第15話、無から生まれるモノ・・・

「 どうやら、エリア3に取り付いたらしいな。 くそっ・・! ワシも、こんな後方で指揮を取らず、兵たちと共に行きたいものだ。 ペレスが羨ましいわい・・! 」

 双眼鏡をのぞきながら、ロメルが呟く。

 傍らでPCをリモートし、GPS端末を操作していたリックが言った。

「 橋頭堡を築いたら、行けますよ。 もっとも、その頃には、メインコンピュータは破壊されてるかもしれませんが・・ 」

 ロメルは、笑いながら答えた。

「 ふっ・・! そうかもな。 ワシの部下は、皆、勇敢で優秀だ。 期待しとる 」

 エリア3から、1キロほど離れた地点・・・ 指揮車を止め、仮指揮所とした、大きな砂丘の頂上だ。 デザートパターンのテントを張った下、無線士やレーダー解析員などの技術兵らが、前線から刻々と送られて来る情報の整理に追われていた。 リックも、彼らと一緒になって情報の解析を行っている。

 ターニャが、やって来た。

「 ・・リック・・ 」

 何か、言いた気な表情。

 ロメルは、ターニャの心情を察し、そっと、そこから席を外した。

「 ・・ん? どうした。 叔父さんが心配かい? 」

 キーボードを操作しながら、リックが尋ねる。

「 それもあるけど・・・ 」

 あとの言葉が続かない、ターニャ。

 モニターを監視しながら、ターニャに背を向けたまま、リックは言った。

「 心配するな。 デンバーや、フーパーも一緒なんだ。 大丈夫さ 」

 ターニャは、両手の指を前に絡ませ、下を向きながら、幾分、モジモジして言った。

「 ・・私・・ あなたに、何もお礼を言ってなくって・・・ 」

「 お礼? 」

 キーボードを打つ手を止め、リックは、ターニャを振り返った。

 少し顔を上げ、上目がちにしながらターニャは言った。

「 私・・ あなたに助けられて、駐屯地に帰って来られた・・・ 先の、燃料入手だって・・ あなたの提案と、勇気が無ければ・・ 未だ私たちは、クレンメリー渓谷で、足止めをされていたわ・・ もしかしたら、アンドロイド軍に発見され、全滅していたかもしれない 」

 リックは、笑いながら答えた。

「 助けられたのは、俺の方だ。 あのまま、砂漠の中で、干乾びていただろうからね。 君に逢えて、幸運だったよ 」

 その言葉に幾分、頬を赤らめ、ターニャは言った。

「 ・・そんな・・ 私なんて・・・ 」

「 どうしたんだい? 急に、しおらしくなって・・ ターニャらしくないぞ? 憎まれ口の1つでも、叩いてくれよ 」

「 ・・私・・ 私・・・ 」

 再び、下を向いてしまった、ターニャ。

 リックは、手を伸ばし、ターニャの肩に片手を置いた。 少し、ビクっとするターニャ。

 リックは言った。

「 こんな戦争・・ いつかは、終わる。 もちろん、人類の勝利でね・・! 平和な、その日が来たら、ゆっくりと・・ その、お礼とやらを聞かせてもらうよ 」

 顔を上げ、紅潮した表情でリックを見つめる、ターニャ。 リックが微笑むと、ターニャは、出逢って初めての、ぎこちない笑顔をリックに見せた。

「 リック中尉! ちょっと、来てくれますか? 3D映像解析で、分からないところが・・ 」

 レーダー解析員の声に、リックは、ターニャの肩を、軽く叩くとウインクし、無線士や技術兵たちの方へと、その場を離れた。

 頬を赤らめたまま、じっと、リックの背中を見つめているターニャ。 ロメルが近付き、ぼそっと言った。

「 ・・じれったいの~、ターニャ。 早く、告白をせんか 」

「 だっ・・ 大隊長っ・・! なっ、なっ・・ ナニを、おっしゃるんですかっ・・? わ・・ わた・・ 私は・・・ 」

「 ふわぁっはっはっはっは! アセっておる。 面白いのう~、ターニャは! 」

『 ジミーが現れたッ! 2個小隊くらいだ! 第5小隊が・・ あッ・・! 』

 和やかな雰囲気は、簡易無線らしい、その報告でかき消された。

「 どうしたっ・・! 今のは、クリスだなッ? 応答しろ! 」

 無線士が叫ぶ。

 ・・・無線からは、ザーザーという音しか聞こえない。 指揮所は、瞬時に緊張に包まれた。

『 ガーッ、ガガ・・ ガリッ・・ こちら、A中隊 第3小隊のハルトマン伍長です! クリスの小隊は、サムの砲撃で吹き飛びましたッ・・! 現在地、エリア3から地下5階へ入った4号通路! ・・ガガ、ザザー・・・ 敵の増援です! 』

 先程の声とは違う下士官の声が入って来る。 ロメルが無線機のマイクを掴み、答えた。

「 ハルトマン! こちら、ロメルだ! 増援は、多いのか? 」

 時々、ジジッと、ノイズの入る返信が届く。

『 何とか、凌げそうですが・・ 予定侵入路の、4号通路を閉鎖されました! 厚さ、4~50センチはありそうな・・ 鋼鉄製の防火扉です! 迂回路の指示を・・ うがっ・・! 』

