第4話、仲間

 砂漠の遥か彼方に、軍用車両のような影が幾つも見える。 大型の自走砲もいるようだ。

「 あれよ、リック! 待っててくれたんだ! お~い! 」

 多少、体力が回復したターニャ。 聞こえる訳も無いが、疾走するエアバイクの後部座席から身を乗り出し、嬉しそうに声を出した。

 ・・・どうやら、解放軍のコマンド部隊らしい。 ターニャが所属する、第42軍の部隊だろう。

 近付くにつれ、徐々に、軍用車両群が良く見えるようになって来た。 大型の自走砲の他に、広角砲やロケットランチャーを積載した車両の姿も確認出来る。 中隊規模の武装集団だ。

 黄色のひし形に、イタリック書体の黒い『 1 』の数字が描いてある部隊章が、装甲車の横腹に見える。 ターニャが所属する、第1レンジャーの部隊章だ。

 兵員輸送クローラ車の上に立っていた兵士が、近付くリックたちのエアバイクを見とがめ、仲間に何か叫んでいる。

 やがて、リックたちのエアバイクは、部隊の野営地に着いた。


「 ターニャだっ! みんなーっ! ターニャが、帰還したぞおぅっ! 」

 数人の兵士たちが、車両から飛び出して来た。

「 よく戻ったな・・! ターニャ! 」

「 死んじまったかと、思ったぜ! 」

「 おい、水だ! バケツごと持って来い! 」

 エアバイクを降り、数人の兵士に囲まれる、ターニャ。

「 ベラルス! フーパー! ただいま。 待っててくれたのね? 嬉しいっ・・! 」

 ちょびヒゲを生やし、サングラスを掛けた男が、答えた。

「 おめえを、置いてけなくてな! 曹長が、大隊長に頼んで、明日まで駐屯するつもりだったんだよ。 良かったぜ! 曹長に、礼を言いな 」

 右手の親指で後を指しながら言う、ちょびヒゲの男。 彼の後ろには、いかにも古参、と言った風貌の男がいた。 軍服に、年季の入ったテンガロンハット。 腕には、1等曹長の階級章を付けている。

 ターニャは、その男に抱きつくと言った。

「 有難う、ペレス叔父さん・・! 」

「 ターニャ・・! 良かった・・! よく戻った。 心配したんだぞ? 」

 この古参曹長は、どうやら、ターニャの親戚らしい。

 ちょびヒゲの男が、リックの方を向いて言った。

「 あんたが、ターニャを連れて来てくれたんか? 」

 傍らにいた、やせた兵士が言った。

「 ・・コッ、コイツ・・! よく見たら、政府軍の軍服を着てるぜッ! 敵兵だっ・・! 」

 手にしていたアサルトライフルを構える。 ちょびヒゲの男も、腰の拳銃に手を掛けた。

「 待って、フーパー! その人は・・・! 」

 ターニャが、リックとの間に入る。

 リックは言った。

「 俺は、このお嬢さんの捕虜だ。 名前は、リック・ホーキンス。 階級は中尉・・ 」

「 ・・ナンだと~・・・? 」

 ちょびヒゲの男が、改めてリックをジロジロと見た。

 ターニャが、リックから渡されていた拳銃を見せながら追伸する。

「 そうなの・・! ホラ、これで脅してさ・・! ついでに、エアバイクまで調達して、ココへ来たの! 捕虜なんだから、乱暴しちゃダメよ! 」

 やせた男が、ライフルを構えたまま言った。

「 ・・コイツ・・ 技術士官だぜ・・! 科章を、4つも付けてやがる。 見た事もねえ、エリートだぜ・・? 」

 先程の曹長がリックを見据えたまま、静かに言った。

「 ・・ベラルス。 大隊長を呼んで来い・・! 」

 ベラルスと呼ばれた、やせた男は、リックの顔を警戒の表情で見ながら歩き出すと、小走りに、テントの方へと走って行った。

 ・・・曹長は、じっとリックを見つめている。 何か、リックの心の中を読んでいるようでもある。

 やがて、曹長は言った。

「 リック・・ とか、言ったな・・? お前は、捕虜として軍法規律に則り、その身柄は、我々が拘束する。 だが、ヘタな動きをすれば、スパイとして即刻、射殺する。 ・・いいな? 」

