ロマンを求めて……

ヨーグリーナちゃん

第1話

「くそー。今日もあまり良いクエストはなさそうだな……」

 平凡な冒険者装備の少年、カズマはクエストが張り出されているボードの前でため息を吐いた。賑やかしいギルドに対して彼の表情は暗い。

 最近は生活費や借金返済もあり金欠気味で何かわりの良いクエストでもないかと探してみたのだが――やはり世の中そう甘くはないらしい。

「今日も昼飯は抜きか……ぐぅ」

 腹が空腹の遠吠えを上げていたが、我慢するしかない。背中を丸めながらカズマがボードに背を向けると、トントン、と肩を叩かれた。

「おい」

「あん? いま俺は機嫌が悪いんだ。しょーもねえ因縁つける気ならやめた方がいいぜ?」

 苛々していたカズマは振り返りざまにそう吹っかけて、背後にいたのが背中に大剣引っさげたフレディ=マーキュリー似で筋肉隆々の大男だと分かると電光石火で土下座した。

「すみませんでした」

「……急にどうした」

 あまりに綺麗な土下座にフレディ=マーキュリー似の大男(以後フレディと命名)は若干引きつつ。

「おい小僧、ちょっと話がある」

「話っスか?」

「ちょっとあっちで話そうぜ」

 フレディはカズマの身体を上から下まで舐めるように値踏みして、ニヤリと笑う。

 ゾクゥッと背筋に寒気の走ったカズマは速攻で踵を返した。

「あ、あー。なんかボク用事思い出しちゃったゾ。いっけね、アクアにお遣い頼まれてたんだったー」

「まぁまぁ、ちょっとあっちで話し合おうぜ。ムフッ」

「嫌だぁぁあああああああああああッ!! 俺にソッチの趣味はねえ! おホモ達なら余所で作れよ!」

 フレディは丸太のように太い腕をカズマの首に回し、暴れる彼をズルズルとギルドの端にあるテーブルまで引きずった。

 未だに泣きじゃくりながら暴れるカズマに、フレディは眉をひそめながら言った。

「おい、落ち着け。俺に男を抱く趣味はねえよ」

「な、なんだ……最初に言えよ。紛らわしい格好しやがって……」

 ホッと胸を撫で下ろすカズマ。こんなフレディ=マーキュリーモドキに貞操を捧げる気はない。

 と、そこでカズマは連れてこられたテーブルが異様な雰囲気であることに気が付いた。魚のようにギョロリとした目でナイフをベロベロと舐めている者や骨付きの肉に噛り付いているテンガロンハットを被った者、血の染みついた鎧で全身を包む騎士、緑色のトサカのような髪型でトゲトゲ肩パットに破れた革ジャンという世紀末スタイルの者など、一目で異常だと分かるような連中が集まっていた。戦闘に関してはド素人のカズマでさえも、彼らの実力は高いことを察することができた。

 すると、荒くれ冒険者の一人がカズマに気づいた。

「おっ、そいつで最後か?」

「ああ、今から交渉するところだ」

 フレディはそう言うとカズマに向き直り、彼に席に着くように促した。全員が席に着くと、フレディは神妙な顔つきで話し始めた。

「小僧。話というのは他でもねえ、俺達はとあるダンジョンを攻略したい。そのために集まったんだ」

「とあるダンジョン……?」

「ああ。ここから北西に二日ほど進んだ小さな山脈に古代遺跡を発見したんだ。こいつはつい最近発見した遺跡で、まだ誰にも手を付けられてない」

「おいおい、それってすごい発見なんじゃ……」

「ああ。だから他の誰かに見つかる前に攻略しちまいてえ。だが、遺跡にはこの辺りじゃ見ないような強力なモンスターが巣食ってやがる。こんな駆け出し冒険者ばかりの街の人間じゃ歯が立たねえんだ」

「それで仲間を集めてるってわけか」

「ああそうだ。俺が選りすぐった男達をこうして集めてみたわけだが、とにかく人数が欲しい。お前も仲間に加わってくれないか?」

「いや、普通に断るよ」

「……ッ!? 何故だ!!」

「断らねえと思った方がおかしいよ! 自慢じゃないけど、俺戦闘はからっきしなんだよ。普段戦闘はほとんど仲間に任せてるし……そんなヤバそうな遺跡、絶対死ぬに決まってる!」