 ・・・あとは、ザーというノイズ音。

 どうやら、伏兵が出て来たらしい。 先遣隊は苦戦している模様だ。

 また、違う声が聞こえて来た。

『 B中隊 第6小隊のバックナー軍曹であります! ハルトマンは、胸部に銃撃を受け、戦死・・! 現在、地下5階の4号通路から、ジジッ、ガガガ・・ ザー・・ 12号通路へ迂回中! C中隊と一緒に、地下6階へ向かいます! 』

 再び、ロメルが、マイクを握って応答する。

「 ロメルだ! A中隊の損害は、どのくらいだっ? 」

『 A中隊は、ほとんどが戦死・・ おいっ、伏せろッ! ・・我がB中隊も、半数が消耗かと・・! 』

「 エリア3の前から、随分とヤリあっているからな・・ C中隊の野郎共は、無事かっ? 」

 銃声や爆発音が入り乱れ、そのあと、ペレスの声が、やや遠めで聞こえた。

『 あちこち、ブッ壊しながら進んでまーす、大隊長ォッ! ベラルス、右だッ・・! ランチャー、ブチ込めッ! デビー、コッチに来いっ! 』

「 ・・ぬうう~・・! こうしちゃ、おれんッ! ワシも、前線へ行くぞッ! 橋頭堡なんぞ、要らん! 」

 ロメルが、拳を握りながら言った。 先程のバックナーという軍曹からの次電が入る。

『 どうやら、中枢区画に到達した模様! しかし・・ 閉鎖されています! 黄色いペイントの防護隔壁が閉まっていて・・ 先へ進めませんっ! この扉の向こうが、メインコンピュータ室だと思いますが・・ 迂回しようにも、ここいらの略図がありません! 現在地点も、不明! 指示を・・! 』

「 電子ロックの、防護壁だわ! 間違い無く、メインコンピュータ室の、真ん前よっ! 目標は、その中よ! 」

 ターニャが叫ぶ。

 ロメルが、マイクに向かって言った。

「 技術兵は、おらんのかっ? ロックを解除して、侵入しろッ! 場合よっては、破壊せえっ! 」

『 中隊・小隊の技術兵は、全て戦死しました! 扉は、鋼鉄製のヤツです。 おそらく、数十センチはあるかと・・ 戦車砲でも、打ち破るのは無理かと思われます! 』

「 解除して、入るしか無いのか・・! 」

 唇を噛みながら、搾り出すような声で呟く、ロメル。

 多大な犠牲を払いつつも、ようやく辿り着いた目標地点・・! しかし、その目の前で、またしても足止めである。

 ロメルが指示を出す。

「 バックナー軍曹! 解決策を思案する! その場を確保し、待機だ! 」

『 了解! 通路を占拠し、敵襲に備えます! 』

 無線を切ったロメルに、リックが言った。

「 ・・大隊長。 私が、行きます・・! 」

「 リック・・! 行ってくれるのか・・? 」

 じっと、リックを見つめるロメル。 毅然とした表情で、リックは答えた。

「 技術兵がいないのでは、どうしようもありません。 防護壁は、厚さ40センチ以上ある電子ロックの扉です・・! 報告にもあった通り、戦車砲でも、ビクともしないでしょう 」

 ・・・リックの決意に、ターニャの表情が、にわかに曇った。

 ロメルが決断する。 無線機のスイッチを入れ、マイクを掴むと叫んだ。

「 こちら、ロメルだ! バックナー軍曹、そこまでの迂回経路を報告しろ! コッチの技術士官が、開錠しに行く! 」

『 申し訳ありません、ロメル大隊長! あちこちを迂回して来て・・ どうやってここに辿り着いたのか、自分たちには、全く分かりません・・! 』

「 ・・くっ・・! 」

 再び、唇を噛む、ロメル。

「 バックナー軍曹、了解した・・! 指示を待て 」

『 了解しました! 』

 ロメルが無線を切った時、今度は、ターニャが叫んだ。

「 私も、参りますッ・・! 」

 リックが言った。

「 冗談じゃない! 危険が多過ぎる。 携帯無線で連絡を取り合い、何とか到達してみせる! 」

「 ポリス内は、網の目のように通路があるのよ? マゴマゴしてたら、敵の増援が来ちゃうっ・・! あそこを、走り回った事のある私よ? 必ず、到達出来る自信があるわ! あなた1人じゃ、無理よ・・! 」

「 ・・・・・ 」

 ターニャは、続けた。

「 私を・・ 女と思わないで・・! 私は、兵士よ! 人類を、危機から救うのっ! こうしている間にも、正面の主力軍では・・ 沢山の兵士が、命を落としてるのよ・・! 」

「 ・・ターニャ・・! しかし・・ 」

 リックは、判断に迷った。 しかし、リックを見つめるターニャの目には、心に決意した強い意志が感じられる。

 ターニャは追伸した。

「 ・・それに・・ あなたといれば、絶対、安心だと思うから・・! 」

「 ターニャ・・! 」

 思いがけない言葉に、少々驚く、リック。

 ロメルは、リックの肩を掴み、ターニャの肩にも片手を置いて、言った。

「 ・・頼む、2人とも・・! お前たちにしか、出来ない事だ。 行ってくれ・・・! 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る