いね……」

「そうだな……シスター! シスター!」

「……はい、どなた……あら、ロラン、久しぶりじゃない!」

「シスターも変わり無く」


 平屋の奥から、女性用の修道服を来た30代前後の女性が出てきた。赤毛の優しそうな雰囲気が滲み出ていて、どこか母を思い出させる。もちろん巨乳だからという訳では無い。いや、確かに大きいけど……。


 ロランは、シスターと挨拶を済ませた後、僕の背中を押し、


「どうやら旅の途中で、親を失ったみたいなんだ」


 いや、親は生きてるけどね。ロランがさっき言っていた勇者その人だって言ったら驚くだろうな。


「あら、可哀想……でも、うちだと今は……」

「何か問題が?」

「とうとうここも、立ち退きを迫られていて……立ち退かないなら更新料を支払うか、何人か奴隷として子供を差し出せって」


 ん?

 聞き捨てならない言葉が聞こえてきたな。

 どうも、奴隷というキーワードを聞くと、血が沸騰して見境なく暴れたい気分になるのは、完全に心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDって奴だよね。まぁ、それをこの世界で説明しても、父以外には通じない気もするけど。


「立ち退き料か……それは一体いくらなんだ? ある程度なら俺が融通できるが」

「いくらなんでも、ロランにそこまで頼る訳にはいかないし……それに、金額は……」


 シスターが声を落とし、ロランにボソボソと囁いた。

 よく聞き取れなかったが、ロランは驚いていた。想像していた額よりも、相当な高い金額なんだろう。


「くっ……わかった。俺が……俺が何とかしてやるから、少し時間を稼げ。期日はまだ大丈夫なんだろう?」

「ええ」


 ロランが何かを頑張って、孤児院を助けるそうだ。

 ロラン自身が、この孤児院とどういう関係があるのか知らないが、閣下と呼ばれるような身分の人が、ここまで一生懸命になるという事は、何かしら浅からぬ縁が、この孤児院にはあるのだろう。


 そう思って二人の事をじっと見ていたら、シスターが涙ぐみながら、ロランに身体を預け、ロランも両手で優しく抱き寄せた。


 ちっ!

 色恋沙汰か。


 ロランって偉いって思った僕の気持ちを返せ。前世で結局女性に縁の無かった『俺』の無念を、思い知らせてやろうか!


 ……そんな僕の視線に気が付いたのか、ロランとシスターは身を離し、


「と、とりあえず、シャルルを受け入れてくれないか。こんな小さいなりだが、大人のようにしっかりしている。他の子達の助けにもなるかもしれない」

「わ、解ったは。シャルル君、お姉さんと一緒に行きましょうか」

「はい、おばさん」

「……」

 

 シスターの顔が強張った。ロランはその様子に一歩後ろに下がる。そんなにヤバイ地雷だったのだろうか。ごめん、ちょっと二人の関係が羨ましかっただけだ。


「お姉さん」


 自分でも八つ当たりだと思ったので、言い直した。


「はい、よくできました。私はシスター・エリカです」

「お世話になります。エリカお姉さん」


 という事で、ほんの短い期間になるかもしれないけど、僕は公都における足がかりを得た。


「あ!」


 いかん、いかん。

 さすがに、ここで紹介しない訳にはいかないだろう……


「あのぉ……もう一人いるんですが、いいですか?」

「もう一人?」


 ロランが怪訝そうな顔をする。


「一応、お世話になるわけですし、正直に言っておきます。実は、僕にくっついて、ここに。もう一人いるんです」

「どういう事かな?」


 エリカが周囲を見回して、子供の姿でも探しているのだろう。でも違うんだよな。目の前にもうひとり、いるんだよなぁ。


「スン、いいよ」


 僕がそう言うと、僕の背中に背負っていたスンが、ちょうど僕の背中におんぶされた姿で現れた。


「えええ!」

「……」


 案の定、エリカは口をあんぐりとあげ驚いているが、意外にもロランの反応は薄かった。


「それは……魔具か?」

「魔具?」


 何それ? おいしいの?