「そこを頼む! 実力で劣る俺達は数に頼るしかないんだ!」

「実力で劣るって……そっちの人達すげー強そうじゃん」

「いや、こいつらは冒険者になってまだ三日目だ」

「俺より駆け出しじゃねえか!」

 テヘへ、と照れ臭そうに頭を掻く荒くれ冒険者改めド素人冒険者達。

「え、つかなに? その超強そうな雰囲気はなに!?」

「形から入るタイプなんだよ」

「見かけ倒しもいいとこだろ!」

 もしこの仲間に加わるとしても、彼らの実力が確かなのであれば自分は後ろの方でジッとしていようと考えていたカズマだが、この体たらくでは、一緒についていけば確実に死ぬ。

「何でよりによって俺なんだよ? 他にもいっぱい強そうなやつはギルドにいるぞ」

「俺には分かるんだ。本当の『漢』ってやつが」

「はあ……?」

 さっぱり意味が分からない。カズマはため息を吐きながら言った。

「……最後に聞くけど、そのダンジョンを攻略したとして報酬はいくらなんだ?」

「ん? ギルドから報酬なんてないぞ?」

「……、」

 カズマは目を線にすると、無言のまま席を立ち上がった。

「帰る」

「そうか、そいつは残念だな……」

 あれだけ懇願しておきながらフレディはあっさりと引き下がる。カズマはそのまま去ろうとしたが――



「女の裸体」



 ピタリ、とカズマの足が止まる。

 それを確かに感じ取りつつ、フレディは口端を上げながら、告げた。

「そいつが拝めるとしたら……どうだ?」

「くわしく聞かせてもらおうか」

 いつの間にか席に戻っているカズマ。テーブルの上で指を組みつつ、静かにフレディを促した。

「ふっ。やはり俺の見込んだ『漢』だぜ、お前は」

 嬉しそうに鼻の下を指でこすりながら、フレディは続けた。

「例の遺跡の最深部にはな、千里眼の効力を持ったアイテムが眠っているんだ」

「ほう?」

「しかし、ただの千里眼じゃあねえ。遠くの地や未来を見通すなんてちゃちぃ能力じゃないのさ。俺が遺跡を発見するのに使った古文書によれば、そのアイテムは――衣服を透視することができる、、、、、、、、、、、、、……ッ」

「ッ!?」

 カッ!! とカズマの瞳が見開かれる。全身を稲妻に打たれたような衝撃が駆け抜けた。

「そのアイテムがあれば公然と! 平然と! 堂々と! 女の裸を見放題だッ!!」

 興奮したフレディが拳を机に叩きつけた。

「だが……! ダンジョンに巣食うモンスター共は強力だ。生きて帰れる保証はない。古文書も古いもののだ。そんなアイテムはないのかもしれない」

 フレディはカズマの目をまっすぐに見据えながら言った。

「目標は西方の古代遺跡。敵はダンジョンに巣食う強力無比なモンスター共。報酬は『衣服を透視するアイテム』。これで断られたのなら仕方がない。俺も男だ。お前のことは潔く諦めよう。さてどうす――」

「おっさん。一つだけ間違えてるぜ」

「……?」

俺達、、が求めに行くのは衣服を透視するアイテムなんてもんじゃねえ。――『漢のロマン』だろ?」

「小僧……ッ」

「行こうぜおっさん。ロマンってやつを手にするためにさ」



 それからカズマ達は戦った。

 三日をかけて辿り着いた魑魅魍魎の巣窟。

 眼前に立ちはだかる強力なモンスター達や極悪なトラップを掻い潜り、乗り越えながら深く深くへと進んでいく。

 あまりの艱難辛苦に根を上げ、逃げ出そうとした者もいた。抜け駆けをしてただ一人だけロマンを手にしようとする者もいた。途中で投げ出してすべてを諦めようとした者もいた。

 だが、そのたびに立ち上がり、そのたびに手を取り合い、力を合わせて困難を乗り越えたのだ。

 最初は下卑た欲から始まったのかもしれない。ロマンという一つの目標を追っていたバラバラな男達は、一つ、また一つと幾多の試練を乗り越えていく内に何にも代えがたい絆を得ていったのだった。