 諭すように言う、曹長。 その目の表情からは、単なる脅しでは無い事が読み取れた。

「 分かった。 大人しくしていよう。 ・・水をくれないか? 」

 曹長は、ちょびヒゲの男に言った。

「 フーパー。 お前に預ける・・ 飲ませてやれ。 気を抜くんじゃないぞ・・! 」

 ちょびヒゲのフーパーは、自分の腰に付けていた水筒を取り、リックに投げ渡した。

 水筒の蓋を取り、中の水を、ラッパ飲みしようとしたリックに、フーパーは言った。

「 ・・ヘンな病気、持ってねえだろうな? 」

「 それは、コッチのセリフだ 」

 リックの答えに、フーパーは、ニヤリと笑って答えた。


 やがてベラルスが、1人の将校を連れて来た。 歳は、50代。 鼻の下に、白髪混じりのヒゲを生やしている。 深く刻まれた、顔のシワ・・ 歴戦の猛者である事を、うかがい知れるような雰囲気を漂わせている男だ。

「 ターニャ、ご苦労だったな! よく戻った 」

 バケツの水で手足を洗っていたターニャは、姿勢を正すと敬礼し、言った。

「 ロメル大隊長! 待っていて頂いて、有難うございます! 」

 ロメルという将校は、ターニャの肩に手を置くと、笑いながら答えた。

「 ペレス曹長から脅されてな。 ここを撤収するんなら、ポーカーの負けを清算しろ、と言われたよ。 報告は、後で聞く 」

 ロメルは、リックの方を向くと続けた。

「 ・・ヤツかね? ターニャが捕虜にした士官と言うのは・・ 」

 穴の開いたジュリ缶に座り、衛生兵の問診を受けていたリック。 ロメルは、リックに歩み寄ると言った。

「 第1レンジャー の、ロメル少佐だ。 ・・ほう、特務士官かね・・・! これはまた、えらいエリートを捕まえて来たものだな 」

 自走砲の弾薬が入っていた木箱をリックの近くまで引いて来ると、そこに腰を下ろし、ロメルは続けた。

「 ワシは、元来、エリートが嫌いだ。 ウンチクばかりで、屁の役にも立たん・・! だが、見かけで人を計っちゃ、イカンよのう? 少々、話しをしようか・・ 所属と階級は? 」

 先程、フーパーからもらった水筒の水を飲み、蓋を閉めながらリックは答えた。

「 第7管区、第25前線観測基地所属、監視サイト主任・・ 階級は、中尉だ 」

 ロメルが言った。

「 超重磁力爆弾の・・ 6号が直撃した地域にあった観測基地だ。 よく生きていたな 」

「 シェルターにいたのさ。 点検で、偶然にね・・ 」

 じっと、リックを見つめるロメル。

「 ・・偶然生き残ったヤツに、偶然会い・・ ターニャは、帰って来れた・・ か。 ふ・・ふ・・ 偶然ってヤツは、面白いものだな・・ 」

 ロメルは笑った。

「 偶然、エアバイクがあった・・ ってのも、また、偶然だ 」

 リックが返す。

「 ふわっ、はっはっは・・! 全くだ。 はっはっはっは! 」

 愉快そうに笑う、ロメル。

 傍らで、パソコンを操作していた、腕に刺青のある兵士が、ロメルに報告をする。

「 大戦前のデータと照合しました結果、第25前線観測基地に、特務士官が1人いた事が判明しました。 階級は中尉。 名前は、リック・ホーキンスです 」

「 ご苦労。 ・・さて、リック中尉・・ 偽り無き、誠意ある申請、まずは感謝する。 君には、3年間の空白があるようだな。 少々、説明をしなくてはならないようだ。 聞きたいかね? 」

