第15話 一日の終わり

 門限の時間までに寄宿舎に戻り、そこから夕食や入浴などの自由時間となる。ここでも、朝と同じように食堂にて食事をすることができ、ようやく一息がつける時間帯となっている。


 けれどもそんな時間の後、二十時から二十一時までを学習時間とする規則が寄宿舎では定められていた。


 学習時間の間は、共同スペースである、学習室で勉強をしたり、宿題を行ったりする。規則で定め、他者の目を意識することで勉強を習慣づける要因になる。学園では中・高と一貫教育ではあるが、大学への進学を希望する人は多く、受験のために熱心に勉強をする人も多い。


「えー、また勉強するのー」夏実が悲鳴を上げる。


「大変だけれど、慣れてしまえば一時間なんてあっという間だから。それに夏実ちゃん、転入したばかりだから、勉強の範囲が変わって大変でしょう?」


「そうなんだよ、授業でも習ってないことがどんどん出てくるし、わけわかんなくなってくる」


 すっかり参っている夏実を、優子が丁寧に教えながら勉強する。ノートを見せながら、今日出た宿題について教える。


 学習時間が終われば、各室で自習をしているか、就寝の時間となる。二十二時半には消灯時間となり、強制的に明かりが消える。



「あー、ようやく終わったあ」パジャマに着替えた夏実がベットに倒れ込む。その様子を見て、優子が微笑む。


「慣れないうちは大変だよね。私も最初のうちは一日が終わるたびに、すっかり疲れ切っていたし」


「でも、とっても楽しい。学校の中は何もかもが新鮮で、人もたくさんいてビックリすることばっかり」


「ねえ、前の学校ってどんな所だったの?」優子が質問する。


「ここよりずっと小さな学校で、一クラスが十人ぐらいしかいなかったけど、みんな小さい頃から一緒だから仲がよかったよ」


「いいなあ、何だかそういうのって羨ましい。私、人が多いのは得意じゃないからどうしても引っ込んでばっかりで……」


「でも、一緒に囲碁をやる友達はいなかったけどね」


 夏実が思い返す。たとえ仲のよい友達であっても、幼なじみであっても、自分の全てを共有できるわけではない。


 友達と一緒に遊んだり、スポーツをしたり学んだり。同級生とはそうした学校生活を共に行い、囲碁はおじいちゃんと打つ。そうやって、色んな誰かと自分の一部分を少しずつ重ね合っていくことが、社会に出るということなのだろう。


 けれども、自分の大事なものをもっとたくさん誰かと重ね合わせたい。そういう気持ちを大人は恋と呼ぶのだろうか。今のあたしには分からない、と夏実は思った。


「私も碁会所に行ったり、大会に出たりして同じような年の子と打つことはあったけど、この学校に入ってからは特に変わったって思ったな」優子はそう言いながらも、ため息をつく。


 え、どうかしたの? と夏実が心配になって尋ねる。


「私、この学校に入ってから全然勝てていないんだ」優子が暗い表情になる。


 対局したときはあんなに強かったのに、と夏実は不思議に思う。他の人はそんなにもっと強いのだろうか。


 競技、というものの怖さに思いを馳せる。たとえどれだけ頑張ろうとも、素晴らしい囲碁を打ったとしても勝者になるのは一人だけ。競争というのはとても公平で、そして不平等だ。


 誰だって負けたくないと思っているし、努力だってしている。たとえ結果が出なかったとしても何かに向かったという事実そのものが消えたりはしない。未来は誰にも予測できず不安なものだ。けれど、それを理由にして挑戦することを止めたくはないと夏実は思った。


「大丈夫、優子ちゃんはとっても強いからそのうち勝てるよ!」励ましの言葉を口にする。


「うん、ありがとう」優子が、微笑みながら返事をする。


やがて消灯の時間になり、二人は眠りについた。

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