「はぁ、はぁ……ここが最奥部か」

「やっとここまで来たぜ。長かったな……」

 岩を削り取って作られたドーム状の大きな空間。その奥に十メートルを優に超える巨大な門がある。恐らく宝物庫へ続く扉だろう。かすかに甘い匂いがする。

 カズマや他の男達はもうボロボロだった。度重なる激戦で消耗し、体力も限界近い。ここまで一人の犠牲もでなかったのは奇跡か、それとも男達の情熱と執念がなせる業か。

「さぁて。そんじゃまいっちょ拝ませてもらおうか。ロマンってやつをよぉ!」

 テンガロンハットの男、通称ウェスタンが一番乗りで巨大な扉へと駆け出した。

「はっ!? 待てウェスタン! このパターンはまずい……!」

「へ……?」

 ウェスタンがカズマの叫び声に振り向いた時にはもう遅い。突然、扉の前に黒い霧が発生し、その奥から伸びた巨大な腕がウェスタンの身体を薙ぎ払った。

「ぐぼぁ……っ!?」

「ウェスタァァァァァァァァァン!!」

「やはりやられたか……こういう時に一番乗りで飛び出すやつはロクな目に遭わないんだ」

 血を吐き、地面に沈むウェスタン。彼に駆け寄る間もなく、黒い霧の奥から黒い岩で形作られた巨人が現れた。その一体だけではない。広いドーム状の広場の中に無数の黒い霧が発生し、無数のモンスターが出現する。

「こ、こいつら……っ。ここに来るまでに倒した連中じゃねえか!」

「嘘だろ……あれだけ苦労して倒した敵が……」

「くそ、くそくそくそ! ここまで来てこれかよ! ちくしょう……!」

「これまでか……もう、終わりだ」

 復活したモンスター軍団に戦意を挫かれ、膝を折り武器を落とす仲間達。

 モンスター達はそんな男達に容赦なく襲い掛かる。

 緑トサカの世紀末男、通称ジャンキーを踏みつぶそうと双頭のゴブリンが巨大な棍棒を振り上げる。ジャンキーは完全に戦意を喪失しており、へっぴり腰で逃げようとするが間に合わない。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「うおおおおおおおおっ!!」

 棍棒が振り下ろされる寸前、勢い良く飛び出したカズマがジャンキーを突き飛ばす。直後、先ほどまでジャンキーがいた位置に棍棒が叩きつけられた。ゾッとするほどの重低音が響く。

「か、カズマ……」

「みんな落ち着けよ! なに諦めちまってんだ。手が滑ったのか? 武器を拾えよ。たかだかさっき倒した、、、、、、、、、、雑魚がまた出てきただけの話じゃねえか、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「け、けど……! 俺達にはもう体力が……」

「ゴタゴタぬかしてんじゃねえ。いいか、俺達は何のためにここに来たんだ? ここで力尽きるためか? 諦めるためか? 絶望するためか? 違うだろ!」

「は……っ!?」

 顔を上げ、カズマを見つめる心強き仲間達に向けて、カズマは精一杯の声を張り上げて告げた。

「俺達はロマンを追い求めてここまできたんだろうがッ!! 今さらこんなところでリタイアなんて御免だぞ。体力がないなら気合で凌げ。武器がないなら拳で殴れ。勝機がないなら、みんなで作ればいい!!」

 ぐっと拳を握りこんで、

「大丈夫。大丈夫だ。ここまで来れた俺達なんだ。熱いロマンを胸に秘めた俺達に敵はねえ。できるはずだ。みんなで力を合わせて、みんなで一緒に裸体(ロマン)を見ようぜ」

 仲間達へ振り返り、最高に最強の笑みを浮かべるカズマ。

 その言葉と笑みを見た男達は「へっ」と笑って、手を滑らせて地面に落とした武器を拾い上げる。

「ったく、えらくでけえ口を叩くじゃねえか小僧め」

「誰も言わないから俺が言っただけさ」

 フレディとカズマはニヤリを笑い合い、ゴヅッと拳を合わせた。

「いくぞテメェら!! 俺達の邪魔をするあのへっぽこモンスター共を蹴散らして、俺達のロマンを手に入れるぞ!」

『おおーっ!!』

 男達の野太い雄叫びと共に、全員が武器を持って駆け出した。

 作戦は簡単だ。カズマ達は一人一人の戦闘力は低い。そのため一対一では勝ち目がない。たとえ全員で総力戦に持ち込んだところで、敗北は必至。体力もなく、気合で持ちこたえているだけの状態なので長期戦も臨めない。