----- * ----- * ----- * -----


 魔具について、ロランが説明してくれた。


 この世界では意思を持った道具を総称して魔具と呼ぶらしい。そして、魔具の中でも高位のものは、魔物や動物、そして人に変化すると言われているらしい。


「へぇ、スンって魔具だったんだ」

「ん」


 スンも肯定しているので、間違いないのだろう。


 刀以外にも色々あるそうだ。多分、僕を守ってくれているこの赤い鎧ググも魔具の一種なんじゃないかな。


「俺も実際に人に変化する魔具は初めて見たがな……」


 スンを見たロランが、そうやって感想を漏らす。。


「ところで、これって無断で公都に入った事になっちゃいます?」

「いや、魔具は基本的に所有物扱いだから、人化しても問題ない……はずだ」


 良かった。

 密入国したみたいになったら、ややこしいとは思っていたんだよね。


「まぁ、一応、目立たないようにしろ。ただでさえ、魔具は非常に貴重なアイテムだ。それが非常に珍しい、希少ともいっていい人化する刀だ。人に知れると襲われて奪われないとも限らない」


 そんな事をする奴がいたら、その日がそいつの命日だけどね。

 僕はひそかにそうやって決意をするが、


「まぁ、嬢ちゃんにも意思があるだろうから、盗んだやつが使えるとも限らないがな」

「私は主様ぬしさまのために用意された道具。他の人には膝を折らない」


 スンが嬉しいことを言ってくれた。

 さすがの相棒だ。思わず口許が緩んでしまう。


「という事で、僕とスンの2人なっちゃうんだけど……しばらくの間、僕達の事をお願いします。エリカ……お姉ちゃん」

「……魔具? もう私にはよく解らないけど、ロランが問題無いっていっているなら、いいんでしょう……」


 スンが突然現れた事のショックから立ち直ったエリカは、若干投げ遣りな感じでこう言った。


「悪いな」


 ロランがエリカの肩をポンと叩き、


「それじゃ、俺は金策に走る。数日で戻るから、エリカもこらえてくれ」

「無理しないでね」

「ああ」


 そういって、ロランは孤児院を出ていった。


「それじゃぁ、シャルル君にスンちゃん。部屋に案内するね」

「お願いします」

「……と、その前に、その鎧、脱いで普通の服に着替えてくれないかな」


 た、確かに……

 でも、このググがあったから、ここまで生きてこれたんだけど。正直、脱ぐのが怖い。


「ググ、何とかなるか?」


 とりあえず、鎧と思われないくらいに……と、そう思った瞬間、全身を覆っていた鎧が形を変え……ゆったりとした足元まである赤いローブに変わった。よくやった、ググ。


「これでどうでしょう」


 突然、鎧が変形した事に、再び口をあんぐりと開け呆然としているエリカに僕は聞いてみたのだが、


「……ええ、いいわ。もう、なんでも……」


 かなり呆れられてしまったらしい。

 申し訳ない。


 エリカの後を付いて歩くと、大きな部屋に案内された。部屋は両側の壁に、部屋を上下に分けるような大きな板が取り付けられていた。眠る際には、この上下に分かれて眠るのだろう。中央は広間になっており、低めの机と椅子が並んでいた。


 その椅子に座って、幼児から小学低学年くらいの子供が10数人、遊んでいる。


「ここは3歳から8歳までのお友達の部屋よ。この孤児院は3歳以上の子供を預かっているの。日中は簡単な勉強と掃除、奉仕活動。今は夕食前の自由時間ね」

「赤ちゃんは他の部屋?」


 孤児院っていう位だから、門の前に棄てられた乳児なんかがいるイメージがあるので、僕は聞いてみた。


「この子達より小さい子は、ここにはいないわ。2歳以下の赤ちゃんは、乳児院で面倒を見ているのよ」

「そうなんだ……じゃぁ、4歳の僕は年下の方なんですね」

「そうね。シャルル君より小さい子は、今は1人、男の子がいるだけかな」


 なるほど……

 椅子の上で、居眠りをしている小さな子供が、その子かな?


