第17話 実力

 夏実の打った手を、麗奈はじっくりと観察する。最近の囲碁の流行は、隅や辺といった端の陣地を手に入れることを重視して打たれる傾向がある。けれども、夏実の手は中央で激しくぶつかり合おうと誘ってくるような手だった。


 最初に打った手から、方針が転換していた。


 こちらの方が得意な戦法でよほどの自信があるのか、こちらの力量を甘く見てかかっているのか。いずれにしても、正面からぶつかり合ってくれるのは麗奈の得意な分野でもあり、都合がよかった。


(貴方のお手並み、拝見致しますわ)


 心の中でそうささやきながら、相手に選択を突きつけるような一手を放つ。


 無難に収められるが、相手が不利になるような手と、五分ではあるが局面が複雑になり最後まで指しきるのが難しい手。どちらを選んでくるかによって、相手の力量が推し量れる。


 夏実が間髪入れずに、難しい手を選んで打ってくる。


 相手の打った手には迷いがなく、覚悟を感じられた。それならば全力で相手をするまで、麗奈はそう思い、正面からぶつかり合う。


 麗奈は自分の実力には自信があった。小さい頃に兄の影響を受けて始めた囲碁だったが、負けず嫌いということもあり、兄に負けては何度も泣きながら挑戦し、いつしか兄を追い越すほどになっていた。


 そのうちに兄は受験に専念するために囲碁をやめてしまったが、麗奈のことを応援してくれ、プロを目指すための学校に入ることを後押ししてくれた。


 その学校でも今月から始まったランキング戦で四連勝と、自信を育てるには立派な成績を収め、このまま慢心せずにたゆまぬ努力を続けていこうと思った。


 特に同年代の相手とは、どちらかがプロになるか卒業するまで打ち続ける相手とあって、たとえ成績に反映されない対局であっても、負けらないと思った。


 けれども、打ち進めていくと麗奈は思う。この相手の実力を認めざるを得ないと。


 未熟な所がないわけではない。必ずしも百点満点の手を打ち続けているわけではないが、どうにも有利な局面には至らない。


 勝負勘が利くとでもいうのだろうか。要所要所では、的確に自分の石が死なないように立ち回り、こちらの打たれたくない場所が出来ると、先回りして打ち込んでくる。対局経験が浅そうな、印象通りの相手かと思っていたが、どうにも一筋縄ではいかなさそうだ。


 マニュアル通りの誰かが正しいと決めた手を丸暗記して、ただそれに従うだけの打ち手ではない。自分の頭で、身体で考えて打っている相手だ。

もしこの相手がしっかりと勉強をし、経験を積めば強力なライバルになるだろう、と麗奈は思った。だからこそ、今この段階では負けたくないと思う。勝負ごとにおいて、一回苦手意識を作ってしまうと、それを払拭するのはなかなかに難しい。逆にここを大差で勝ち切ることで、相手に苦手意識を作らせられるかもしれない。


麗奈は前のめりになって、勝負を決めにいこうとする。

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