 そこで、カズマ達パーティは部隊を二つに分けることにした。

 一つ目の部隊が戦闘力の高い者達で構成された囮役。もう一つの部隊が素早さに自信のある者達で構成された少数精鋭の本命である。

 囮役の部隊が正面で敵軍団を引き付けている間に、本命の部隊が宝物庫に入って目的のアイテムを入手。その後は脱兎の如く逃げるという作戦だ。

「お前ら! 合言葉はーっ!?」

「「「「「「おっぱい、いっぱい、ぜったい、見る!!」」」」」」

 その言葉を皮切りに部隊は二手に分かれた。

「フットワークの軽い奴は俺についてこい! 敵の隙間を掻い潜って宝物庫に入るぞ!」

 カズマはできるだけ素早い連中を引き連れて、宝物庫へと走る。ただでさえ劣勢の部隊を二つの分けたのだ。囮役の方は長くは持たない。スピード勝負である。

(持ちこたえてくれよ、おっさん達!)

 カズマがそう願いながら宝物庫へと走っていると、途中で引き連れていた仲間の一人が突如悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

「なっ、ど、どうしたナックルボーイ!」

 吹き飛ばされたリーゼントのナックルボーイは、どうやら無事のようだが、何やら見えない空間を見つめて武器を振り回している。

「な、何やってんだ、あいつ」

 カズマが困惑していると、他の仲間達も叫び声を上げながら吹き飛ばされたり、何もない空間を武器で攻撃し始めた。驚いたカズマは囮役の部隊の方も見てみると、そちらでも同様の現象が起こっていた。

「何だ……何が起こってるんだ……?」

 混乱を極める仲間達に、カズマはとにかく先に進もうとまだ無事な者達を引き連れて扉の方へ行こうとしたが――その前に何者かが立ちはだかる。

「んな……!?」

 カズマの顔が驚愕に染まる。

 彼の目の前……扉の前に現れたのは、いつかに倒したはずの首なし騎士デュラハンだったのだ。

「おいおい嘘だろ……何であいつが……!?」

「どうしたんだカズマ!」

「どうしたもこうしたもねえよ! またあいつだ! デュラハンが出た!」

 カズマの言葉に仲間の一人、通称ジェイソンが首を傾げた。

「デュラハン……? そんなのどこにもいないぞ」

「はあ!? 何言ってんだ! あそこにいんだろうが。前に街を襲ってきた首なし騎士の野郎がさ!」

 どれだけ指をさしてもジェイソンは首を傾げるばかり。まるで見えていないかのようだ。

 そして今まで無事だったジェイソンや他の者達も次々と同じように「何でこいつが!」「また出やがったな……!」と武器を振り回して何かと戦い始めた。

 その光景を見つつ、カズマは妙な違和感を覚えた。

(おかしい……新手が出てくるならまだ分かる。ここは古代遺跡だ。まだ見ぬ強敵が現れることくらいは覚悟の上だった。けど、こいつはどうだ? 『新たな敵』じゃなくて『かつての敵』が出てきやがる。それも、それぞれ見えている敵が違うように見えるぞ……)

 状況が切迫していく中、カズマはハッと答えに辿り着く。

「そうか……そういうことか!」

 気づいたカズマは短剣を引き抜く。そこへ首なし騎士が剣を構えて襲い掛かる。

「みんな目を覚ませ。こいつは――幻覚だ!!」

 ザクッ……! とカズマは自分の太ももに短剣を突き刺した。刺した部分に熱を感じ、直後に激痛が脳を貫いた。

 泣き叫びたい衝動をぐっと噛み殺して、カズマは正面を見やる。

 すると先ほどまで見えていた首なし騎士や、他のモンスター達も煙のように姿を消した。

 どうやらカズマの予想は当たったらしい。この広場に現れたモンスター達は、すべてカズマ達の見ていた幻覚だったのだ。幻覚だからこそ、以前戦ったモンスターしか出てこなかった。恐らく、この広場に入った時に嗅いだ甘い匂いが幻覚の原因だ。カズマはそれらの幻覚を痛覚で打ち消したのだ。