「 無論です 」

 即座に答える、リック。

 両肘を両膝に乗せ、少し、前かがみになってロメルは言った。

「 君が、シェルターに閉じ込められた後も・・ 生き残った政府軍と解放戦線は、尚、戦った。 ・・バカな話しだ。 そうは思わんかね? 」

 無言で頷く、リック。

「 アンドロイドたちの、思う壺だったのだ・・! 消耗していた人類は、更に消耗した 」

 ポケットからタバコを出し、火を付けるロメル。 そのうち1本を、リックに勧める。 無言のまま、タバコを1本もらい、口にくわえるリック。 ロメルはリックのタバコに、火を付けながら続けた。

「 アンドロイドたちは、ここから北へ50キロほど行った所にあるライトポリスに、自分たちの政府を創った・・! 」

 ライトポリスは以前、政府軍の重要拠点基地だった場所である。

 リックは、煙をふう~っと吐き出しながら言った。

「 ・・つまり、地球上は・・ 3分割された、ってワケですか? 」

 ロメルは、頷きながら答える。

「 そうなるな・・ 政府軍と解放軍・・ そして、アンドロイド軍だ。 なんとも、お粗末な話しだ 」

 リックの想像は、当たっていた。 今や、この地球上には、3つの勢力が存在する・・・!

 ロメルは続けた。

「 人類は、長引く戦争で、衰弱し切っている。 ここぞとばかりに、アンドロイドたちは、我々に戦いを挑んで来た・・! 」

 砂丘の上でリックたちを襲った戦闘ヘリも、政府軍のアンドロイド部隊では、無かったと言う事らしい。

 リックは言った。

「 もう、政府軍だの、解放軍だのと、言い合っている場合では無いでしょう・・ 協力しなくては・・! 」

 ロメルは、しばらく、じっとリックを見つめた後、答えた。

「 ・・君みたいな士官が、政府軍の高官にいたら・・ 事態は、もっと人類に有利に展開していただろうな・・ やっと今、政府軍との休戦協定が、事務官レベルで話し合われているところだ。 実際には、停戦合意されてはいないが・・ お互い、戦闘を自重・自粛している。 今、一番厄介なのは、政府軍と遭遇した場合だ。 闘った方が良いのか、戦闘を避け、引いた方が良いのか・・・ 政府軍も、同じ事を考えているだろう 」

 どうやら、人類同士は、和解への道を模索しているようだ。

 しかし・・ 政府軍・解放軍が協力して立ち上がったとしても、アンドロイド軍に立ち向かう余力は、残されているのだろうか・・?

 短くなったタバコを、指先で摘みながら吸い、リックが言った。

「 アンドロイドは、全て、命令系統で動いている。 ホストのメインコンピュータを破壊しなくては、埒があかないでしょう・・! 」

 ロメルは、砂の上にタバコを落とし、砂を掛けて火を消しながら言った。

「 その通りだ・・! だからこそ、コマンド部隊を編成し、ライトポリスに潜入させたのだ。 ・・戻って来たのは、ターニャだけだったが・・ 」

 煙を鼻から出しながら、ロメルは、傍らにいたターニャを見上げた。

 足元の砂を見つめ、力無く言うターニャ。

「 ・・ボッブスも、ミゲルも死んじゃった・・! メインコンピュータの位置を確認して、そこに辿り着いた時には、部隊の半数は戦死していたわ。 画像無線で、位置のデータを送信しようとしたんだけど・・ 妨害電波で、送信出来なかったの・・! 」

 ロメルが立ち上がり、ターニャの肩に手を乗せながら言った。

「 だが、帰って来てくれた・・! お前は、唯一、メインコンピュータの位置を知っている人間なんだ。 後方へ戻り、見取り図作成に全力を尽くしてくれ 」

 頷く、ターニャ。

 リックは言った。

「 だから、無謀でも・・ 歩いて帰投しようとしていたのか・・ 」

 ターニャには、どうしても、仲間の元へ帰らなくてはならない理由があったのだ。 死ぬと分かっていた強行軍・・ それでも、実行しようとしていたターニャの心境を理解するリック。

 ターニャは言った。

「 ライトポリスを、脱出する時・・ ハイマンとホッジスが、あたしを逃がしてくれたの・・2人とも銃弾の雨の中・・ あたしの為に、ハチの巣になって・・! 」

 両手で顔を覆い、泣き出すターニャ。

 ロメルは、無言で、ターニャの肩を抱いた。

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