「あと、この部屋にはいないけど、9歳から13歳までの子供は男女別の4人部屋で生活をしているわ。そして、ここにいられるのは13歳まで。14歳になると、ここを卒業するの」


 エリカがそう説明してくれた。


「今は、8歳までの子が14人、9歳から13歳までの子が6人、全部で20人の子供と、私が、ここで暮らしているわ」

「年上の人は、意外と少ないんですね」

「そうね。養子に出ちゃう子もいるし、本人の希望で早めに卒業する子もいるから……」


 僕の質問にエリカが沈んだ口調で答えた。

 表情が暗くなるというのは、あまり良い話じゃないのかな。


「シャルル君は4歳ね。スンちゃんは?」

「……ひみつ」

「あ、そう……魔具に年齢を聞いちゃいけなかったのかしら……」

「僕と同じ4歳で」

「そうね。そういう事にしておきましょう」


 スンは、みためだけであれば、3歳でも通じそうだ。4歳設定で大丈夫だろう。


「二人ともしっかりしているから、4歳にはとても見えないから、若干の不安があるんだけど……まだ小さいものね。この部屋で寝泊まりしてもらいます」

「わかりました」

「それじゃぁ、みんなに紹介するね。年長班は食事の時間に紹介するわ」


 そして、エリカは部屋の入り口から大きな声を出す。


「集合! 新しいお友達よ!」

「「「「はーい」」」」


 2段の仕切りの上にいた子が飛び降りたり、昼寝をしていたのか寝ぼけた感じで出てくる子もいるが、僕とスンの前に全員が一列に整列した。


「今日からみんなのお友達になるシャルル君と、スンちゃんです。仲良くしてあげてね」

「「「「はーい」」」」


 幼稚園みたいだな……

 僕は前世でも別段小さい子が苦手という訳では無かったが、かと言って得意としている訳でも無い。14人も同時に子供の相手はきついかもしれない。


 僕よりは年長らしい女の子が両手を引っ張って部屋の中央に連れていってくれた。どうやらお世話をしてくれるらしい。


「シャルル君、どこから来たの? なんか、変な服」


 一人の子が僕の赤いローブを指差して聞いてきた。

 確かに! 孤児院で生活するような子供がする格好では無いな。赤いローブってどんだけ派手好きなんだよ……もう1枚上に羽織るとか、後でどうするか考えよう。とりあえず、どこから来たのかだけ、説明しておく。


「公都の外で旅をしていたんだけど、中に入れなくてね。そうしたら、ロランさんが僕の事に気が付いてくれて、可哀想だからとスンと僕をここに預けてくれたんだ。あ、ロランさんって知っている?」

「ロランさん?」

「あー私、知ってる!」


 スンの手を引いていた、少し背の高い女の子が、どうやらロランさんの事をしっていたらしい。


「ロランさんって、エリカさんのいい人だよ」

「いい人って何?」

「いい人はいい人だよ」


 きゃーっと、女の子が騒ぎ始めた。女の子は小さくても恋話が好きだね。

 それに引き換え男の子は、もう僕達に興味を失ったのか、それぞれ勝手に遊びだしている。


「主様、刀に戻っていい?」

「いや、頑張れよ」


 女の子のパワーに圧倒されたのか、スンが早くもぐったりしてた。


----- * ----- * ----- * -----


 少しすると夕飯となった。

 急にお世話になることになった僕達がいるのに、質素ながらも食事の量もしっかりしている。孤児院イコール貧しい生活という訳では無さそうだ。


 年長組への紹介も終わり、賑やかな食卓で僕はエリカにいくつか質問をぶつけてみた。


「ここって、大人はエリカお姉ちゃん一人なの?」

「毎日寝泊まりしているのは、私だけね。でも手伝ってくれる人が沢山いるから……」


 そうなんだ。

 この規模の孤児院で常勤者1名……日本だったら許可がおりないだろうな。


「以前はもっと賑やかだったのよ。昨年までは施設を立ち上げたマザーがいたんだけど、病気で亡くなっちゃってね。その後、他のシスターも故郷に帰ったり、病気になったりと続いてしまって……結局、私一人になっちゃったの。それでも、地域の協力でなんとか切り盛りしてきたんだけど……最近、この辺り全て取り壊して、貴族向けの新しい住宅街を作るという計画があるらしくてね」


 それが立ち退きって話なんだな。

 それを聞いて、僕だけじゃなく子どもたちも全員しんみりした。


 まぁ、これがフラグって訳じゃないんだろうけど、


 バターン!


 と、大きな音を立てて、食堂の扉を開けて、ドヤドヤとガラの悪そうな男達が入ってきた。さて小さなお子様の情操教育に悪そうなので、ここは穏便・・にいかないとね。


 僕は音を立てないよう椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。

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