 そうと気づけば話は早い。見えざる敵と戦っている仲間達の目を覚まさせるため、カズマは片っ端から仲間達を短剣でザクザク刺した。

「ふいー。これで全員目を覚ましたな?」

「おう……ありがとよ。けどよ、目を覚まさせるのにわざわざ刺す意味はあったのか?」

「別に叩いたり殴ったりでもよかったんだろうけどさ。俺だけ剣で刺して痛いのってイヤじゃん?」

 仲間達からしこたま殴られるカズマ。

 しばしして。

「けど、これでようやく宝物庫まで辿り着いたわけだ」

「ああ、この奥に俺達のロマンが……!」



『よくぞここまで来た。勇敢なる戦士達よ』


「……ッ!?」

 突然広場に響き渡った仰々しい声に、ビクリを身体を強張らせるカズマ達。

 驚いて周囲を見回すと、正面にあった巨大な扉にギリシャ彫刻のような男の顔が浮かび上がった。

「そう怯えずとも、我はそなた達に危害を加えることはできぬ。我はただ、この宝物庫を守る番人なり」

「宝物庫の番人?」

『そう。この宝物庫に眠るアイテムは誰それに使わせて良い物ではない。よって、アイテムの所有者にふさわしいかどうか、裁定する必要がある』

 宝物庫の番人はそう告げた。

「くそっ……まだ試練があるのかよ」

「それで、その裁定ってのはどうやるんだ?」

 カズマが尋ねると、番人は答えた。

『――我の出す問いに答えよ。正しき答えを導き出せたのであれば、この宝物庫の扉を解放しよう。ただし、解答は一度のみ。外せばおぬしらを遺跡の外へと転送する』

「い、一回だけだと……!? しかも入口まで戻されるって」

「こりゃあ、外せねえな」

 またスタート地点に戻されてはたまったものではない。是が非でも当てなければならない。

 全員が息を呑む中、番人は問うた。

『では、問おう。朝は一。昼は二。夕は三。これが意味するものとは何だ?』

 番人の出した問いに男達は首をひねって考え始めた。

 そんな中で、カズマだけは一人不敵な笑みを浮かべていた。

(ククッ。この問題は聞いたことがあるぜ。俺のいた世界じゃ有名な問いかけだ。答えは人間。この問い風に言うなれば、人間の一生ってところか)

 問いの答えが判明して、カズマは内心ほくそ笑んだ。

 そして、声を張り上げて解答を言う。



「ふふっ。その答えは、人間の――ッ!!」

「お前が一日にシコリンチョする回数だ!!」



 カズマと同時にフレディが叫んだ。

 この時、カズマが勢い良く真正面から地面に頭を打ち付けたのは、しょうがない。

 プルプルと震えながら、こめかみに血管を浮かび上がらせてカズマはフレディを睨み付けた。

「てめぇコラおっさん! 何してくれてんの? ねえ何してくれてんのマジで!?」

「えっ? 何、違った?」

「何ちょっと驚いてんだよ。それが正解だと思い込んでるあんたの頭の方が俺は驚きだよ! つーかシコリンチョって何だ。可愛く言ってんじゃねえよボケェェェェェェッ!!」

 あーっ、もうちくしょうまた最初っからだよ! とブチ切れたカズマはフレディに掴みかかったが、

『……なぜ分かった』

「へ……?」

 番人の呟きに、カズマの目が点になる。

『正解だ……よかろう。悔しいがこの扉を解放する』

「マジですか……!?」

 カズマはこの展開を喜びたいところだったが、「え? この顔岩シコリンチョすんの?」という疑問が残る。考えたら永遠の深みに嵌りそうだったので、カズマは考えるのをやめた。



「ついに……ついに手に入れたぞ! 俺達のロマンの結晶! 衣服を透視することができる魔法のアイテム、その名も『マジ・デ・ミエールH』ッ!」

 街に帰還してから、カズマ達はコソコソとギルドの一番端の席に集まっていた。その手には悲願の魔法アイテムが握られている。

 衣服を透視することができる魔法アイテム『マジ・デ・ミエールH』は牛乳瓶のフタのようなぐるぐるメガネの形状をしている。どうやらこれをかけることで衣服を透視することができるらしい。

 カズマはそのメガネを天にかざして眺めつつ。

「さぁて。そんじゃいよいよお目見えか。あ、誰が最初に使うのかはジャンケンで決めよーぜ」

「いや、その必要はない」

「お前が先に使え、カズマ」

 仲間達全員が頷いた。

「え、いいのか……?」

 てっきり全員でメガネを取り合い骨肉の争いが起こるものだと覚悟していたので、拍子抜けしているカズマに、このパーティのリーダー格であるフレディが言った。

「今回のダンジョン攻略、お前がいなければ成し得なかったことだ。カズマがいなければ俺達はこのアイテムを手に入れることは……いや、生きて帰ることさえできなかったかもしれん」

「お前のおかげだぜ! カズマ!」

「違う……違うだろ。俺だけの力じゃない……みんなで手に入れたんじゃないか! みんながいたからできたことだろ!? 俺はただきっかけを作っただけで……あの場面で俺が頑張れたのもみんながいたからで――」

「カズマ。だからこれは、俺達みんなの意思なんだ。受け取ってくれ」

 フレディがカズマの肩に手を置く。

 仲間達を見回しても、全員が温かい笑顔を向けてくる。カズマは思わず目頭が熱くなるのを感じた。

「みんな……っ」

 カズマは『マジ・デ・ミエールH』を強く握り締め、仲間達の好意を受け取ることにした。

「分かったぜみんな! このアイテム、ありがたく最初に使わせてもらうぜ。みんなもその後で楽しんでくれよな!」

 仲間達に笑顔を返しながら、カズマは彼らに背を向けた。



 街一番の大通りにやってきたカズマは、そこにビーチパラソルを立てるとアロハシャツに着替えて、サングラスをかけながらシャワシャワを片手にビーチチェアでくつろいでいた。

 周囲が若干好奇の目を向けてきていたが、カズマは一切気にしない。

(このグラサンを取った時、そこにパラダイスが広がっているのだよ)

 ムフフ、と隠し切れず笑みを漏らす。

 そしておもむろにグラサンを外すと放り捨て、目を閉じたまま懐に大事に仕舞っておいたマジ・デ・ミエールHを取り出して装着。

「ふふっ、さあ、見せてもらおうか! ロマンってやつを……ッ!!」

 カッ!! と目を開いたところで、

「カズマー。こんなとこで何やってんのよー」

 ひょいっとメガネが取られる。

「ぬあっ……!?」

 驚いたカズマはビーチチェアから転がり落ちる。

 声のした方を見てみれば、そこには水色の美しい髪をした美少女が立っていた。

「ア、アクア……!」

「しばらく姿を見ないと思ってたら、私達がクエスト行ってお金を稼いでいる間にあんたどこ行ってたのよ……それでナニコレ?」

「あっ、そ、それは……!?」

 不思議そうに自分の手の中の物を眺めるアクアに対し、カズマは冷や汗を掻く。衣服が透けて見える魔法のメガネですなどとは口が裂けても言えまい。

 カズマが口ごもっている内にアクアは好奇心からメガネをかけようとした。

(もしアレが魔法のメガネだとこいつにバレたらどうなる……!? きっとこいつのことだ。金になると売りかねない。いや、それ以前に衣服を透けさせるなんて効果だと知れれば軽蔑される……! 別にアクアに軽蔑されることは一向に構わんが、口の軽いおバカのこいつが噂を街に広めでもしたら――)

 僅かコンマ一秒の間に思考するカズマ。

「変なメガネー」

 今まさにアクアがメガネをかけようとする。

「おおっとぉ!! 手が滑ったースティィィィィィル!!」

「わっ」

 眩い光に目がくらんだ直後、メガネはカズマの手元に。

「悪い手が滑っちまったぜ」

「いや今めっさスティールって言ってたんですけどっ!?」

「何のことだ?」

 しれっと言い放ち、口笛を吹くカズマ。

「……怪しい。めちゃくちゃ怪しいわ。そのメガネ、やっぱり何か秘密があるのね! 貸しなさい!」

「うわっ!? ちょっ、こらテメエやめろバカ!」

 ぎゃーっぎゃーっとメガネを奪い取ろうとするアクアと揉み合いになり、しばしの格闘の末、メガネはカズマの手からすっぽ抜けた。

「しまった……っ!?」

 地面に落ちたそれを、誰かが拾い上げた。

「何ですか、これ」

「メガネか?」

 マジ・デ・ミエールHを拾ったのは、黒髪に眼帯、黒衣に身を包んだ小柄な少女と、金髪で背の高い騎士の格好をした美女だ。

「めぐみんにダクネス……!」

 メガネを手にしためぐみんがそれを試しに覗き込もうとしたので、カズマは即スティールを敢行しようとしたが……、

「ふんっ」

 直前でアクアがカズマの頭を引っ掴んで地面に叩き下ろした。

「ぬごぉ……っ!? で、でめえアグア……」

「今よめぐみん、覗き込んじゃいなさい!」

「え、あ、はい」

 アクアの言葉に従ってめぐみんがマジ・デ・ミエールHを使おうとする。

 スティールが間に合わないと思った瞬間、カズマは鼻血を出しつつもアクアを振り切り、めぐみんに飛びかかった。

「うらあぁあああああああああっ!!」

「きゃわ……っ!?」

 驚いためぐみんがマジ・デ・ミエールHを放り投げた。

「マジ・デ・ミエールHが……!?」

 落ちたのは通りすがりの女性の足元だった。

「……?」

 女性は怪訝そうな顔をしながらマジ・デ・ミエールHを拾い上げて、その牛乳瓶のフタのようなガラスを覗き込む。

「あ――」

「……ッ!? きゃあーっ! 何これ!」

 女性が悲鳴を上げてメガネを捨てる。近くにいた別の若い女性がそれを拾い上げると、同じく悲鳴を上げた。

「な、何このメガネ……衣服が透けて見えるわ!」

 ざわつく周囲。アクア達もそれを確認し、周囲の女性達と同じくカズマに白い目を向けた。

「いや、これは違う……違うんだ!」

 軽蔑の視線に囲まれたカズマは焦り、助けを求めるように辺りを見回すと――近くに仲間達がいるのを発見した。彼らは共にロマンを追い求めて戦った強い絆がある。彼らならば、この状況を打開する助けをくれるはずだ。

 カズマは藁にも縋る思いでロマンの同志達に救いを求めた。

「おい! 頼むお前ら、助けてくれ……! メガネのことがバレちまったんだ!」

「カズマ、お前……」

 するとフレディがカズマの元へとやってきた。そして肩にポンッと手を置くと、

「ダメじゃないか。衣服を透けさせるアイテムだって? まったくけしからん奴だ」

「はあっ!? 何言ってんだよオイ! ま、まさか見捨てる気じゃないよな……? ウェスタン! ジャンキー! ジェイソンにナックルボーイ!」

 彼らに目を向けても、「私は知りません関係ありませんですハイ」の姿勢を貫いている。カズマの額に血管がビキリと浮かぶ。

「てめぇらふざけんじゃねえぞ! 命がけで築いた絆はどうした!? フレディ!」

「そもそも俺、フレディなんて名前じゃねえし」

「俺もジャンキーじゃ……」

「た、確かにそうだけど……命がけで一緒に戦った仲間を見捨てるなよ、なあ!?」

「カズマ」

 背後から聞こえてきた感情のないアクアの声音に、ビクゥッ、とカズマは軽く飛び上がる。振り返ると、ゴミを見るような目でカズマを見下ろすアクアがいる。めぐみんやダクネスの目も、もはやパーティメンバーに向けるものではない。

「あの、アクアさん……?」

「ダクネス、めぐみん」

 カズマの呼びかけを無視して、アクアはマジ・デ・ミエールHをダクネスに渡した。すると、ダクネスは無表情のままマジ・デ・ミエールHを空高くに放り投げた。

 そして、無表情なめぐみんは無感情な声で呪文を棒読みすると、

「エクスプロージョン!!」

 直後、空に凄まじい爆発が巻き起こる。そこに在るものすべてを消し飛ばす爆風が空を覆い尽くし、

 マジ・デ・ミエールHは、烈火の光と共に爆散した。

「漢のロマンがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 爆音が去った後にはカズマの悲痛な叫びが響き渡り、その爆炎を見つめながら男達は涙した。

 こうして、漢のロマンを巡る物語は爆炎と共に幕を下ろしたのだった。

 ――その後、しばらくの間カズマは女性陣から口を利いてもらえなかったという。

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